D.gray-man T


1


「ミランダも退院できるなんて、嬉しいわ!」
「うふふ、私もよ、リナリーちゃん」

二人はにっこりと微笑み、手を合わせて喜びあった。


レベル4との戦闘の後、エクソシストはじめ、教団中の団員が負傷していたため
本部はさながら野戦病院のようであった。

とはいえ、ほとんどの団員が退院して、残ったのは戦闘に加わっていたエクソシストぐらいである。医療班のフロアを二人で歩きながら、リナリーがミランダを意味深に見て

「これからみんなのお見舞いにいく?」
「えっ」
「マリ、まだ退院してないみたいよ」
「!・・リ、リナリーちゃんっ!」

一気に顔が熱くなる。
リナリーは、ウフッといたずらっぽく笑ったが少しだけ真顔になって

「私も行きたいのよね、みんなの事、心配だし・・」

リナリーが今回、戦闘に加わるのが遅れたことに罪悪感を感じていることをミランダは気づいていた。

(リナリーちゃんたら・・)

責任感の強い彼女に、なんと言えば慰めになるのか口下手なミランダはわからない。

(みんなの顔を見たら、元気になってくれるかしら・・)

「そうね、行きましょうか。わたしもみんなに会いたいわ」

ミランダの言葉に、リナリーが笑う。二人はそのまま、男子病棟へ向かって歩きだした。





男子病棟へ入ると、知らない顔がたくさんいる事に驚く。

「そういえば、婦長が言ってたわ。他の支部の医療班が手伝いに来てるって」

リナリーが思い出したようにミランダに言った。

(女子の病棟には、見かけなかったのに・・)

団員のほとんどが男子だから、そういう事になるのね。

と、納得して仲間のいる病室を捜し始める。その時、二人の背後から聞き慣れた声がした。

「あれ?二人ともなにしてんさ?」

ラビは、ジュースのストローをくわえながら二人に手を振っていた。

「ラビ!」
「ラビくん!」

二人が駆け寄ると、ラビは「おわっ!」と手に持ってるジュースをこぼしそうになって慌てた。

「二人は退院かい?いいな〜」
「そうなの。ラビはまだ?みんなは誰か退院した?」

リナリーが嬉しそうで、ミランダは安心したように微笑んだ。

(来てよかったわ・・)

「俺はあさって、マリとアレンと一緒に退院さ。ユウはとっくに退院してるしな。ジジィは年だからまだ無理みてぇさ」
「そうなの、でも大丈夫なんでしょ?」
「ああ、それはもちろん」
「なら、よかった!」

リナリーの顔がパァッと明るくなる。それにつられて、ラビとミランダも笑顔になった。

「あ、ねぇ、ラビくん・・」

ミランダは意を決して聞いてみる

「マリ、さん・・今病室にいるかしら?」
「あー、多分いると思うけど。」

ジュースをちゅうと吸いながら、指で病室を指差した。

「ミランダ、行ってきたら?話したいことあるんでしょ?」

リナリーがミランダの背中をトン、と押した。

「え、ええ・・」

なぜか顔が熱くなる。

「ほら、早く」
「じ、じゃあ、行ってきます・・」

病室へと歩きだした。

(と、とにかくお礼を言わないとっ・・)

レベル4との戦闘後、自分を病棟まで連れてきてくれたのはマリだと聞いていたから

(お礼を・・・)

病室の入口から、そっと顔をだす。なぜか緊張してしまう。部屋には、空いたベッドがいくつかあり、マリは中央のベッドで入口を背に座っていた。

(えっ・・?)

室内に入ろうとしたが思わず躊躇してしまった。
看護士の、とても綺麗な女の人が上半身裸のマリに包帯を巻いていたのだ。

(・・・)

胸の傷に巻き付けているので、看護士はマリの体に抱きついているように見えた。
マリの逞しい背中に彼女の手が触れている。顔がマリの首に近い。まるで、息がかかりそうな程。

「マリさんどう?苦しくないかしら?」
「ああ、調度いいよ」
「だめよマリさん、苦しかったらそう言わないと、ふふ」
「いや、本当だよ」
「ならいいけど」

なごやかな会話が聞こえてきて。ミランダは胸の痛みとともに、そっと入口から離れた。

「ミランダか?」

突然、室内のマリから声をかけられて心臓が跳びはねた。

「は・はいっ・・」
「今、ちょっと取り込んでいるから、少しだけ待っていてくれるか?」

穏やかな優しい声。この声が聞きたかったはずなのに・・

「い、いえ、ご・・ごめんなさい、その・・」
「ミランダ?」
「・・あの、お礼に来たんですけど、その、また出直しますっ・・・」

マリの言葉を待たずにリナリーのところに速足でもどる。

「リナリーちゃん、わ、私忘れ物しちゃったみたい・・」
「え?」

リナリーとラビが何か言うより早く、ミランダは病棟出口へと駆け出していた。





走りながら、いつの間にか中庭まで出ていた。
ポカポカと暖かい陽射しが降り注いで、以前クロウリーが植えた花たちが咲き始めていた。
小さなため息をつきながら花壇の側にあるベンチに座った。

(何、やってるのかしら・・)

きっと変に思われたわ。あんなふうに、逃げ出して。

(別に、変な事ないじゃない・・看護士と患者なんだから)

