D.gray-man T
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どこかで声がする。
『また、やってしまったわ』
『いったいここは・・どこ?』
『ほんとに私はどうしていつも・・』
『来た道をもどらないと・・・あら?こんな道だったかしら』
『う・・・グスッ・・・ふぐっ・・・・・・ 』
迷ったときは、すぐ自分を呼ぶように言っているのに。きっと、迷惑がかかる、なんてことを思っているんだろう。
声の場所からして地下室付近だな、そのまま動かずにいてくれるといいが・・。
あ、やっぱり・・移動してるようだな。ああ、ちゃんと前見て歩かないと転ぶぞ。
・・・!転んだか・・ 。
泣いてる声が、近くなってきた。
そこに、いる。
「ミランダ、大丈夫か?」
「マ、マリさんっ・・!」
ウワアァン!と泣きながら駆け寄ってきた。
「怪我はないか?」
「は・・はい・・大丈夫、です・・グスッ」
「心配、したぞ」
「マリさん・・・ごめんなさい・・」
「しかし、いったいどこに行こうとしてたんだ?」
ミランダは言いづらそうに、俯いて、
「修練場・・です」
「修練場?」
ちなみに、ここは火葬場付近だ。修練場は地上3〜5階にあるが、ここは本部の最下層に位置する。どうして?というのは世界規模で迷子になるミランダには愚問だ。
全く。
「心配、したんだぞ」
頭に、ポン、と手を置く。
「ごめんなさい・・!」
「ミランダ、また迷ったら今度こそすぐわたしを呼んでほしい」
「で・・でも、」
「いいから」
「・・・はい・・」
ミランダはまた落ち込んでいるのだろう、そんなに反省しなくてもいいのに。苦笑してしまう。
彼女は自己評価が低すぎる。自分が思うに、ミランダのような女性は稀有な存在だと思うが。
ミランダはいつも他人を1番に考える。いつも自分は後回しだ。どんな仕事も喜んで受け一生懸命に取り組む。それは見ていてとても好ましい。それは他人から見て尊敬に値すると思うのだが・・・。
「ミランダ、手を」
エレベーターに乗るまでの道すがら彼女の手を引いた。彼女がはぐれないように。手を引いたのも、迷子の彼女を捜したのも、深い意味はない。
その時できる、良いと思われる行動をとっただけだ。
ミランダは、放っておけないから。(自分の構い癖の性分もあるが)なんだか危なっかしいから、つい気になって捜してしまう。
ただ、それだけだ。特別な感情は、ない。
だから、食堂から聞こえた「ある噂」には頭を抱えてしまった。
「最近、マリとミランダっていっつも一緒だと思わねぇ?」
ラビ。
「ああ、そういえば。そうですね」
アレン。
「できてんのかなぁ、やっぱ。」
「え、そうなんですか!?」
「だってさ、江戸から帰ってからいっつも一緒にいるだろ?こないだなんて手ェ繋いでたさ」
「本当ですか?見間違いじゃないんですか?」
「ぜぇったい!本人だって、ああ、でもなんかショックさぁ〜」
「はい?なんでラビがショックなんですか?意味わかんないですね」
「オレさ〜、ミランダちょっといいなって思ってたんさ、ミランダ、結構スタイルいいし」
「うわ、最低発言。」
「なんか庇護欲そそるっつーかさ、男はあーゆーの何だかんだ言いつつ弱いんさ。無自覚な色気ってやつ、きっとマリもそこにやられたんだよ」
「というか、二人の事、決めつけはよくないです。違ってて噂になったら大変ですよ」
「とっくにみんな噂してんさ、でもみんな祝福してんだぞ、お似合いだって」
「ああ、ラビ以外は。」
「って、おい!いや、オレだって祝福してるって!」
これは困った。
自分は、いい。別に何を言われても、この良すぎる聴覚が今までも色んな音を聞いてきた。
ミランダが、心配だ。彼女はこんな噂、耐えられまい。よりによって自分などと噂になるなど・・。
子供時代の神田やデイシャにも、側に付いて構ってしまっていたが、ミランダのもその頃からの癖と同じなのだ。決して、他意はない。
しかし、ミランダは年頃の女性なのだ。迂闊だった。
ミランダの事を大事に思うが、そういう類の気持ちではないのだ。ただ、不器用な彼女を助けたかっただけだ。
「アレン・ウォーカーが伯爵側のスパイって噂、知ってる?」
人の噂は七十五日、という東洋の諺もあるが、自分とミランダの噂を聞いてから数日も経たないうちに、教団は新たな噂が広がっていた。
(くだらん、な)
共に死線を乗り越えた仲間の悪口は聞くに耐えない。耳に蓋をするように、食事を終わらせて食堂を後にする。ふと、ミランダを思った。彼女が、アレンの噂を耳にしたら悲しむだろうな・・。
ミランダとは、あれから顔を合わせないようにしているので会っていない。階段から落ちたり、迷子にもなっていないようなので無事だろう。
しかし、なぜか落ち着かない。
距離を置くために、彼女の声をあえて捕らえないようにしたが無意識にミランダの声を探してしまう。そして、声を聞き、無事でいることに安堵する。
そして、またどこかで泣いてはいないだろうか、落ち込んではいないだろうか、と一日に何度も考えてしまうのだ。
そして、
ほら今も、
耳がミランダを探している。
(泣いている・・のか?)
