D.gray-man T





ミランダのため息を聞いて、マリはスープを飲む手が止まる。

「浮かないようだが、何かあるのか?」
「え!・・あ、いいえ・・その」

図星をさされたのか、ミランダの手からスプーンが落ちて、

「あ、きゃっ!」

ガシャン!という音とともに、ミランダの顔にスープが撥ねた。

「・・大丈夫か?」

マリがハンカチでミランダの顔を拭く。

「ご、ごめんなさいっ」

ミランダの顔が羞恥で赤くなるのを感じて、マリは苦笑した。

「何か気になることでも?」
「そ・・そんな」
「心配事があるなら、聞かせてくれないか
・・力になれるかもしれないだろう?」

諭すように伝えると、ミランダは、頬を少し赤らめて。

「あの・・心配、というか。」
「うん?」
「その・・リナリーちゃんが・・」
「リナリーが?」

意外な名前に少し驚く。

「見当たらないんです・・」

悲しそうに呟いた。

「リナリーは、任務ではないはずだが・・リナリーと何かあったのか?」
「いいえ、でも私を捜していたらしくて・・何かあったのかしら・・」

ミランダは、気になるように小さなため息をつく。マリは、そんなミランダに優しく微笑んで、

「後で、捜しに行こう。わたしも手伝うよ」
「・・マリさん」

嬉しそうに、微笑まれるのを感じた。
本当は、その聴覚ですぐにも居場所は確認できるのだが、緊急時以外に、他人の音を拾う事はしたくない。

(それに・・もう少しミランダと一緒にいたいし・・な)

そんな事を思いながらコーヒーを飲むと、
ふと人の気配がしてマリは顔を上げる。

「・・失礼します」

そこにいるのは、監査官ハワード・リンクだった。何やら緊迫した雰囲気で、マリにも緊張が走る。

「どうかしたのか?」
「アレン・ウォーカーを見ませんでしたか?」
「・・アレン君?」

ミランダは、少し考えて

「食堂へ行くって・・談話室の前で会いましたけど・・」
「それはいつですか?」
「えっ・・ここへ来る前だから・・」
「・・失礼しました」

リンクはそのまま、駆け出した。






「「「に、に、に、に、妊娠っ!?!?!?」」」


三人同時に叫んで、思わず眼を合わせる。

「・・まさか」
「そんな訳、ないですよ」
「・・つまんねぇ冗談言うんじゃねぇぞ」

《ドガガガガガガガッ!!》
マシンガンの咆哮が火を噴いて、

「「「!!!!!!」」」

三人は辛うじて、この世に生を留める事ができた。

「あっ危ねェさっ!!」
「この野郎!コムイ!!」「死んじゃうとこですよっ!!」

コムイはどす黒いオーラを揺らめきながら

「死ぬ・・?」

ゆらり、立ち上がると。


「死んでしまええええええっ!!!!」

《ドガガガガガガガッ!!!》
再び火を吹くマシンガン。

「「「うわああああああっ!!!」」」

今度も何とか避ける事ができたが、
三人共、余計な事を話さないよう目配せする。

その時、恐る恐るリーバーが口を挟んだ。

「し、室長・・まだ容疑者ってことで、犯人て決まってないわけですから」
「な、なんだよ、容疑者って・・」
「・・どう見ても、犯人扱いじゃないですか」
「・・ちっ、くだらねぇ」

三人、ぼそぼそと呟く。

「と、とにかく冷静にいきましょうっ!・・
こんな事じゃ四人目以降は無理っすよ・・」

リーバーは、ホワイトボードを持ってくる。そこには、『容疑者リスト』と書かれてあり、

一位 ラビ
二位 神田
三位 アレン

と、書かれてあった。

「なんでオレが一位なんさっ!」

ラビが吠える。

「あー、でもこのメンツなら順当ですよ。
神田はたしかに手、早そうですしね」
「なんだとコラ!くそモヤシッ!」
「じゃあ何でオレは一位なんさっ!」
「それは・・・ラビだから?」
「テメェの普段の行いだろうが・・」


ちなみに四位以降は

四位 クロス元帥
五位 ファインダーの誰か
六位 ソカロ元帥
七位 ルベリエ
八位 ラビ
九位 バク・チャン

(・・・なんで師匠が僕より下?)
(あれ・・八位?)
(ルベリエ・・呼び捨てかよ)


