D.gray-man T
抱きしめられて眠りたい
(・・今日で二週間・・)
チチチ・・という小鳥の鳴き声がして、今日もまた朝が訪れる。ミランダは、ムクリ、と起きて大きなため息をついた。
(また、眠れなかったわ)
どんよりとした気持ちで、鏡を見ると目の下の隈がさらに濃くなっていて。
「・・ひどい顔・・・」
鏡を遠ざけて、窓を見る。日差しが部屋を照らし、窓際に小鳥たちが留まっていた。
(今日は、帰ってくるかしら)
ミランダは、布団からゆっくり出る。そのまま机の上のイノセンスを取ると、願うように、胸にあてた。
ミランダが任務から帰ってきたのは一週間前。
箱舟のおかげで、以前より簡単にホームへ帰ることはできるが、現地でのアクシデントなどあって、ミランダ達はなかなか帰る事が出来なかった。
イノセンス回収も無事終わりホームへ帰ってすぐに、ミランダは「彼」を捜す。
会いたくて。
任務の間、我慢してきた想いが溢れるみたいに。 とにかく「ただいま」を言って、あの大きな胸に飛び込みたかった。
けれど・・・。
「あー、マリなら昨日から神田やアレンと、任務だよ」
ミランダは、こういう時に己の不幸体質を呪う。
(・・あと一日、早く帰れたら『いってらっしゃい』が言えたのに)
ぼんやりと、パンをちぎっていると、
「ミランダ、小さくしすぎよ」
苦笑するような声にハッとして、向かいに座るリナリーを見た。
リナリーは、とっくに食べ終えたらしく、食後のコーヒーを飲んでいる。
「パン・・それじゃ粉になっちゃうわよ」
「え・・・」
確かに、皿の上はパンというより、パン屑に近い形状だ。
「マリの事・・心配よね」
リナリーに、ぽつり呟かれて、ミランダは顔が赤くなる。
「・・・・・」
「どうしたのかしらね、本当に」
リナリーも心配そうだ。
「その・・・室長さんには・・連絡あるのかしら」
「・・無事だっていう連絡はあったらしいけど・・」
でも四日も前だから、と肩をすくめる。
(四日前)
胸が締め付けられる。
「ところでミランダ、ちゃんと眠れてる?」
心配そうに、顔を覗きこまれて。
「え・・だ、大丈夫よ」
「ダメよ、ちゃんと寝ないと」
リナリーは、叱るようにミランダを軽く睨む。その姿が、あんまり可愛らしいので笑みがこぼれる。
「大丈夫よ、ありがとうリナリーちゃん」
ミランダは、ちぎりすぎたパンを口に入れた。
中庭は、もうすぐ冬なのに日差しが照ってあたたかい。
ぼんやりと、ベンチに腰掛けて。誰にも聞かれないように、ため息をついた。
(マリさん・・・・)
最後に会ったのは、二週間前。
任務へ赴くミランダを、マリはゲートまで見送りに来てくれた。
『気をつけて・・』
そっと、髪を撫でられて。ミランダは、何となく泣きそうな気持ちになってしまって、
『・・行ってきます』
声にならない囁きで返した。
(マリさん)
心配でたまらない。
けれど、おなじだけ淋しくて。
ハンカチを取り出し、あふれそうな涙を押さえ付ける。
(・・だめな私)
エクソシスト、なのに。
(もっと、強くならないと)
ミランダは、弱気を払うように首をブンブン振った。
(あとで、科学班に行ってみようかしら)
何か、情報が届いているかもしれないし、
今日にでも、連絡がついて無事が確認できるかもしれない。
考えながら、希望を感じて。ミランダは、うんうん、と頷きながら立ち上がった。
「あーっ!ミランダ、お願いがあるんだ!」
科学班につくなり、ジョニーが青い顔で駆け寄って来た。
「ど・・どうしたんですか?」
「これっ!」
ドン、と机の上に資料の束を積みあげた。
「リーバー班長が、風邪で寝込んじゃって、人手がたりないんだ」
ジョニーは、悲愴な顔でミランダを見る。
「リナリーは、室長にかかりきりだし・・手伝ってくれないかな」
