D.gray-man T
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「い、行くぞウォーカー」
「・・リンク」
(小さい・・小さすぎますよ、ほんと・・)
(アレン連れてくとこがまた・・小せぇさ・・)
さすがの腹黒天使も、眦(まなじり)をそっと拭った。
「行ってやってくれ・・アレン」
ラビも背中を押す。アレンは目尻を押さえながら、
「・・行きましょう・・」
リンクの背中をポンと叩いた。
昨夜遅くの訪問者のせいで、神田の機嫌はすこぶる悪い。
その様子に、廊下を歩くだけで蜘蛛の子散らすように、神田の回りから人がいなくなる。
(・・チッ・・)
昨夜。
深夜とも言える時間帯、彼の部屋をノックしたのは、マリだった。長い付き合いだ。たいていの事は、あえて口にしなくても分かる。
扉を開けて、マリの顔を見た瞬間、神田の気持ちは沈んだ。
『・・すまないが・・』
兄弟子が、自分にこんな顔をするのは珍しい。
『任務の間・・ミランダの側に、いてやってくれないか』
『・・・あ?』
何を言われているか分からず、思わず聞き返す。
『・・出来れば・・守ってやってほしい』
ティエドールの思惑は、マリの説得では覆らなかったらしい。
(あのタヌキおやじめ・・)
恐らく、のらりくらりとマリの言葉をかわしたのだろう。
(ああ!面倒くせぇっ!)
苛々しながら、食堂の入口を通ると、そのミランダが数人の男に囲まれて、オロオロしているのが見えた。
ええっと・・・どうしてこんな事に?
ミランダは、朝食を食べに来ただけだ。そこで、顔なじみのマオサとキエに挨拶されて・・。
「おはようございます、ミス・ミランダ」
振り返ると、リンクがやや高圧的な態度で立っていた。その後ろには、アレンが微妙な顔で立っている。
「おはようございます、ミランダさん」
「おはよう、アレンくん、ハワードさん」
リンクはちら、とマオサとキエを見た後、軽く咳ばらいをして、ミランダに聞いた。
「その、あちらで一緒に朝食をとりませんか?」
マオサ達が明らかに、ムッとしたのが、アレンには分かった。
「・・ミランダは俺達と食べるとこです」
リンクは片眉を上げながら、
「それは、前からの約束ですか?」
「は?さっき、誘いましたけど・・」
「では無効です」
「は!?」
「なぜならこの食堂には、私達の方が先にいて、ミス・ミランダと朝食を食べようと私が先に決めていたからです!」
「・・・・・」
オイオイ、あんた何いっちゃってんの?
どうしちゃったの、コノヒト。
彼らの心の声が聞こえるようで、アレンの胸は痛んだ。ミランダは、なんだか自分を取り巻く気まずい雰囲気に、オロオロしている。
「オイ」
背後から聞こえた、低い声に、ビクリと震えて。
「テメェら・・邪魔くせぇんだよ」
振り返ると、不機嫌を絵に描いたような神田が立っている。醸し出す不穏な空気に、アレンとリンク以外の人間は震え上がった。
神田は、ジロリ、ミランダを見て。
「オイ」
「は、は、はいっ!」
「行くぞ」
(((は!?)))
その場にいた全員の時が止まる。
「えっ・・?」
「・・聞こえなかったのかよ」
「ま、まさかっ!」
ミランダは青い顔でブンブンと首を振った。
ああ、くそっ面倒くせぇ!
