D.gray-man T




指先が、震えて。
全身が、氷のように冷たい。 何かに、意識が吸い取られてしまう。

(だ、だめ・・私・・・・このまま・・じゃ・・)

信号が鳴っていた。頭の中で。

危険、危険、危険、危険。


(・・たす・・・け・・・)


何かを掴むように、手を延ばしてミランダは、そのまま意識を手放した。














「あ、神田にマリ。お帰りなさい」

任務から戻って科学班に行くと、ジョニーに迎えられた。
「ただいま」とマリが応える。

神田は、いつもながらの仏頂面で

「コムイはいねぇのか」
「室長は、仮眠中だよ。さっき寝たばかりなんだよね・・」
「では、とりあえずリーバーに報告でいいか? 問題があるなら、再度報告にくるが」

マリがリーバーに向かって言った。リーバーは、頷いて

「ああ、じゃあ俺が聞こう」

マリがリーバーに報告をしていると、誰かの足音が響いてきた。
それはリナリーのもので、彼女がこんな慌てた足音を出すのは珍しい。ダークブーツを発動しているのをみると、余程の事なのか。

ガタン、と音がして、リナリーは転がるように現れた。

「た、た、たいへんっ・・!に、兄さんはっ・・!」

リナリーが青ざめた顔で叫ぶ。
その場にいる全員が注目したのは、彼女ではなかった。

リナリーの腕の中には小さな少女がいたのである。

周囲にざわめきが走り、恐る恐るリーバーが聞いた。

「リ、リナリー?その子は、誰だ?」

リナリーの腕の中、くたりと眠る少女は、年の頃は3、4才くらいで、なぜかぶかぶかの服を着ている。
リナリーは、取り乱したように頭を振って

「ミ、ミランダ・・みたいなのっ!」

マリがいち早く反応した。

「どういうことだ?」
「朝食に誘いに行ったらいなくて・・捜したら修練場にこの子がいたの。これを持って・・・」

リナリーは、少し落ち着きを取り戻しつつ少女の手に握られたものを見せた。
その手に握られているのは、ミランダのイノセンスである、発動中のタイムレコード。

「おい、なんかおかしくねぇか?」

神田が、怪訝な顔で少女を見た。

「イノセンスが発動中なら、このガキはあの女じゃねぇだろ」
「そ、そういわれたら・・そうね」

リナリーがハッとして、科学班の面々も、それもそうだと、納得する。

発動中に眠れるはずがないからだ。


「いや・・その子はミランダだ」

遮るように、マリが言う。

「間違いない、ミランダだ」

目に見えない、少女から発する波動のような、空気感。呼吸や、心音。
それらがミランダの存在を主張していたのだ。

((いったいどうして、こんな事に?))

