D.gray-man T






科学班に資料整理を頼まれたミランダは、
山積みのファイルを持って資料室へ向かう。


階段を下りる時、突然肩をつつかれて、振り返った。


「あ・・こんにちは」

マリだった。

「資料室か?」
「は、はい」


マリは、ミランダの手にある資料を持ち上げて 「手伝おう」と階段を下り始めた。

「え・・マ、マリさんっ?」

オロオロしながら後を追う。

「そんな、悪いわっ」
「いいんだ、ちょうど暇だったんだ。」

穏やかに微笑まれて、ミランダはひそかに胸がときめいた。

(・・優しいひと)

わかってる。

資料室までの道が、暗くて苦手なのを何も言わなくても、マリは分かってくれているのだ。

「ありがとう・・マリさん」

そっと呟くと、マリは何も言わずに小さく頷いた。










資料室は、小さな灯があるだけで全体的に暗い。

持ってきた資料を、項目事に棚へ戻すだけなので難しいものではなく、この日はマリもいて、いつもより作業ははかどった。

「これが最後ね。えと・・」

ミランダが見回して、棚の一番上に、片付ける項目を見つける。

「かなり上だな」

ハシゴを探すが、見当たらない。

「私、ハシゴもらってきます」
「いや、いい」

ミランダを止めたマリは、そのまましゃがんだ。

「肩に乗ってくれ」
「えっ・・!」

驚いて、マリを見る。本気のようだ。
任務では何度か肩に乗せてもらった事があるが、あれは非常時である。こんな何でもない事で乗っていいのだろうか。

(・・いいのかしら)

ミランダは、顔が熱くなった。
戸惑いながら、ミランダはマリの肩に腰を乗せた。

「もっと、深く乗ってくれないか?」
「は、はい・・」

座り直す

「よし。立つぞ」

ゆっくり、起き上がって資料棚へ進んだ。
暗い中、マリから伝わる体温を感じて、少し緊張した。ミランダは、資料をしまう指が少し震えてしまう。

「!!」

指が滑って、資料が落ちてしまい、慌てて手をのばした。

「!?・・ミランダッ」

瞬間、グラリ、と態勢が崩れる。

「キャッ!」

ミランダの体が前傾して、マリの肩から崩れるようにして落ちていく。

(落ちる!)

ぐっ、と目をつむった瞬間。
何か温かいものに急に包まれる感覚がした。

(え?)

衝撃がまったくしない。うっすらと、目を開くと、

「・・・!」

そこには、マリの顔がすぐ側にあった。息が、かかりそうな程、近い。
床に落ちないよう、マリがミランダを守ってくれたのだ。

「大丈夫か?ミランダ」

衝撃を全て受け止めてくれたのに。
それでも、自分を心配してくれるマリの優しさに、泣きそうになる。

「ご、ごめんなさい・・私のせいで・・」

あわてて、体を起こそうとしたが、

(あ・・・)

マリの腕に搦め捕られ、動けない。

(これって)

ドクン、ドクン、と心臓の音が聞こえそうだ。
マリの胸に抱きしめられて、それは時が止まったように感じられる。
ふいに、マリがミランダの髪に顔を埋めているのを感じた。

(マリさん・・・)

形容できない、切ない気持ちになってミランダはマリの胸に額をつける。
胸にひろがる甘い気持ちに、痺れるような。

この温かな体温、髪にかかる息遣いが、嬉しい。


「・・・ミランダ」

掠れるような声がして、顔を上げると、
マリはミランダを熱の篭った眼差しで見つめていた。

「ミランダ・・わたしは・・」

指先が、ミランダの頬に触れる。

「わたしは・・貴女を・・」

親指が、確かめるように、唇に触れられた。


「誰より・・愛しく、想っている・・・」





ミランダにも分かる。



これは愛の告白。


どうしようもなく、胸が高鳴っていた。

マリの親指は、ミランダの唇をなぞったあと、ゆっくり下りて、
顎に触れたかと思うと、そのまま、そっと持ち上げられた。

(・・・え・・)

マリの顔が、近づいてくる。

(こ、これって)

どうすればいいかわからず咄嗟に、ぎゅ、と身を硬くした。

(・・キスがくる・・!)