疲れているのだろう。ジョニーはげっそりとやつれている。
ミランダは辺りを見回すと、確かに科学班はいつもに増し忙しそうで、皆ジョニーに負けず劣らず、げっそりしている。
「・・え、えと、何をしたらいいのかしら?」
「ありがとう!」
ぎゅっ、ミランダの手を握り、
「とりあえず、これを資料室に戻してきてくれないかな?」
高く積み上げられた資料を差し出された。ミランダの腕に、ずしんと響く。
「じゃ、よろしく!」
ジョニーはそのまま、嵐のような科学班フロアへ消えて行った。
「・・・・あ、あの・・・」
(・・マリさんの・・)
どうやら、本来の目的は果たせそうにないようである。ミランダは、資料の束を持って回れ右をして、歩き始めた。
資料室への道は、暗くて苦手だ。
ガラガラと、台車を押しながら廊下を歩いていると、なんとなく心細くなってしまう。ちらと、資料の山を見て、
(台車を貸りて、よかった)
最初、持っていくつもりだったが、ある事を思い出して台車を貸りたのだ。
台車の取っ手を、キュと握り、ほのかに笑う。
(・・マリさん・・)
『運ぶ物が多いときは、台車を使うように』
こぼしたり、落としたり、忙しいミランダに
言ってくれた、彼の助言。
ミランダは資料室について、持ってきた書類を整理する。
(・・ええと・・)
最近よく頼まれるせいもあり、少しだけ慣れた手つきで資料をまとめた。項目事に並べながら、ミランダはふと見覚えのある資料を見つける。
(これは・・)
それは以前、同じように資料整理に来た時、
マリが拾ってくれたもの。
『ミランダ・・大丈夫か?』
資料室に現れたマリの手には何冊かの資料。
心配して、様子を見にきてくれたのだ。
『・・マリさん・・』
整理に慣れてなくて、泣きそうな声を出す。
『・・これ、落とし物だ』
何気なく、机にそっと置いて。
『手伝おう』
慰めるように優しく笑い、頭を撫でられた。
いつも、ミランダが困っていると現れる。
(まるで、ヒーローみたいに・・・)
くすり、笑った時。はた、と顔を赤くする。
(・・私ったら・・)
寝ても覚めても、という言葉のとおり。ここの所、何を見ても、何をしていても、マリの事ばかり考えてしまって困る。
彼の任務中、眠れないのはいつもの事だが、
いつもより、任務に時間が掛かっている事や、すれ違いもあって。 ミランダなりにストレスが溜まっているのか。
食堂や、談話室。修練場でも、無意識にマリを探してしまう・・。
(情けないわ)
雑念を払うように頭を振って、資料整理に集中する。
(・・それにしても)
(・・いつ、帰ってこれるのかしら・・)
無意識にため息をつく・・。
また一から思考が戻っている事に、ミランダは気付いていなかった。
資料整理だけで、ずいぶん時間をかけてしまい、ミランダが科学班へ戻った時は、夕暮れに近かった。
マリ達の状況が知りたくて、入口でうろうろしていたが、班員のあまりの忙しさに気後れして、結局何も聞けなかった。
行き場がないように、あてなく歩いていると団員の部屋へ続く階段から、夕日に映えて長い影が出来ているのを見た。
(・・マリさん?)
ハッとして階段を駆け登ると、そこにいたのは、予想に反してクロウリーだった。
クロウリーは、窓際に立って、物憂げに外を眺めている。何だかいつもと違う雰囲気に、声を掛けられずにいると、
「・・・ミランダ?」
「あ・・クロウリーさん」
気まずいような気持ちになったが、クロウリーは、ミランダを見てにこりと笑った。
「どうかしたであるか?」
「いえ・・クロウリーさんこそ・・」
「・・わたしは」
クロウリーは、また視線を外へ向ける。
「以前、故郷の城で見た夕日を思い出していたである・・」
(クロウリーさん?)
