D.gray-man T
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「はぁ・・・ん」
マリは情事の後も優しい。
そっと、愛を語らうように口づけして、まだ熱をもった体を宥めるように優しく撫でる。ミランダは、そうされるのが好きだった。
マリの大きな掌で、確認されるように撫でられていると、まるで彼に見つめられているようで、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
(・・マリさん・・)
マリは、ミランダを抱きしめながら、腰のくびれに指をあてる。唇が、耳たぶを吸うようにしたので、自然に声が洩れた。
「あ・・・ん」
「ミランダ・・」
耳元で、低い声で囁かれ、痺れる。うっとりと、目を閉じて身を委ねていたが、マリの次の言葉に、ミランダの意識は引き戻された。
「近いうち・・・買い物でもいかないか」
「え・・?」
ぼんやりしつつ、頭の隅が覚醒し始める。
マリは、少し沈黙して
「・・例えば・・・服でも・・・・・」
(服?)
その言葉に、頭の中で何かが閃いて。マリを見ると、らしくもなく困ったような複雑な顔をしていた。
「そ・・そうね」
もしかして・・・。ミランダは、ある思いを感じていた。
(やっぱり、気付いていた?)
(・・・・キツイ・・)
「困ったわ」
ミランダはため息をついた。
部屋には脱いだ服や下着が散らばり、ミランダはその中で途方に暮れたように座りこんでいた。
「ええと」
(とりあえず、着れるもの・・)
新しく新調された団服と、皆に配られたトレーニング用の上下。
(こ、これだけ・・・)
がっくりとうなだれた。下着もずいぶんキツクなり、特に胸は押さえ付けられているようで苦しい。
今まで騙し騙し、なんとか着ていたが、ここまできては限界だ。
(こんなに、太ってしまったなんて・・)
ミランダの顔が赤くなる。
「ど・・どうしましょう」
マリの言葉・・・。あれは暗に太った事を伝えていたのだ。
(そ、そうよね)
ミランダの顔が熱くなる。彼の指が、掌が、あれだけじっくり触れていれば、分かるはずだ。
(は、恥ずかしいっ・・)
最近、脇腹とか二の腕とか妙にプニプニしてきた、とは思っていたけど。恋人に指摘される程、太ってきたとは・・・。
いや、その前に服がキツクなっている段階で逃げずに気付くべきだったのだ。
このままでは、マリに嫌われてしまうかもしれない・・・。そう思った途端、メラメラと何かが沸き上がり、ミランダはグッと拳を握りしめた。
(・・そうよ・・)
やるしかないわ
(ダイエットをっ!)
ミランダは拳を握りしめ、朝焼けに誓ったのだった。
ミランダを部屋へ送りとどけた後、自室へ帰る道すがら考え込むようにマリは立ち止まった。
(あれで・・大丈夫だろうか)
頭を掻いた。
とにかく、早急になんとかせねば。
(これ以上、我慢ならない・・)
脳裏に、昨日のある会話が頭を過ぎった。
マリは、昨日の夕方に任務を終えて帰還したばかりで。それを耳にしたのは、偶然だ。
自分は基本的に他人の日常の音を拾うことはないが、任務の後で疲労がたまり、意識が散漫になってしまったのか、その会話が耳に入ってしまった。
「エクソシストのミランダ・ロットーってさ・・」
「ああ、あのよく転んでる人?」
「・・ここだけの話・・エロくない?」
「あー、たしかに」
「だろ?」
その時マリは科学班へと歩いていたが、足が止まった。
(この声は・・探索班の誰かか?)