「「「・・・・・・」」」


「さて・・そろそろ吐いてもらおうか」
コムイは何かのスイッチを押した。

「「「×☆@$¥※〓!!」」」

激しい電流が縄から伝わり、三人の体を駆け巡る。

「この中で誰がリナリーをキズ物にしたんだい?」

その声は、穏やかな言い方ではあったがその場にいる全員の背筋を凍らせた。

「ラ、ラビ!早く自供してっ」
「なっ!?オ、オレじゃねぇさっ」
「何言ってやがる!いつもあいつの側で
チョロチョロしてやがるくせに!」
「んなこと言ったら、ユウだって!こないだ二人で座禅してたさっ!」
「たしかに神田は野獣ですから、抑え切れなくても仕方ないですよ!」
「テ、テメェ!このモヤシッ!・・」

アレンと神田が睨み合う中ラビが、

「・・そういえば・・」

親指を口にあてる。
《ガシャコン》と、マシンガンの銃口がラビを捉えて

「やはり・・」

コムイが引き金に指をかけると、

「ち、ち、ち、違うって!!今日のリナリーの様子が変だったから・・」
「・・?」

銃口が反らされる。

「そ、そういえば・・僕も感じました・・」

アレンも慌てて言う。

「なんか元気なかったです、食欲も無いって言ってたし」
「食欲が・・ない・・」

コムイの眼からブワリと涙が溢れた。

「や・・やっぱり・・間違いないんだっ・・・」

崩れるように、泣き出す。
三人は眼を合わせて、信じられない事実を実感し始めていた。

(マ・・マジかよ)
(信じ・・られません・・)
(・・あいつが?)

ふと、ラビが思い出したように、

「まさか・・・!」
「何ですか?ラビ・・・」

ラビは言いづらそうに、ちらり神田を見る。

「なんだよ」
「いや、その・・リナリーがさ元気失くなったのは・・・」

コムイとリーバーも、ラビの言葉を待つ。

「・・マリと・・ミランダを見た後だったんさ・・」
「あ・・?マリだ?」

神田は、ラビを睨み付けた。

「あいつが何だってんだよ、マリは関係ねぇだろ」
「・・待ってください神田・・実は、僕も・・」

アレンは、神田を見た。

「二人の姿を見て、立ち去るリナリーを・・・」

言いながら、眼を反らした。

「ん・・んな訳ねぇだろ・・」

神田の声が、弱まる。

「・・・でも、考えてみれば、リナリーが最近ミランダと一緒にいなくなった気がするさ」
「そういえば少し前、任務で一緒になってませんでしたか?」

アレンがリーバーを見る。
リーバーは、あまりに意外な人物に青ざめた顔で、

「ち・・ちょっと、待て。あのマリだぞ?」

頭を押さえた。
疑念が次々と沸き上がり、言葉を発する事ができない。

(あの・・マリが・・?)

その時、沈黙を破ったのはやはりあの男だった。

「リナリーをたぶらかしながら・・ミランダまでもとは・・」

ブツブツと憑かれたような、コムイの声がする。

「いくぞっ!!コムリンEX!!」
「しっ室長っ!!」

リーバーが止めるも叶わず、コムリンの背に乗って彼の上司は消えた。





カツ、カツ、と規則的に踵を鳴らして歩く。

(全く)

リンクは彼の監視対象であるアレン・ウォーカーをまだ見付けられずにいた。
リンクがアレンを見失ったのは一瞬の事で、彼にしては珍しい。

(・・なんという失態)

歯噛みする思いで歩いていると、背後から、凄まじい勢いの「何か」に追い越された。

「・・・・・は?」

思わずポカンとする。

(あれは、室長?)

見覚えのある、あのロボットの名前は・・

(・・コムリン・・なんだったか)

うーん、と眼を伏せた時。再び、背後から気配がして振り向くと、監視対象であるアレンの他、若年エクソシスト二名にリーバー班長が、何やら凄まじい顔で廊下を走って来た。

「リンク!コムイさん見なかった!?」
「ウォーカー!君はいったいどこに・・」

リンクは走り去るアレンを追い掛ける。

「それよりコムイさ!見てねぇのかよっ」
「コムイ室長が何だっていうんですか?」

リンクは、走りながら聞いた。

「ランク外にゃ関係ねぇだろ」

神田がボソリ呟く。

(ランク外・・?)

