D.gray-man T
4
「こ、これは・・」
「まぁさ・・その」
「・・・・」
皆、顔を見合わせて俯いた。神田が、じろ、と見て
「わかんだろーが、あのオヤジだ」
「師匠か・・・」
皆、なんとなく右腕を摩った。
「神田、その・・」
「あの女は、ここにゃいねぇよ」
神田はため息をつくように、答えた。
「おい、マリ」
「・・?」
「・・・・・・」
神田はムス、と黙り。
「俺がやったのは、ここまでだ」
マリの手に握り潰された封筒を渡して、そのまま医療班フロアから出て行った。
渡された封筒からは、絵の具の匂いがして、
文字は読めないが、神田がティエドールの行動を、止めようとしていたのが伝わり、マリは苦笑いをした。
マリが医療班フロアから出て行ったのを見て、アレンが、リンクの肩を叩いた。
「残念でしたねー、リンク」
「な、なにがですか」
「えーと・・色んな意味で」
リンクのギブスを触った。
「なんか、俺今リンクにぴったりの言葉、思い出したさ」
ラビは、にや、と笑って
「骨折り損のくたびれ儲け」
「どういう意味なんですか?」
アレンが聞いた。
「あはは・・まぁ読んで字の如くっつーか」
曖昧に笑ってリンクを見ると、リンクは苦虫を潰したような顔で、先程マリが出て行った扉を見ていた。
マリは、ティエドールの元へ向かう。アトリエから音が聞こえて、どうやら筆を再開したようだ。ふう、と安堵のため息を小さく漏らして、ゆっくりとノックした。
コン、コン、と鳴らすが反応がない。
集中して描いているのか。
(・・とりあえず、一安心か)
これで、今後騒動が広がる心配はないな。マリは、そのままアトリエから離れようとした時、
「マーくん、お帰り」
扉の向こうから、声を掛けられた。扉をそっと開いて、
「ただいま戻りました・・師匠」
す、と一礼した。ティエドールは、軽く頷いて
「・・無事で何よりだ」
そう言いながら、筆を動かす事はやめない。
こういう時は、のっている状態だ。マリは、そのまま後退して、扉を閉めようとした。
「・・こんな所に来るよりも、行かなきゃならない所があるだろう?」
突然言われて、足が止まる。
「は・・」
ティエドールは、筆を止めてマリを見ると、
「ミランダ・・心配してたよ」
ふふ、と笑った。マリは動揺の為、頬が熱くなる。
「し・・師匠」
「いいから、ほら行きなさい」
筆を動かしながら、
「今度は、最後まで言うんだよ」
(し、師匠・・・)
なんとも答えられず、マリはそのまま、扉を閉めた。
「・・・・・・」
時間は、深夜とも言える夜11時。マリは首を振って歩き出した。
(さすがに・・まずいだろう)
この時間帯の廊下は、人気もなく、静まりかえっている。マリの足音だけが、耳に響いて心地良く感じた。
(・・ん・・?)
疲れているのか、違う音が聞こえた。
(なに・・・?)
マリの自室の前に、いる。
「あ・・マリ、さん」
控え目に、呟いた声。
「ミ・・ミランダ・・」
動揺してしまった。
遅くに、男の部屋へ入れるのも抵抗があり、少し考えて、近い談話室まで行く事にした。
談話室へ続く廊下を歩いている時から、ミランダの様子は少し変だった。困ったような、戸惑うような、そんな雰囲気で。
「ミランダ・・どうか、したのか?」
「えっ・・ええっ?」
びく、と体が跳ねた。
階段の踊り場で、立ち止まり、ミランダの心音に耳を傾けると、まさに早鐘のように忙しく鳴っている。
ミランダは、あの、その、と何やら呟きながら、
「あの・・マリさん・・」
勇気を振り絞るように、声を出した。
「ごめんなさい、変な事聞きますけど・・怒らないで・・」
「変な・・こと?」
マリが、首を捻る。
「マリさん・・・・男の人より、女の人のほうが好き・・ですよね?」
「は?」
何を・・・?
咄嗟の事に、理解できない。マリの思考は固まってしまう。
「ど・・どういう意味・・だ?」
頭を押さえながら、ようやく聞き返した。
「ぁぁ・・ご、ごめんなさいっ・・その、気になって・・」
ミランダは顔を赤くして俯きながら、もじもじとして
「げ、元帥が・・・マリさん、男性の方にモテるって・・・」
「!!!」
(師匠!?)
マリは目眩がした。
(何て事を言ってくれるんだ・・あの人は)
「あ、あの・・マリさん、怒っちゃいました・・?」
びくびくしながら、そっと窺うミランダの両肩を掴む。
「わたしは・・女性しか興味ない」
力を篭めて、言った。
「そ・・そうですか」
「ああ」
深く、頷いた。なぜか体がどっと疲れる感じがして、ため息が出る。ミランダは安心したように、
「・・・その、よかったです」
「・・・・・・・」
「ミランダ・・・」
マリは何かに祈るように、そっと目を伏せて
「ほかに・・・何か聞かなかったか・・?」
「え・・」
ミランダの顔が、どんどん赤くなり、困ったように手で顔を押さえる。マリの背中に冷や汗が流れた。
「わ、私・・」
「なな何も聞いてませんっ・・」
夜の闇に消えるように小さく叫ぶと、ミランダは何かに耐え兼ねるように「ごめんなさいっ・・」とそのまま、駆け出して行った。
(し・・・・師匠)
マリはミランダを追い掛けることも出来ず、その場に立ち尽くす。
(何を言ったんです・・・師匠っ!!)
マリが想いを告げる事ができるのは、もう少し先のようだ。
end
- 46 -
[*前] | [次#]
戻る