D.gray-man T
3
コンコン、と控え目なノックが聞こえたのはもう夜もふけて皆が寝静まる頃だった。
足音で、ミランダだと気付いていたが、まさかこの部屋に来るとは思わなかった。
何かあったかと心配になり静かにドアを開けた。
「どうしたんだ?こんな遅くに」
「あの・・ご、ごめんなさい、その、寝てましたか?」
「いや、それより何かあったのか?」
ミランダは小さく震えている。
「ミランダ、寒いのか?」
部屋の中に・・とはさすがに言えないので、羽織っていたセーターを肩に掛けてやった。
「ごめんなさい・・」
ミランダは俯く
「私・・いつもマリさんに迷惑かけてしまって・・」
泣くのを我慢しているのか、声が震えていた。
「そんなことを思ったことはない」
「・・私は本当に駄目な人間だから・・・つい、マリさんの優しさに甘えてしまって・・」
「ミランダは駄目な人間なんかじゃない」
強めに言ってしまってハッとした。
「・・マリさん」
「・・・・」
「私達が噂になってたって・・」
「ミランダ・・」
やはり、今日の会話を聞いていたのか。胸が少し、痛んだ。
「あまり、気にするな、ただの噂だ」
「・・マリさん・・」
「ん?」
ミランダの眼から涙があふれる。
「・・・迷惑、かけてごめんなさい・・でもっ・・でも・・私・・マリさんと一緒にいられないのは、嫌です・・」
涙声で、搾るように出したその言葉に撃ち抜かれて、声も出ない。
「最近、マリさんに会えなくて・・し・・心配だったんです。」
「それは・・」
「わ、私、鈍いから・・気付かなくて・・また知らないうちに気を使わせてしまったんですね」
ミランダがいじらしくてたまらなかった。
「だから・・考えたんです、こうやって、夜に会いに来るのも・・だめ、です・・か?」
「そ・それは・・まずいだろう」
わずかな沈黙の後、やっとの事で声を出したが、まだ胸の鼓動が治まらずに波打っていた。
「その、わたしたちは男と女なのだから」
「・・あ、そ、そ、そうですねっ・・私ったら、ほんとに、鈍くて・・」
明らかに落胆させてしまい、罪悪感がわいた。
締め付ける彼女の胸音が耳に響く。その瞬間、まるで堰を切ったような感情がマリを支配しはじめた。
想いがあふれて、止められない。情けない気持ちが露わにされる。こうなることを畏れていたんだ。
抗えない何かに、飲み込まれていく。
けれど、どこかで分かっていた。抗っていても、抗いきれるものではない事を。
「・・・負けたな」
ぽつりと、声に出た。
「マ・・マリ・・さん・・?」
急に抱きしめられて、驚いたのだろうミランダの心音は早鐘のようだった。
「本当は・・」
「は・・はい・・?」
「もう。どうしようもないくらい、あなたに夢中なんだ」
情けなくて、恥ずかしい。自分ではないようだ。
けれど・・・ もう、彼女がいないなんて、考えられない。
「ウッ・・・グッ・・ヒグッ」
突然、聞こえた泣き声に慌てる。
「?ミ、ミランダ?」
抱きしめていた腕の力を緩めて、様子を伺おうとしたが、逆にミランダから自分の胸にしがみついてきた。
「ほ・本当、に?」
不安げに問う。」
「わ、わた・・私、マリさんに迷惑に思われたくなくて・・でも・・」
「ミランダ」
「・・でも・・会えないのは・・苦しくて・・」
彼女の言葉に 胸が甘く疼く。
抱きしめた体から体温が伝わり、痺れるような幸福感が全身を包みこんだ
「もう、大丈夫だ」
ミランダを守るように、抱きしめる
「どんなことがあっても、そばにいる・・」
彼女を守るのは自分でいたい。
不器用で、怖がりで、
泣き虫で、慌て者で、
心配性で、後ろ向きで、
頑張りやで、純粋で、
お人よし、
なにより、全てが、愛おしい。
「ミランダの側にいたいんだ・・」
わかっていたんだ、本当は。
どんな相手だろうと渡せる訳がない。自分という檻に閉じ込めても、放したくない。
気付けばもう、こんなにもミランダで心が充たされていた。
頭が冴えて、うまく眠れぬまま朝を迎えてしまった。いつものように朝稽古の為に修練場へ向かう。
「早いな」
仏頂面の神田から朝の挨拶をされる。あいかわらずの弟弟子に苦笑しつつ、そのままいつものように、神田の稽古に付き合うことになった。
「なんか、あったのか?」
小1時間の稽古後、ひと呼吸ついた頃に神田が言った。
神田の鋭さにギクリとしつつ、
「どうしてだ?」
「動きに妙な迷いがねぇ」
「そうか」
神田はそれ以降、興味ないのか何も聞いてこなかった。
(迷いか・・)
そうだな、迷いは晴れたかもしれないな・・
ふと、ミランダを想う。
それだけで満ち足りた気持ちになり、力が湧いてきそうだった。
「では再開するか」
立ち上がる。
神田もそのまま立ち上がり「じゃあ、行くぞ」
竹刀を持った。
敵襲を告げる無線が入るのは
これから30分後である。
end
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