皆、その疑問の先に思い浮かぶのは、今ここにいない男。
そう、あの巻き毛の室長である。

「・・う・・・んん」

リナリーの腕の中で、ゆっくり体を起こし
ミランダは、あたりを見回した。

「あれ、あれぇ?」

目を擦りながら、寝ぼけたように呟いて。
リナリーを見ると、

「おねぇちゃん、だあれ・・?」

ガラス玉みたいな瞳で聞いた。
それから、あたりをキョロキョロ見回して

「ここ、どこ?」

みんな、顔を見合わせる。
リナリーが、ミランダをそっと床に立たせて、恐る恐る聞いた。

「・・・ミランダなの?」
「おねぇちゃん、どうしてあたしの名前、知ってるの?」

目をまんまるにして応える。

「おいっ!誰か室長起こしてこいっ!」

リーバーの声が響き、

「これ、やっぱり原因は室長?」
「あの人、またなんか妙な薬つくったのか!?」
「てか、記憶まで左右するって、どんな薬よっ」

科学班の面々のどよめきの中、

「ちょっと〜、なんかうるさくて目が覚めちゃったよ〜」

コムイが司令室から、あくびと共に現れた。

しかし

「兄さんっ・・・!」

《ドゴォッ!》

リナリーの殺人的な蹴りで、コムイは再度司令室へ戻る事になった。







「ご、ごめんなさい・・兄さんっ!」
「ほんと、痛かったよ、リナリーっ」

甘えるように言ったあと、

「全く、みんなも酷いよ!何かあったらすぐ僕を疑うんだからっ!」

ギロリと、周囲を睨み付けた。

「す、すみません室長・・」

申し訳なさそうに、リーバーが応える。

発動中のタイムレコードを見て、原因はイノセンスにあると考えたコムイは、ヘブラスカにミランダとイノセンスを診てもらって自身の誤解をといた。

「で、どうだったんだ?」

マリが心配そうに聞いた。

「うん、やっぱりイノセンスが原因みたいだ。」
「イノセンスの暴走・・なの?」

コムイは首を振る。

「それは違うらしい・・もっとも、ヘブラスカもはっきりとは分からないようだが」
「・・結晶化の前兆とかじゃないんすか?」

リーバーが、考え込んだ。

「その辺も、なんとも・・・。ただ、ヘブラスカが言うには、ミランダの精神的なものが影響しているらしい」

コムイはちらりと、ミランダを見る。
ミランダは、リナリーの膝上でお絵かきをしていたが、コムイと目があって恥ずかしそうに俯いた。

「いや〜、でもかわいいな〜!リナリーを思い出すよ」

どこから出したのか、ウサギの縫いぐるみを取り出す。

「・・・これくれるの?おじちゃん」

遠慮がちに、欲しがる姿がなんとも愛らしい。コムイの目尻が下がった。

「まあ、とにかく。様子をみるしかないね。ここにいるのは、ミランダではあるが『時間吸収』によって過去に遡ったミランダだ。」

「発動をとかねぇと、このままって事か」
「うん・・その辺は、僕の方でも調べてみるよ。 とりあえずはリナリーと・・マリ、ミランダの世話をお願いしていいかな」
「もちろんよ」

リナリーは嬉しそうに笑ってミランダを抱きしめた。

「わかった・・」

マリも頷く。

ミランダは、マリを見て

「・・おじちゃん、マリってお名前なの?」
「そうだよ」
「きれいなお名前ね」

はにかむように、笑う。
マリは、あどけない彼女を愛しく思った。







『マリさん、あの・・』


ああ、これは夢。
あの任務の前に、見送りに来てくれた。

『気をつけてくださいね』

心配そうな声・・・・。




(ミランダ・・!)










鳥のさえずりが聞こえて、目を覚ます。

(ん?)

マリは、今日もその違和感を感じ、苦笑する。

(また・・いつの間に)

隣には、すうすう、と可愛い寝息をたてた小さなミランダ。

(今日で、3日連続だぞ)

ミランダは、なぜか知らないうちに、マリの布団に潜り込んでくるのだ。
最初の夜だけ、リナリーと寝ていたが、次の夜から、寝る時はリナリーと一緒でも、どうやら途中で部屋を抜け出してくるようなのだ。

(・・本当に、いつ来たんだ?)

耳の良い自分が気付かないはずはないのだが・・ マリはううむ、と考える。
その時、扉をノックする音が聞こえた。

(リナリーだな)

静かに、扉を開ける。
リナリーは、ミランダを見て今日も苦笑した。

「まったく・・もう」

そぉっと近づいて、頬っぺたをチョン、と突く。

「ミランダ、おはよう」

ミランダは、もぞもぞと、布団に潜る。

「食堂で、朝ごはんを食べましょう?」
「今日は、何を食べようかしら。クロワッサン?べーグル?甘〜いジャムに、オムレツ。飲み物はミルクがいい?」

ミランダは、そっと、布団から顔を出す。

「べーグルは、かたくてキライ・・」

リナリーは、ニッコリ笑ってミランダの頭を撫でた。

「そうね。サクサクのクロワッサンにしましょ」
「おはよう、ミランダ」

マリが、声をかける。

「おはよう、マリおじちゃん」

ミランダがニコッと笑って、布団から起きると甘えるようにマリに抱きついた。

「抱っこ」

手を広げられ、抱き上げると、嬉しそうに笑って、マリを見る。
それを見ていたリナリーは感心しながら

「ほんと、ミランダはマリが好きなのね」

その言葉の意味に、一瞬ギョッとして。

「あ・・いや、子供の世話は慣れていたしな」

なぜか、慌ててしまうのだった。

マリとミランダは、恋人同士であった。
先日の任務の前に、お互いの想いを打ち明けあい、二人は晴れて両想いになったばかりなのである。

「マリおじちゃん、抱っこでつれてって」
「ああ、いいとも」

小さいミランダは、マリを父親のように懐いてくれる、それを嬉しく、愛しく思いながらも、マリは心のどこかで淋しいような、複雑な気持ちになっていた。

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