リンクは片眉を上げながら神田を見た。





ゆっくりと、灯が点って、教団の廊下が明るくなる。
階段はまだ薄暗くて足元が危ういから、
ミランダは、転ばないように気をつけた。

「・・ミランダ」

右手が、キュと握られて心臓が跳びはねる。
掌から温かさが伝わり、ミランダの頬を熱くした。
ちらりと、マリを見たが暗さのせいか表情が読み取れない。

(マリさん・・・)

夢心地、というのはこういう事なのかしら。 ミランダは、うっとりした気持ちでマリの傍らを歩いた。

二人が向かっているのは、リナリーの自室がある階。
結局、いろいろ捜してみたが見当たらなくて、ミランダは時間が遅くならないうちに、部屋へ訪れてみようと思ったのだ。

夜に差し掛かったせいか、冷えはじめて。ミランダは、白い息を確認した。

「もうすぐ・・・冬ですね」
「そうだな、ミランダは冬は苦手か?」
「・・冷え症なんです・・」

恥ずかしそうに言う。
マリはミランダの両手を取って、自身の口元へつけて、少し笑った。

「ほんとうだ・・冷たいな」

(マ、マリさん)

キスされるように、付けられた手が熱くて
恥ずかしくて、俯いた。

「マリ!!」

突然、大きな声がしたのでミランダはビクリと震えた。見ると、廊下を大勢でこちらに駆けて来るのが見える。

(?・・)

キョトン、としてマリを見るがマリもよく分からないようだ。彼等はミランダを見つけると、なぜか顔を強張らせる。

「み・・皆さん、どうかなさったんですか・・?」
「ミ、ミランダさん・・・そ・その」

アレンは口ごもった。

「おい!マリ!」

神田がアレンを押し退けるように現れる。

「ちょっ・・!待つさ、ユウッ!」
「か、神田っ!ダメです・・」

止めるように神田を後ろへ引っ張るが、それを振り払い、ぐい、と前へ出た。


「リナリーを孕ませたってのは、本当か」


は・ら・ま・せ・た?


ミランダの頭に、聞き慣れない言葉が響く。


「わーっ!!この、バ神田っ!」
「わ、悪いっ!ミランダっ!!」

アレンとラビが神田を羽交い締めで、口を塞いだ。

「・・孕ませる・・?」

リンクは、険しい顔でマリを見る。

「リナリー・リーが、ノイズ・マリの子供を妊娠したのですか?」

理性的な声が、解りやすく説明したおかげで、ミランダはその意味を理解した。

(・・・にんしん・・)

ドクドクと、頭に血が上るのを感じて。

次の瞬間。

鼻から赤い鮮血がほとばしるのを感じると、
ミランダはそのまま垂直に倒れていった。

「!!・・ミランダッ・・!」
「わーっ!ミランダさんっ!!」

床につく、寸出の所でマリが受け止めた。
失神したらしい。マリは鼻血をハンカチで押さえる。

「・・・・・・・」
「・・・・・・・」

マリがあまりに静か過ぎるので、アレン達は嫌な汗をかいてきた。

「マ、マリ・・?」

リーバーが、恐る恐る声をかける。
ミランダの鼻血の処理を終えながら、

「さて・・・」

その声に、全員が震えた。

「いったい・・どういう事なのか、説明してもらおう」

アレン達は本気で怒るマリを(神田以外は)初めて見る事になる。



それは、さながら不動明王の如く。









少し部屋で休んだせいか、吐き気はなくなり、代わりに喉が渇いてきた。

(お茶でも、飲もうかな)

リナリーは、うーん、と伸びをしながら廊下を歩く。時計は午後七時を回っていたが、まだ食欲は湧かない。

(談話室に行ってみようかしら・・)

談話室には誰かしらいるだろう、軽いおしゃべりでもして、温かいお茶を飲もう。

(ん・・?)

ちょうど、角を曲がって階段を下りようとした時、不思議な光景を眼にした。


廊下の隅で一列に正座をしている一団がいる。

(・・な、なに?アレ)






「・・・・ラビのせいですよ・・」

ボソリ、呟く。

「なっ!?アレンだってマリの事、言ってたじゃねぇさ」
「チッ・・テメェら二人のせいで・・」
「バ神田は、A級戦犯ですよ」
「そうさ!ミランダの前であんな事、普通言わねぇだろ!」

神田は一瞬、怯んで

「言っとくが、とどめを刺したのは、こいつだからな・・」

キッとリンクを見た。

「くっ・・・なんで私がっ・・・!」

リンクは屈辱に耐えるように、プルプル震えている。

「・・ま、まあ、喧嘩はやめようぜ・・」

リーバーは、ため息をついた。

「リーバー班長・・そもそも、なんでリナリーが妊娠した事になったんですか?」
「えっ・・・?」
「フツー、考えてもありえねぇさ、なぁ?」
「俺も、室長から聞いただけだが・・・ツワリがあった・・らしい」

リーバーが、少し考え込む。



「・・誰が、妊娠したのかしら?」



目に入ったのは、発動中のダークブーツ。


「リ・・リナリー・・!」

正座の一団は、仁王立ちするリナリーに、声なき叫びを上げたのだった。



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