マリの息が、鼻先にかかった時、ミランダは、拒絶するように顔を背けてしまった。

一瞬の沈黙の後、ゆっくりと体が離されるのを感じて、ミランダは目を開ける。


「・・・すまない」


小さく、呟かれ。
ハッとしてマリを見たが、マリは、顔を見られないように背けている。

「本当にすまなかった」

苦しそうに、息を吐いて、ミランダから離れた。
胸が苦しくなる。

違う。

(・・違うんです・・・)

あなたを拒絶したんじゃないんです。

怖いんです・・。
あなたを好きな気持ちが、怖いんです。

私はどうしようもない、臆病者で、あなたの胸に飛び込むことも躊躇してしまう。
両手を広げていてくれるのを、分かっているのに・・・


本当に、どうしようもない臆病者。




資料室の帰り、マリは先程の事を何も触れず、
ミランダを優しく先導してくれた。

(・・・マリ、さん)

大きな背中に、心の中で話し掛ける。

泣きそうになった。

自分で、拒絶したくせに、もうあの腕が恋しくて。

後悔、していた。本当は、キスをしたかった。


でも、あのキスを受け入れれば、もう後戻りができない。そう思ったら、不安になって。
咄嗟に顔を背けて、しまった・・・・。


(・・私)

胸が締め付けられて、マリの背中をじっと、見つめる。
階段を上る、靴の音だけが周囲に響いて
それは、まるでミランダの心臓の音のようだった。
あと二段、階段を上れば科学班のフロア、という時、


「まって・・」


知らずに、声を出していて自分でも驚く。マリは、少し驚いたように振り返った。

「どうかしたのか?」
「え・・・いえ、その」

何を言えば良いかわからなくて黙ってしまう。

(私・・・あなたを)

言える?

(言わなきゃ)

マリを見つめて、震える唇を開いた。 その時、マリの後ろから

「あ、ミランダ!終わったのかい?」

ジョニーの声が響いて、

「ああ、マリも手伝ってくれたんだ」
「いや、通り掛かっただけだ」

マリは、ジョニーの存在を気付いていたのか
当たり前のように、会話し始める。

「ご苦労様、ミランダ」

ジョニーに話し掛けられて、

「い・・いいえ」

やっとの事で返事して、動悸を抑えるように胸に手をあてた。

「でもちょうどよかった。マリ、リーバー班長が呼んでいたんだ」

ジョニーが、科学班を指差す。

「・・そうか」

マリは一瞬、戸惑うようにミランダを見たが

「わかった・・行こう」

ジョニーに続いて、歩き出した。
歩きだした二人を見ながら、キュ、とスカートを握る。

自分の間の悪さを呪いながら、ミランダはそっと唇を噛み締めた。










夜半過ぎ。
眠れない夜を寝返りで過ごしていたミランダは、眠ることを諦めて、ベッドから起き上がる。

喉が渇いて、食堂へ行こうとストールを羽織り、靴を履いた。
机の上にあるイノセンスを習慣のように手に取った時、それがまた目に入り、吸い寄せられるように、手に取る。

カサ、と紙包みの中の、ミランダの気持ち。

「・・・・・」

抱きしめるように、胸にあてた。

(わたし、やっぱり)


(マリさんが好きだわ)

マリからの愛の告白を、思い出して、
身が震えるほどの喜びを感じる。

(・・このままじゃ、駄目)



変わりたい・・わたし・・



そっと目を伏せて、深呼吸すると、紙包みを持ったまま、部屋の扉を開けた。







マリの部屋へ行き、ノックした。 コンコン、控え目に。

(?)

返事がない。
耳のいい彼に、聞こえていないはずはない。
ミランダは焦った。

(もしかして・・・いない?)

そういえば、今日はあれから一度も見ていない。
リーバー班長に呼ばれていたから、もしや急な任務でもあったのかもしれない。

念のため、もう一度だけノックしてみる。

「・・・・・」

(やっぱり)

いない。

悲しさが、胸に広がり、涙が出そうになった。
どうして自分はいつもこうなのだろうか・・。

(いつも・・こう・・)

涙がぽつんと、こぼれて。
ハンカチがなくて、夜着のポケットを探す。

(まぬけなミランダ・・)

ハンカチもない。手の甲で、涙をグイと拭った。

「ここにいたのか・・」

突然の声に驚いて、振り返ると。マリが、息を少し乱れさせて立っていた。

「・・マ、リさん・・!」


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