やってられるかよ、こんな事。
(・・チッ・・)
顎で、指図してジェリーの元へ促す。ミランダは、強張った顔で小走りに駆けて行った。
「君は確か、ノイズ・マリの弟弟子のはず・・」
「神田・・もですか?」
「・・あ?」
意味が分からず、二人を睨み付けた。リンクは少し考えて、静かに頷く。
「確かに・・こういった事に義理も何もないですね」
「とにかく、彼女と朝食を食べる権利は渡しませんよ!」
ズイッと、神田の進路を遮るように立ちはだかる。
「ちょっと待ってください!お、俺達だって・・」
慌てて、残る二人も神田の前に現れて。なんとなく、自分が妙な勘違いを受けている事に、気付いた。
(・・・・)
神田の眉間の皺が更に深くなる。
昨夜のマリの様子にほだされたのか、らしくもない行動を取ってしまった。
(馬鹿くせぇ)
神田は舌打ちして、立ち塞がられた方向とは逆を歩きだす。
その時。
「逃げるんですか?」
リンクの声が響いて、神田の足が止まった。
「なんだと、テメェ」
「それならそれで宜しいですが」
ふ、と鼻で笑う様が、カンに障る。
「オイ、モヤシの腰巾着」
「腰ぎ・・失礼なっ・・」
「腰巾着が嫌なら、金魚のフンか」
「くっ・・貴様っ」
じりじり睨み合う、二人に。
「あのー・・」
アレンが声を掛けた。
「ミランダさん、もういませんよ」
「なにっ!?」
リンクが振り返る。
神田は、アレンの見ている方向に眼をやると、頭を押さえた。
「さっきティエドール元帥が、ミランダさん誘ってました」
ティエドールは、こちらの様子に気付いたようで、神田を見ると、手を振りながら、
「ユーくん!こっちこっち!」
食堂に響き渡る声で叫んだ。
「ユー・・くん?」
リンクが怪訝な顔をする。
怒りで体が震えてくるのを感じて。
(あんのっ・・!クソジジィっ!!)
神田は近場にあったテーブルを、ティエドール目掛けて投げ付けた。
医療班のベッドで、ミランダはゆっくり起き上がる。
「大丈夫かい?ミランダ」
「は・・はい、すみません・・」
「ああ・・いいからまだ寝てなさい」
ティエドールは、ミランダの肩をそっと押さえて。そのまま、後方にいる神田に、
「ほら、ユーくん、ちゃんと謝って」
「!?」
神田は眼を見張る。
(こんのジジィ・・!!)
神田のテーブル投げスキルは達人レベルである。しかし、長年彼のテーブル投げを受け続けてきた師匠もまた、テーブル投げの、スルースキルは神業に近かったのだ。
ミランダがここ(医療班)にいるのは、テーブルが彼女に当たった訳ではない。
ティエドールがかわしたテーブルが盛大に壁にぶつかり、その音に驚いた、たまたま近くにいた団員がミランダにぶつかり、ミランダは手に持っていたトレーを、落とさないようしていたら、足がもつれて転んだ拍子に、椅子の角に頭をぶつけて、脳震盪を起こしたのだ。
確かに神田に責任の一端はあるが、殆ど彼女の不幸な体質が招いたと言っても、過言ではなかろう。
「あの・・ご、ごめんなさい・・神田くん」
明らかに不機嫌な神田に、ミランダは怖ず怖ずと言った。
「・・・ふん」
片眉を上げて、腕を組むとそのまま無言で壁にもたれる。
このオヤジに係わると、ろくな事がねぇ。苛立ちながら、ぎり、と歯軋りすると、
「神田先輩っ・・落ち込まないで下さいっ」
チャオジーが心配そうに声をかけてきた。
「あ?」
(落ち込む?)
「大丈夫ッス、俺マリ先輩に神田先輩は悪くないって、伝えますからっ!」
神田の思考が止まる。
「オイ、テメェ何言って・・」
「大丈夫ッス!任せてくださいっ!」
チャオジーは、キラキラした瞳で胸を叩いた。
「おや、チャーくんはユーくん思いだなぁ」
「そ、そんな事ないっス!」
「いやいや、さすが元船乗りだ。義に厚いね、チーくん」
つーか、チーくんかチャーくん、どっちかに決めとけよ!!
苛々のあまり、どうでもいい事にまでカンに障り、ただでさえ人より小さい勘忍袋を持つ神田は、限界だった。
(くっそ・・!)
部屋を出て行こうと、もたれた背中を浮かすが、ふと、昨夜訪れたマリの姿が過ぎり、そのまま壁に背中をつけた。
すぐにでもこの場を去りたいが、ティエドールの『余計なお世話』に、不幸体質な彼女がどれだけ被害を被るかしれない。
(チッ・・)
「ああ、そうだミランダ・・」
ティエドールが、思い出したようにポケットを探る。
「これ、マーくんからだよ」
出されたのは、薄桃色の封筒だった。
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