D.gray-man T






「こ、これは・・」
「まぁさ・・その」
「・・・・」

皆、顔を見合わせて俯いた。神田が、じろ、と見て

「わかんだろーが、あのオヤジだ」
「師匠か・・・」

皆、なんとなく右腕を摩った。

「神田、その・・」
「あの女は、ここにゃいねぇよ」

神田はため息をつくように、答えた。

「おい、マリ」
「・・?」
「・・・・・・」

神田はムス、と黙り。

「俺がやったのは、ここまでだ」

マリの手に握り潰された封筒を渡して、そのまま医療班フロアから出て行った。

渡された封筒からは、絵の具の匂いがして、
文字は読めないが、神田がティエドールの行動を、止めようとしていたのが伝わり、マリは苦笑いをした。




マリが医療班フロアから出て行ったのを見て、アレンが、リンクの肩を叩いた。

「残念でしたねー、リンク」
「な、なにがですか」
「えーと・・色んな意味で」

リンクのギブスを触った。

「なんか、俺今リンクにぴったりの言葉、思い出したさ」

ラビは、にや、と笑って

「骨折り損のくたびれ儲け」
「どういう意味なんですか?」

アレンが聞いた。

「あはは・・まぁ読んで字の如くっつーか」

曖昧に笑ってリンクを見ると、リンクは苦虫を潰したような顔で、先程マリが出て行った扉を見ていた。





マリは、ティエドールの元へ向かう。アトリエから音が聞こえて、どうやら筆を再開したようだ。ふう、と安堵のため息を小さく漏らして、ゆっくりとノックした。
コン、コン、と鳴らすが反応がない。

集中して描いているのか。

(・・とりあえず、一安心か)

これで、今後騒動が広がる心配はないな。マリは、そのままアトリエから離れようとした時、

「マーくん、お帰り」

扉の向こうから、声を掛けられた。扉をそっと開いて、

「ただいま戻りました・・師匠」

す、と一礼した。ティエドールは、軽く頷いて

「・・無事で何よりだ」

そう言いながら、筆を動かす事はやめない。
こういう時は、のっている状態だ。マリは、そのまま後退して、扉を閉めようとした。

「・・こんな所に来るよりも、行かなきゃならない所があるだろう?」

突然言われて、足が止まる。

「は・・」

ティエドールは、筆を止めてマリを見ると、

「ミランダ・・心配してたよ」

ふふ、と笑った。マリは動揺の為、頬が熱くなる。

「し・・師匠」
「いいから、ほら行きなさい」

筆を動かしながら、

「今度は、最後まで言うんだよ」

(し、師匠・・・)

なんとも答えられず、マリはそのまま、扉を閉めた。

「・・・・・・」

時間は、深夜とも言える夜11時。マリは首を振って歩き出した。

(さすがに・・まずいだろう)

この時間帯の廊下は、人気もなく、静まりかえっている。マリの足音だけが、耳に響いて心地良く感じた。

(・・ん・・?)

疲れているのか、違う音が聞こえた。

(なに・・・?)

マリの自室の前に、いる。

「あ・・マリ、さん」

控え目に、呟いた声。


「ミ・・ミランダ・・」


動揺してしまった。


遅くに、男の部屋へ入れるのも抵抗があり、少し考えて、近い談話室まで行く事にした。
談話室へ続く廊下を歩いている時から、ミランダの様子は少し変だった。困ったような、戸惑うような、そんな雰囲気で。

「ミランダ・・どうか、したのか?」
「えっ・・ええっ?」

びく、と体が跳ねた。
階段の踊り場で、立ち止まり、ミランダの心音に耳を傾けると、まさに早鐘のように忙しく鳴っている。
ミランダは、あの、その、と何やら呟きながら、

「あの・・マリさん・・」

勇気を振り絞るように、声を出した。

「ごめんなさい、変な事聞きますけど・・怒らないで・・」
「変な・・こと?」

マリが、首を捻る。








「マリさん・・・・男の人より、女の人のほうが好き・・ですよね?」








「は?」


何を・・・?
咄嗟の事に、理解できない。マリの思考は固まってしまう。

「ど・・どういう意味・・だ?」

頭を押さえながら、ようやく聞き返した。

「ぁぁ・・ご、ごめんなさいっ・・その、気になって・・」

ミランダは顔を赤くして俯きながら、もじもじとして

「げ、元帥が・・・マリさん、男性の方にモテるって・・・」
「!!!」

(師匠!?)


マリは目眩がした。

(何て事を言ってくれるんだ・・あの人は)

「あ、あの・・マリさん、怒っちゃいました・・?」

びくびくしながら、そっと窺うミランダの両肩を掴む。


「わたしは・・女性しか興味ない」


力を篭めて、言った。

「そ・・そうですか」
「ああ」

深く、頷いた。なぜか体がどっと疲れる感じがして、ため息が出る。ミランダは安心したように、

「・・・その、よかったです」
「・・・・・・・」
「ミランダ・・・」

マリは何かに祈るように、そっと目を伏せて

「ほかに・・・何か聞かなかったか・・?」

「え・・」

ミランダの顔が、どんどん赤くなり、困ったように手で顔を押さえる。マリの背中に冷や汗が流れた。


「わ、私・・」






「なな何も聞いてませんっ・・」


夜の闇に消えるように小さく叫ぶと、ミランダは何かに耐え兼ねるように「ごめんなさいっ・・」とそのまま、駆け出して行った。


(し・・・・師匠)


マリはミランダを追い掛けることも出来ず、その場に立ち尽くす。






(何を言ったんです・・・師匠っ!!)











マリが想いを告げる事ができるのは、もう少し先のようだ。








end

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