ミランダの泣き声が聞こえた。場所は?ああ、大聖堂だ。迷子にでもなったのか?
(いや、違うな。)
誰か、もう一人いる。
『落ち着いたかい?』
コムイの声だ。
『は・・はい、あの、すみませんでした・・』
鼻を啜る音がした。
『ミランダ、大丈夫だよ。みんなすぐに忘れるよ』
『でも・・アレンくんが・・アレンくんは、このホームをとても大事に思って・・それ、なのに』
『そうだね・・僕らはそれをよく知ってる、だから悔しいよね』
『はい・・・』
『大丈夫だよ。彼のことをちょっとでも知れば、そんな噂言ってた人も、なんだ!デマか!ってなるよ』
『・・・そう、ですよね』
『そうだよ。それにアレンくんは強い子だよ、こんな噂なんとも思ってないよ』
そこで、音を閉じた。
なんだ?
なんだこれは?
なんだ、この気持ちは。
ミランダが辛い時は、ああやって、誰かが彼女を慰めるのだろう。
そうして、彼女はそれに感謝するのだ。自分が、それを幸福に感じていたように誰かも、幸福に感じるのだろう。
それが辛い。あの時、ミランダを慰めるコムイに嫉妬していたのだ。彼女を慰めるのは自分でいたい、などと。
なんという独占欲。
「あれ、マリひとりさ?」
談話室の前を通り掛かると、ラビに声をかけられた。
「どうかしたのか?」
「いんや、ミランダが見当たらないからマリと一緒かと思って」
「・・一緒ではないな」
「そっか。あ、そういえば最近ミランダと別々が多いみたいだけどケンカでもしたん?」
「するわけないだろう」
「んー、そうなん?」
ラビは考え込むように腕を組むと
「なんか、最近ミランダ元気ないんさ。てっきりマリとなんかあったんかと思ってたんだけどな」
「なぜミランダの元気ないのがわたしに関わりがあるのだ」
つい、強い口調で言ってしまった。 ラビは少し驚いた顔で
「え、つきあってんじゃないの?」
「わたしとミランダはそんな関係ではない」
きっぱり言い切る。
「そもそも、そんな噂が流されて困っていたのだ。ミランダにも失礼だろう、彼女は仲間だ。そんな風には考えられない」
言いながらも、頭の中で『違う』『違う』と言っていた。
ふと、聞き慣れた呼吸音を感じた。その呼吸は階段の踊り場で留まっている。
(ミランダ・・)
聞いていたのだろう。心音が速くなっている。このまま、そこから立ち去ってほしい・・
今、どんな顔で彼女に会えばいいか分からないんだ・・
わかっている。
これが特別な気持ちだということ、ミランダが特別だということ、本当は気付いていたんだ。
でも気付かないフリをしていた。
気付いてしまえば、盲人の自分が彼女と釣り合わない事もわかっているから。
足音がする。階段をゆっくり上る、その音を聞きながら自分もラビと別れ、その場を後にした。
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