D.gray-man T





うららかな小春日和。

中庭のベンチで、マリとミランダが仲良く談笑していた。
ふと、ミランダの顔が曇る。

「マリさん、明日から任務なんですよね」
「ああ。イタリアの港町らしい」
「・・・・・・」
「・・どうした?」
「マリさん、あの・・」

ミランダは、何か言いたげにマリを見て。

「な・・なんでもないです・・」

恥ずかしそうに俯いた。
す、とミランダの手にマリの手が触れて、ぴく、と反応する。

「・・・その、ミランダ」

触れられた手に呼応するように、ミランダの頬も熱くなって。期待と不安を込めた瞳でマリを見つめると、彼も見えない瞳で、ミランダを見つめていた。

「ミランダ、わたしは・・」

彼の瞳に、火が灯ったように何かがきらめいた気がして、

「マリさん・・わ、私」

抑え切れない想いを、口に出せずにいられなくなっていた・・。

けれど。

突然、マリが手を離す。

「?」
「・・・ちょっと待っててくれ」

そう言って、ヘッドフォンに手をあてたので、ミランダに緊張が走った。
マリの目が伏せられて、聴覚に集中しているのを見ながら、

「な・・何かあったんですか?

恐る恐る、聞く。
マリは、何か複雑な、不思議な表情をして。

「・・・・いや、大丈夫だ」

ミランダを安心させようと、強いて笑顔を見せた。







「ああっ!まったく・・・」

ティエドールは、悔しそうに頭を押さえた。

「今言わないで、いつ言うんだいっ、マーくん!」


ここは、二階のティエドールのアトリエ。この部屋の窓からは、中庭を一望できる。

「マーくんにはもっと、強引さが必要だね・・うん」

残念そうにため息をつく、彼の背後から、

「・・・いや、違うだろ」

ぼそり、独り言のように神田が呟いた。

(つーか、用件はなんなんだよ)

無線ゴーレムで緊急呼び出しを受け、神田とチャオジーが駆け付けてみれば、緊急事態だと、兄弟子の告白場面をのぞき見させられ、
神田は、こめかみに青筋を走らせて苛立ちに耐えていた。

「まさか、あんなもん見せる為だけに呼んだわけじゃ・・ないですよね」

ティエドールは、ふう、とため息をついて、神田とチャオジーを見る。

「どう思う?二人とも・・あれじゃ、いつまで経っても二人の仲は進展しない・・」

や、ちがうだろ、明らかに今あんたが邪魔しただろ、つか俺の話聞いてねぇだろ!
神田の心の声は、むろん届くはずはなく、ティエドールは考え込むように俯く。その眼は真剣そのものだった。


「・・・やはりここは・・家族が一致団結しなければ」


拳をぐっ、と握り、決意に満ちた顔で頷く。

「あ、あの・・どういう事っスか?」

チャオジーが恐る恐る聞いた。
ティエドールの眼がキランと光り、ビシッっ人差し指を立てると、

「キューピッドだよ・・!チーくんっ」

チーくん?
ああこいつの事か、とウンザリ気味に神田がチャオジーを見ると、チャオジーは師匠からの初めてとも言える指令に、興奮気味に頷いていた。

「でも・・キ、キューピッドって・・なんスか?」
「キューピッドとは・・想い合う二人を結ぶ、愛の天使だよ」

詩でもそらんじるように言って、

「僕たちは、マーくんの恋を叶えるキューピッドだ・・!」

神田の片眉が、これ以上ない程のつり上がり方を見せる。
あまりの馬鹿らしさに目眩がしそうだ。隣のチャオジーは、深く頷いて胸の前で、拳を作る。

「わかりましたっ・・!オレ、マリ先輩の為に頑張りますっ」


阿呆だ。
こいつは、真性のド阿呆だ。

神田は、ティエドールが急にこんな事を言い出したのか、なんとなく分かっていた。


(恐らく)

ちら、とアトリエを見回す。描きかけの油彩が一つ。

(・・・・・)