ミランダは項垂れるように、ハアァと大きく息をつく。

(でも・・なんだか仲良さそうだったわ)

まるで旧知のように、親しげで。マリも、普段よりくだけて話しているように見えた。

(マリさん・・・)

江戸以来、気付けばいつも側にいてくれて。優しく、頼もしく、みんなから信頼されて。ミランダは、そんな彼を憧れ、尊敬しながら、いつの間にか異性として意識していった。

穏やかで、ミランダがどんな失敗をしても落胆したり、怒ることもない。
それどころか、知らぬ間に助けてくれる。

(あんな人は初めて・・)

想うだけで、胸が熱くなる。
しかしふいに、先程の光景が頭をよぎり頭をブンブン振った。

(入院中に親しくなったのかしら・・)

ちらと見ただけだが、彼女は仕事の出来そうな凛とした美人で臆病で何をやらせても駄目な自分とは正反対な雰囲気な人だった。

(マリさんの目が見えなくてよかった・・)

あんな素敵な人と見比べられるなんてたまらないわ・・




あれは、襲撃事件が起こる少し前・・・

図書室の本の整理をしていた私に、マリさんが手伝いを申し出てくれた。
要領が悪くて、何度も本を落としたり、はしごからずり落ちそうになる私を、助けてくれて・・

正直、申し訳なくて、心苦しかった。これ以上、自分の情けない姿を見られたくなくて
なんとか口実を作って、マリさんの手伝いを辞退しようと考えた。

でも、なんと言えばいいのか分からなくて。下手な言葉で不快にさせてしまうかもしれない。
うじうじ考えていると、まるで見透かしたように

「神田に言わせると、わたしはお節介らしい」

突然、マリさんが言った。

「えっ・・?」
「つい、よけいな手を出してしまうんだ。癖なんだろうな、これは」

困ったように笑って、私を見る。

「ミランダもそう思うか?」
「ま、まさか・・!」

首を振ると、マリさんはとても嬉しそうに、よかった、と微笑んで

「では、お節介を存分に発揮するか」

と、冗談ぽく言って、揃えていた本を持ち上げて

「さ、もう少しだ。終わったら夕食を一緒にとろう」

そう言いながら、私の肩をポンと叩いた。

(マリさん・・)

胸がじんわり暖かい気持ちになって、涙が出そうになった。


あの時、私のなかで想いが固まったのかもしれない。駄目な私でも、マリさんを好きになってもいいのかもしれない。
臆病な私が恋なんて、出来るはずないと思っていたのに・・・

小さな勇気が芽生えたの。

けれど、あの時できた勇気は、こうも脆くて・・・。些細な事で踏み出した足を戻してしまう。


ふと、肌寒さを感じた。急に風が強くなってきたらしい。花たちが風に揺らいでいる。
ミランダはベンチから立ち上がると中庭を後にした。
中庭へと続く廊下の先に、リナリーが立っていて、こちらを見ているのに気付く。

「リナリーちゃん・・」

ミランダは少し気まずそうに、俯いて

「さっきは・・ごめんなさいね」

リナリーはニッコリ笑ってから、ミランダの手を握った。

「びっくりしたわ、もうっ」

拗ねるように言うので、笑ってしまった。

「ホントに、ごめんなさい」
「いいわ、後でお茶に付き合ってくれたら許してあげる」
「まぁ、そんなことでいいの?」
「いいの、私ミランダとお茶するの大好きなんだもの」

リナリーはミランダの手を引いて、談話室へと続く階段の方へ歩き出した。
階段を上りながら

「マリと一緒にいた看護士さん、中東支部の人らしいわ」

何気ないふうに、リナリーが言った。

「!!」

ミランダは驚いて、階段から足を踏み外しそうになる。
リナリーは、顔を覗き込むようにミランダを見て

「あさって、支部に戻るんですって」
「そ、そう」

ぎこちなく、笑う。

「あっちに婚約者もいるらしいわ

ミランダの耳元に口を近づけて(だから、大丈夫よ)とささやいた。

「!」
「ねっ?」

(リナリーちゃんたら・・)

顔が熱くなるのを感じた。
ミランダは気付かれた恥ずかしさで、言葉も出ずに、
困ったような顔で後ろをついて行くだけだった。

談話室へ続く階段を上りきる直前、リナリーが「あっ」と小さく呟いた。

「?どうかしたの・・?」
「大変!私、兄さんに頼まれていた事あったんだわ」
「まぁ、そうなの」
「ごめんね!ミランダ、後で行くから談話室で待っててくれる?」
「ええ、いいわよ。」
「じゃあね、ミランダ」

リナリーは手を振りながら今来た階段を駆け足で降りて行った。

談話室は、誰も居なかった。皆、忙しいのだろう、本部引越しもあるのだから。
ミランダはいつも座っているお気に入りのソファーに腰掛けた。
まもなく、ドアが開く音が聞こえて振り向くと、心臓が跳びはねた。

「マ、マリさんっ」

思わず立ち上がって

「び、病室から出ていいんですか?」

マリはシーッと指を口にあてた。

「いいんだ」

ミランダの側へと来て

「あんなふうに、いなくなるから、心配するだろう?」

優しくささやいた。

- 66 -


[*前] | [次#]








戻る


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -