D.gray-man T




「えっ・・・・」

ミランダの頬も薄桃色に染まった。神田は、首を捻りながらそれを見る。

「あ、あの・・マリさんが書いてくれたんですか?」

ミランダは、そわそわと封筒を手に取った。ティエドールは、穏和に微笑して、

「いや、マーくんの気持ちを僕が代筆したんだよ」

「え・・?」

ミランダは、きょとん、とティエドールを見た。

(・・ジジィ)

勢いよくミランダの手から封筒を奪い、ティエドールの襟ぐりを掴むと、強引に部屋の外へ連れ出した。


バタン!とドアを閉めて、

「何やってんですか・・コレ」

手紙を突き付ける。
ティエドールは、軽くムッとしながら、

「シラノ・ド・ベルジュラックだよ、ユーくん」
「あ?」
「ラブレターの代筆の話さ、有名な戯曲なんだよ」

知らないのかい?と聞き返されて、神田の顔は引き攣る。

「本当は、マーくんが書いた事にしようかと思ったんだけどね、やっぱりリアリティに欠けるだろ?だから僕が代筆したんだよ」

ほら、と封筒の中身を渡され、神田は眼を通す。

一通り、読み終えると、神田はここにいないマリを思った。

(テメ・・感謝しろよ)


『ああ、貴女の瞳はさながら夜の闇に瞬く星の如く・・』
グシャリ、握り潰した。

「なにがリアリティだ」
「まったく・・ユーくんは詩を理解してないなぁ」

やれやれ、と肩を竦めた時、どこからか咳ばらいが聞こえて。

「失礼いたします」

振り返ると、リンクが立っていた。手には彼お手製のケーキを持っている。

「ミランダ嬢の病室に通していただけますか」

ティエドールに一礼した。よく見ると、リンクの後ろにはラビとアレンが微妙な顔でこちらを見ている。

(また面倒クセェのが来やがった)

舌打ちする神田を、押し退けるようにティエドールが前に出て、

「ミランダは面会謝絶だよ」

眼鏡を上げながら、不快そうに言った。

「は?」

意外な返答に、リンクはポカンとなる。

「そもそも・・」

ちら、とリンクを見ると。

「うちの娘に何の用かな?」

ずい、とリンクの前に立ちはだかった。

「む・・娘?」
「元帥・・?」

アレンとラビが、顔を見合わせる。

「・・げ、元帥・・その」

リンクは、顔を引き攣らせながら頭を整理しているようだ。

「元帥は・・独身でらっしゃるはず、ですよね」
「ああ、そうだよ」
「・・あの、では・・」
「僕の弟子のお嫁さんになる子は、僕にとっては娘も同じだよ」

腕を組んで、当然のように言う。

「お・・お待ち下さい、元帥」
「なんだい?」
「ミ、ミランダ嬢もそのつもりなんですか?」

リンクの声が上擦っている。


「・・・・・・」

ティエドールは神田をちら、と見て。

「どう思う?ユーくん」

照れたように聞いてきた。


「知るかっ!」



そんなやり取りを見て「なんか・・ユウも大変なんさね」とラビがこぼした。
リンクは落ち着きを取り戻し、

「失礼ながら・・ミランダ嬢がここにいるのは、お二人に責任の一端がありますよね?」

やや高圧的に言って、

「そんなお二人に、面会を断られるのは納得がいかないのですが」

ティエドールは、顎に手をあて。
「ふむ・・・」



「だそうだよ、ユーくん」
「言ってんのはアンタだろうが」

ティエドールは、うーん、と考える。

「わかったよ」

肩を竦めながら、頷いた。

「ミランダのお見舞いに行ってもいい・・」

リンクの顔がパッと明るくなり、

「ありがとうござ・・」
「おっと、今はまだダメだよ」
「は?」

ティエドールは、好々爺のように笑いながら

「ユーくんに勝ったらね」

神田の肩をポン、と叩いた。

「あ!?」
「勝つ・・?」

リンクの片眉が上がる。

「勝者には、お見舞いのほか、ミランダとの今夜のディナーも付けよう」
「ほ、本当ですかっ!?」

リンクのテンションは更に上がった。そんななか、アレンが恐る恐る発言する。

「あの・・ミランダさんに聞いたほうがいいんじゃないですか?」
「ああ、大丈夫だよ」

ティエドールは、手を軽く上げると

「ユーくんが負けるはずないから」

ニッコリ笑った。

「・・そ、そうですか」

顔を引き攣らせて、神田を見る。神田はバキバキと指を鳴らしながら、

「・・フン・・調度いい」

恐らく師匠への鬱憤を吐き出すつもりだろう、その顔はアレンがかつて見た神田のどの顔より、邪悪なものだった。

(ヒィィッ!リンク逃げてぇっ!)

アレンとラビの顔は青ざめる。リンクは、ふ、と鼻で笑うと、神田を真っすぐ見据えた。

「いいでしょう、トレーニングになりますし」
「上等だ、修練場にこい」

血に飢えた獣のように、口の端で笑う。

「おや、違うよ」

ティエドールが、手を横に振った。

「勘違いしちゃ困るなぁ、そんな物騒な勝負、僕がさせるわけないでしょ」
「「は!?」」

二人同時に、ティエドールを見た。

「これ」

自分の腕をちょん、と触る。

「腕相撲で、勝負だよ」
「腕・・?」
「・・相撲?」

ティエドールは頷いた。アレンとラビも、ホッとして肩を落とす。
とりあえず仲間の死体を見る事はなさそうだと、安心した二人は、新たな興味を持ってティエドールの案に耳をかした。

「腕相撲大会だよ、賞品はミランダのお見舞いと今夜のディナー」

ああ、あと、と何か閃いたように。

「ユーくんのお手伝い券も出そうか」

「なんだとコラ!!」
「ハイッ!僕も参加します!」
「ハイ!ハイ!俺も!」

アレンとラビが、勢いよく手を挙げる。

「テメェら・・」

ギロリ、睨みつける。

「神田のお手伝い券なんて、夢のようじゃないですか」
「すげぇよ、超レアアイテムさ」

ティエドールは、神田の肩を叩いて

「大丈夫だよ、勝てばいいんだから」

ニッコリ笑った。

(こんのっ・・くそジジィがっ!)




腕相撲での勝者には、ミランダ・ロットーへの見舞いと今夜のディナー。

それに、あの神田ユウのお手伝い券。

噂はたちまち拡がり、我も我もと、腕自慢が食堂に募った。
ミランダへ恋心を持つ団員達はもとより、普段、恐怖の大王とされるあの神田の『お手伝い券』だ。
かつて神田に痛い経験のある者達はもとより、その存在だけで恐れおののいていた者にも、誕生日とクリスマスがいっぺんに来たかのようなラッキーチャンスである。


「な・・なんか、すごい事になりましたね」
「みんな仕事してねぇのかよ・・」

人だかりの中、アレンとラビの顔が引き攣る。
どす黒いオーラを纏った神田は、椅子にどっかと座り苛々と貧乏揺すりをしている。

(あのオヤジ・・百回殺す!!)

「神田先輩、頑張って下さい!」

チャオジーがガッツポーズを取った。

「・・・・・・・」

神田は、なんとなく嫌な予感がして

「おい、あのオヤジどうした」
「え?あ、師匠っスか?ミランダさんとこっスよ」
「・・・あ?・・」
「色々、マリ先輩の楽しい話をして盛り上げてくるって言ってたっス!」

親指をグッと突き出して、チャオジーはウィンクした。

(・・終わったな・・)