会話はまだ続いて、
「最近とくにエロくなった気がするんだけど・・」
「あ、俺も思ってた」
「いいかんじに肉ついてきたよな、前は貧弱だったけど」
「それに・・最近、彼女の着てる服、やけにピチピチしてない?」
「ああ、新しいあのノースリーブの服とか!」
「あれはかなりイイ!」
笑い声がした。
「自分がエロいのを自覚してないとこが、またイイんだよな」
「無自覚ってやつね、あー、わかるわ」
「なんだかんだ皆、あの人見ると鼻の下のばしてるよね」
「二班のペック班長とか、あれは結構露骨だよな」
「本人ぼんやりしてっから、触られても気付かなそうだよね」
(・・・・・・)
マリの中にグツグツと煮えたぎるマグマのような怒りが湧き出る。今すぐ下らない噂話をする輩に聖人ノ詩篇(ノエル・オルガノン)の弦を味わせてやろうか。
そんな物騒な事を考えながらも、実行しなかったのは、マリにも思い当たる点があるからで。
実は、マリも最近ミランダの服装が気になっていたのだ。
以前のような足首まで隠すようなスカートではなく、教団から支給されたノースリーブのカットソーをよく着ている。マリは見る事はできないが、洋服の衣擦れの音でそれを感じていた。
彼らの意見はけしてごく一部ではないだろう、確かに彼女の体は変化したから。
抱きしめると分かる。
ミランダの体は以前よりずっと柔らかく、弾力が増して、抱き心地がよくなってるのだ。
(・・やはり・・ゆったりした服を、着てもらおう)
他の男の目が気になるとは言えなくて、買い物に誘うというやや遠回しな言い方をするあたり、男としての器が小さいのではないか。いやそもそも恋人を他の男に見られるのが嫌などと、独占欲が強すぎる・・
(うむむ・・・)
考える程、無限ループに嵌まってしまいそうで、マリは迷いを断ち切るように首を振った。
(と・・とにかく・・買い物へ・・)
拳をグッと握りしめ、深く頷くと、マリは再び歩き出した。
食堂で、ミランダはコーヒーを一口飲む。
(うう・・・お腹空いた)
一念発起して、ダイエットしようと決めたミランダは早速、朝はコーヒーだけと決めて、ちびちび啜っていた。
(ああ・・クロワッサンにオムレツ、バターにジャムに熱々のスープ・・)
心で呪文を唱えるように呟きながら、また一口コーヒーを啜る。
朝一番に医療班で体重を計ってきたら、以前より5kgも増えていたのだ。生まれてこの方、食べ物に困ることはあっても、食べ物を我慢した事はない。
けれど、恋人にあんな風に気を使われては女として立つ背がないではないか。
グウグウと叫ぶお腹を抱えて、ミランダがコーヒーを飲み干すと、視界にリナリーが映った。
リナリーはニッコリ笑いながら
「おはようミランダ」
手にはミランダが呪文のように呟いていた、クロワッサンとオムレツをのせている。
「お・・おはよう、リナリーちゃん」
ごくり、喉を鳴らした。
「あら?ミランダ、もう食べ終わったの?」
「え、あ・・ええ、まあ」
曖昧に笑って、匂いにつられるようにリナリーのトレーを見てしまう。
(お、おいしそう・・)
ハッとして、顔をパチパチ叩く。
しっかりしないとっ!
「ミ・・ミランダ?どうしたの?」
リナリーが、目を丸くしてミランダを見ていた。ミランダは慌てて立ち上がると、
「あ、ええと、今日は朝からトレーニングしようと思って」
「・・え?ミランダ?」
「だから、気合いを入れていたのよ、ほ、ほらっ」
また、顔をパン!と叩いた。
「じゃあ、修練場へ行ってくるわ」
ミランダはそう言うと、逃げるように、コーヒーのカップを下げに行った。
リナリーは、足早に食堂から出ていくミランダに首を傾げた。ふと、入れ代わるようにマリが入ってくるのが見えて、
「あ、マリ!」
声を張ると、マリはすぐに気付いて、こちらに近づいてきた。
「おはようリナリー、どうかしたか?」
「おはよう。・・ねぇ、ミランダどうかしたの?」
「ん?」
「なんか、ソワソワしてたんだけど・・」
口元に手をあてた。
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