また、行き詰まってんのか。

彼の師匠は、創作に行き詰まると気分転換と称して、困った行動に出る。
過去にそれで多大な迷惑を被った神田は、今回だけはその火の粉を被りたくないと、くるり、扉に足を向けた。

「失礼します」
「えっ!神田先輩!?」
「どこへ行く気だい?・・ユーくん」

ティエドールの眼鏡が光る。

「修練場です」

言い捨てて、神田は部屋から出た。



「神田」



部屋を出て歩いていると、まもなくマリに声を掛けられた。先程堪えた苛立ちが、やつあたりとなってマリに向けられる。

「・・なんだよ」

第三者であれば、死の宣告に感じるであろう睨みは、普段からその視線に慣れている為、マリは全く動じない。

「何かあったのか?」

長年、あの師匠と時を過ごした者の勘だろう。マリの顔が珍しく強張っている。
テメェのせいで、面倒くせぇことに巻き込まれそうなんだよ、と言ってやろうかと口を開いて・・やめた。

今後を予想すれば、間違いなく、眼の前の彼が一番の被害者だ。

「・・・・・・・」
「・・神田?」
「あのオヤジ・・またなんか企んでるぞ」

これだけ言えば、マリなら何かを感じ取るだろう。
自分の性格からして、こんな助言めいた事を言うのも正直嫌なのだが、明日からマリが任務でいない間、あの師匠の尻拭いをやらされる(する気はないが)かもしれないと思えば、その前にマリになんとか事を収めて貰いたい。

マリは、何か考えるように眉間にシワをよせて「・・そうか」と、一言呟いて。足早に、ティエドールのアトリエへ向かった。

なんだかんだといつも自分を巻き込んでくる、タヌキおやじの顔を思い出して、神田は忌ま忌ましげに舌打ちした。







「リンク、なんかご機嫌ですね」


突然のアレンの言葉に、リンクはフォークに刺したチーズケーキをこぼしそうになった。

「何が、ですか?」

軽く咳ばらいして、チーズケーキを一口で平らげる。

「ああ、そういや今日からマリいねぇんだっけ?」

ラビがコーラ片手に呟く。ちなみにここは食堂だ。

「ああ、だからですか。リンク、小さすぎですよ、男として」
「だな。」
「なっ!?ちょっと待て、わたしは何も言っていないではないか」

憤慨して、キッと睨み付けた。
その時、向かいに座ったアレンがちょうどリンクの後方に誰か見つけたようで、手を振る。

「ミランダさーん!」
「!?」

咄嗟に振り返った。

「なんてね」

腹黒天使はニッコリ微笑む。

「!!・・ウ、ウォーカーッ」
「アレン・・お前」

さすがにラビも顔を引き攣らせる。

「やだなぁ、冗談じゃないですか・・あれ?リンク顔真っ赤ですよ」
「なっ・・!?貴様っ」
「・・まあまあ、二人ともそこまでにしとくさ」

ラビは面倒くさそうに言って、食堂入口に目をやると、噂の人物がそこにいるのに気が付いた。

「・・あれ、ミランダ?」
「あ、本当だ」
「・・・・」
リンクは胡散臭そうに、振り返る。

「!」

見ると、ミランダは食堂の入口でファインダーに話し掛けられていた。

(あいかわらず今日も・・・・)

リンクの頬が、そっと染まる。

「あれ?あの二人、キエとマオサですよね」

アレンの言葉に、リンクの片眉が上がる。

「・・誰ですか?」
「ああ、江戸でミランダとずっと一緒だった二人さ」
「・・・・・」

そういえば、見たことがある気がする。
たいてい彼女には、マリがへばり付いているが、そうじゃない時に、何やら話し掛けているのを見た覚えがあった。

「ウォーカー・・いいのか?」
「は?何ですか?」

アレンは怪訝な顔で応える。

「彼女が・・ミランダ嬢が困っているじゃないかっ」
「はい?」
「・・困って・・?」

どう見ても、楽しそうに談笑しているのだが・・。



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