「・・夕日を見ると、懐かしいきもちになる」
クロウリーは、そっと目を伏せた。 ミランダは、クロウリーの側へ行く。
窓から見える夕日は、それは見事で。赤い世界に飲み込まれているようだった。
「きれいな・・夕日」
「・・夕日は、どこで見ても変わらないであるな」
ぽつり、呟く。
「アレン達も・・見ているかもしれないである」
「そうですね・・」
クロウリーの言葉に、穏やかな気持ちになっていく。落ちゆく陽が頬に温かな感触を残した。
マリも、どこかで夕日を感じてるかもしれない。そしてその夕日は、今ミランダが見ているのと同じ夕日・・。
あたりまえの事なのに、離れていても、同じものを感じているかもしれない事が、嬉しくて。
「・・昔、共に夕日を見た人は・・」
クロウリーの瞳が、懐かしそうに遠くを見つめる。
「・・・・いや、なんでもないである」
ふ、と笑って、視線を夕日から背けた。
(・・・・)
彼の過去を聞いた事があるミランダは、切ない気持ちで、目を閉じる。
そのまま夕日を感じながら、無性にマリに会いたくなって。
閉じた闇の世界の中。
ゆっくりと、沈みゆく時間に身を任せていた・・。
日も暮れて、辺りは夜の闇に包まれ始めた頃。
団員達は、夕食時だろうか、自室が集まるこの階は人気がない。ミランダがこの部屋を訪れるのは、久しぶりだ。
(来ちゃった)
辺りに誰もいないのを確認して、扉にそっと寄り掛かる。
(・・マリさん・・)
ここは、マリの自室。クロウリーと別れた後、引き寄せられるようにここへ来てしまった。
頬に感じた夕日の熱さか、クロウリーの想いに触発されてか。いないと分かっていても来ずにいられなくて。
寄り掛かりながら、目を閉じた。
(・・・マリさん・・・)
錯覚しそうになる。
この扉をノックしたら、出て来てくれるのではないか。
ミランダの手が、恐る恐るコツン、と叩いて、誰かに背中を押されるように、ドアノブに手をかけた。
《カチャ》
「・・・!・」
手応えのない音がして、扉が開く。
(鍵、かかってない)
悪い事をしていると思うと、ドキドキする。
室内は、もう薄暗くて。
家具の配置も、確認できないが、大きなベッドだけ分かり、ミランダはそこに座った。
このベッドの上で彼に愛された事を思い出す。
(・・・枕・・)
大きな枕を手で確認して、ぎゅ、と抱きしめた。
(あ)
紛れも無い、マリの匂いに、ミランダは、涙が出そうになる。
(・・会いたい・・)
枕を抱きしめたまま、ゆっくりと、倒れる。
ミランダは、目を閉じた。
じんわりと、温かなものが沸き上がって、
涙が溢れて、頬をつたう。足だけで靴を乱雑に脱ぎ捨て、マリの布団に潜りこんだ。
なんて、安心するんだろう。
こうやって、彼の匂いに包まれていれば、
(それだけで・・私は、充分に幸せなんだわ・・)
目を閉じて、マリを想う。彼はここにいる、今、ここに・・・・。
ミランダは、マリの匂いに抱きしめられながら、久しぶりに、睡魔の訪れを感じていた。
(・・・気持ち・・いい)
頬が緩んで、涙の跡を拭うと、ミランダは、ほぼ二週間ぶりの眠りの世界へ旅立った・・・。
夢を見た。
優しい手が、私の頭を撫でていて・・。
とても、気持ちいいわ。
ああ、目を覚まさなきゃ・・・言いたい事があるのよ・・・。
その人は、低く、穏やかな声をして、
『・・ただいま・・』
そう言って、私の頬にキスをした・・・。
end
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