神田は、眼を閉じて兄弟子の恋の終わりを感じたのだった。



腕相撲は、相手の甲をテーブルに付けたほうが勝ちである。
けして、投げ付けるものではない。まして、打撲や骨折などさせるのは、もっての他である。


「うわああぁっ!」
《ドゴォ!》

壁にたたき付けられた音を聞きながら、神田は右肘をテーブルにつけ、次の対戦者を待つ。

「チッ・・張り合いのねぇ」

「いやー・・壮観さね・・」


至る所に負傷者が倒れて、もはやここは食堂ではない。戦場のようだ。
様々な鬱憤をぶつけるように、勝ち続ける神田に、ラビの顔は曖昧に笑う。

「あれ?ラビ、やらないんですか」
「んー・・ああ、だってユウおっかねぇんだもん」

あははー、と乾いた笑いをした。

「では、わたしがお相手します」

す、と神田の前に現れたのはリンク。

「・・テメェか」
「言っておきますが・・・」

リンクは腕まくりしながら

「・・エクソシストだけが強いと思わないで下さい」
「言ってろよ」

互いに肘をつき、手を組み合わせた。
本当に強い相手は組んだだけで分かる。グッ、と力を込めた時、互いの実力にそれほど差がない事を感じた。



「・・っ・・手ぇ震えてんぞ」
「き・・君だって、左手力入れすぎですよ」

平静を装っているが、互いの右手は真っ赤になって、血管が浮き出て、今にも破裂してしまいそうだ。
組み合ったまま、30分が過ぎ、互いの肘は摩擦によって血が流れ、テーブルに赤い染みをつくっている。
食堂は、戦場から闘技場に変わり、二人の回りには人山が出来ていた。

(おおー。やるじゃねぇさ、リンク・・)

いや恋の力は偉大だね、などと関心していると。ラビは背後から大きな影が近づいて、自分を通り過ぎていったのを感じた。


「へ・・・?」

その男に、ラビの顔は強張った。










(くっ・・・さすがだな・・しかし負けるわけにはっ!)

(・・くっそ・・・・!)

奥歯をぎり、と噛み締める。互いに、最後の力を振り絞るように組み合った手に力を篭めた・・。

その時。




「おお、楽しそうじゃねぇか。オレも混ぜてくれや」


「「!!!!」」



ウィンターズ・ソカロ元帥。別名、怪獣元帥、だった。














その夜遅く、箱舟のゲートを通ってマリとリナリー、クロウリーが帰って来た。

「ど、どうしたんだ?随分早いじゃないか・・」

リーバーが目を丸くして驚く。

日帰りで帰ってくるなど考えられないが、見ると皆ボロボロだ。

「はい、これイノセンス」

ポン、とリナリーに何かの包みを渡される。

「ご、ご苦労様・・」
「リーバー、ちょっといいか?・・」

マリが声を掛けた。

「その・・今日、何か変わったことはなかったか?」

リーバーは、あー、と思い当たるように顔を引き攣らせながら、

「まあ・・・あった、な。うん、色々、な」

頭を掻いて、困ったように言った。
それを聞くと覚悟していたのか、マリは沈痛な面持ちで「そうか・・」と呟いた。


報告を終えて、マリは駆け出すように司令室から出て行った。

「マリ・・どうしたんだい?」

コムイが不思議そうに言うと、

「・・・・・・わからないわ」
「・・おっかなかったである」

リナリーとクロウリーがうなだれるように呟いた。

現地に着いてのマリは、まるで何かにとり憑かれているかのようで・・AKUMAを倒すその姿は、鬼気迫るものがあった。









マリが食堂を通った時、なぜか閉鎖されていて驚いた。中は壁も剥がれ、柱も何本か折れ倒れている。

(どうなっているんだ・・・)

頭を押さえる。ヘッドフォンに手をあて、神田の心音を辿ると、意外な場所にいて目を見開いた。

(医療班・・・・?)

背中に冷たいものを感じて、マリは医療班フロアへと駆け出した。












「いてぇ・・いてぇさ・・」
「ああ、もう煩いなぁラビは。みんな同じなんですから・・あっ、リンク、大丈夫ですか?」
「・・・うるさい」

片腕をギブスで固定され、片足は松葉杖で現れた。神田も、片腕にギブスをつけられている。

「・・チッ・・」
「ユウとリンクは骨折か・・・」
「掌を複雑骨折だなんて、元帥の握力はすごいですね」

アレンは感心するように頷いた。

「人間じゃねぇよ」

苛々しながら神田が呟く。


「どういう事だ、これは・・」

(ん?)

困惑した声に神田は反応した。

「あれ、マリもう帰ってきたんさ?」
「は、早いですね〜!」
「ん?ああ、急いで片付けてきた・・それより・・」

夜も遅いのに、混み合う医療班フロアに、顔を強張らせた。

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