D.gray-man T






(ジャガ芋が・・10キロ、人参10キロ、玉葱は・・)

使用した分の食材を帳面に書き記していく。
食材と調味料を正確でなくともきちんと書いておかねば、ジェリー達が戻った後の在庫チェックで困るだろう。

フェイは使用する皿をピカピカに磨いたあと、食糧庫でペンを走らせていた。どうやら自分は料理には向いていないらしい。
迂闊に手を出して、さっきのように誰かに迷惑をかけるならば、ここは皆の気付かない仕事をやろう。

材料の在庫をチェックする事は仕入れ等の事もあり、全て終わってからよりも調理しながらの方が様々な面でスムーズに運ぶ。

(鳥肉が・・3キロ・・)

ふと、手が止まり。
フェイは眉をひそめてペンを口元にあてた。

「これは・・・」









(あ・・・・)

シャツを簡単に腕まくりして、大きめサイズのエプロンをつけたマリの姿に、ミランダはなぜかキュンと胸がときめく自分に気が付いた。

(え?・・え?)

思わず動揺から、手に持ったジャガ芋をすべり落としてしまう。

「あっ!わ、私ったら・・ごめんなさいっ」

せっかく綺麗に剥いたジャガ芋を汚してしまった。慌てて拾い、水洗いすると包丁で半分に切る。
ふと、マリがこちらに視線を向けているような気がして顔が赤くなった。

(み・・見えてないのよね・)

緊張して、ますますヘマをやらかしてしまいそう。ただでさえ包丁使いは得意とは言えない、というより苦手だから。
でも野菜の皮剥きは不器用で遅いし、ジャガ芋なら大きく切るだけなので、少しは役に立てるかもしれないと、ミランダが立候補したのに。

(マリさん)

彼はアレンやクロウリーにまざって、慣れた手つきとは言えないが器用に野菜の皮剥きをしていた。

「マリの手って大きいから、ジャガ芋や人参が玩具みたいに見えますね」

アレンがふふ、と笑いながら言った。

「そうか?」
「はい。なんか野菜が可愛くみえます」
「ああ、そうであるな。なんだか可愛い」

クロウリーの穏やかな声がして、ミランダはその様子をそっと見る。

(まぁ、本当に。なんだか玩具みたい・・)

自然に笑みがこぼれた。

(マリさんの手って・・大きいし指も長いから)

でもあまりゴツゴツしていない、すうっとして綺麗な手をしている。

(・・わ、私ったら)

ハッとして、なんだか顔が熱くなった。彼の手に見とれてしまい、自分の手が止まってしまうなんて。
ミランダは包丁を握りしめ、ジャガ芋をしっかり掴むと刃を下ろす。


《ザク》


え?

あきらかに野菜ではない感触。
ミランダがそれに気がついて叫び声を上げる寸前、誰かに手を掴まれて、何か布のようなものに包まれたのを感じた。

それは、マリの手。

「・・え?」

あまりの早業に正直ミランダ自身もよく分からないでいたが、彼の脱いだエプロンをミランダの指に巻き付けている。

「大丈夫か?」
「へ・・・」

まだ思考がついていけなかったが、指に巻かれた白いエプロンに赤い染みが広がっていくのを見て、切ったのはジャガ芋ではなく自分の指だったのかと、他人事のように気付いた。

「あ・・ご、ごめんなさい」
「痛むか?それほど深くはないようだが・・」

言いながら、心配そうな顔でミランダの指をそっと押さえる。

「だ、大丈夫です・・ごめんなさい」

心臓がドキドキして、指の痛みなんて感じられない。

(マリさん・・・)

エプロンごしに伝わる彼の体温に、ミランダは甘く苦しい胸の疼きを感じて。
恥じらうように俯いた。




(さ・・さすがです、マリ)

アレンはその風のような素早い動きに目を瞠った。数秒前まで和やかに自分やクロウリーと会話していたのが信じられない。
エプロンを目にも留まらぬ速さで脱ぎ、ミランダの指に巻き付ける事、2秒。

まさに神業。アレンはゴクリと唾を飲んだ。

マリはミランダの傷口を優しく確かめると、指を水で洗い絆創膏をつけてあげている。その総てに於いて無駄も隙もない動きに、もはや感動さえ覚えた。

「マリは優しいであるな」

ほほえましい風に言うクロウリーに、そうですねと頷きながら、アレンはちらとリンクを窺う。

(こういう所が、敗因なんだろうな・・)


リンクは気付いていない訳ではなかった。
ミランダが指を切った瞬間、それに気付いて体が反応していたが、ここでも元来の間の悪さを発揮し、湯剥き中のトマトが手から滑り再び熱湯へと落ちてしまった。

あっ!

と思う間もなく、勢いよくトマトの撥ねた熱湯がリンクを襲い掛かり、ミランダに気を取られていた彼の顔に掛かっていたのだ。

(・・・・・・)
冷水で顔をそっと冷やす。

誰にも気付かれていないのが、不幸中の幸いであった。

(とはいえ・・

苦々しい思いで、マリを見る。
マリはミランダの代わりにジャガ芋を切り始め、ミランダは申し訳なさそうにその横でオロオロと立ち尽くしている。

まるで新妻が夫の手料理を見守るようだ。

(・・・・・・)

悔しさに下唇を噛み締めて。

(辛抱だ・・)

そう。辛抱だ。このカレーを完成させるまでは、あの男に多少の花を持たせてやる。
リンクは湯剥きしたトマトを包丁で一口大にカットしていき、コンソメを入れて煮立った鍋へ入れた。

(チリパウダーも入れて、コリアンダーに・・クミン・・)

このコーヒー風味をなんとかしなければ。

「・・・・・・」

リンクはフ、と笑う。

目に浮かぶようだ。彼女がこのカレーを一口食べた時の、うっとりと頬を押さえる表情が。
間違いなくあの男には真似できまい・・。

(ノイズ・マリ・・)

ぐっ、と勝利の予感に拳を握り締めた。

クラウドは、自身の渾身の力作であるシーフードカレーを一口食べ、会心の出来に微笑む。

(時間はなかったものの・・我ながらよく出来た)

時計は11時半。なんとか昼食に間に合った。
今出来ているのはコーヒーカレーの鍋を二つに分け、一つはリンクが手直ししているチキンカレー。もう一つはまだ手直しされていないがこちらもリンクが手をつける予定のチキンカレー。
そしてクラウドのシーフードカレー、製作中のビーフカレーだ。

合計して400人分はある。現在の本部の人数は500名近いので、あと100名分は必要だが、
それはこのままのペースでいけば十分間に合うだろう。

(さて・・次は注文の受付だな)

文句なしにフェイは決定だが、もう一人くらい欲しい。アレンやラビに頼んでもいいのだが、彼らは意外と戦力になる。
皮剥きや皿洗いはまだまだ必要だし、とくにこれからは皿洗いが重要になる。

(・・となると)

クラウドの視線がミランダを捉えた。皮剥きも皿洗いも向かない彼女に、ここはやってもらおう。
クラウドがミランダを呼ぼうと口を開いた時。

「元帥、よろしいでしょうか」

エレベーターを下りたフェイが少々難しい顔でクラウドに声をかけた。

「どうした?」
「ええ、実は・・」

フェイは在庫の帳面をクラウドへ見せて。

「このままでは、材料が足りません」
「なに?」
「・・どう見積もっても、あと100名分のルウも玉葱も足りませんわ」
「しかし、ルウの在庫は帳面をみる限りではまだあるではないか」

クラウドが首を傾げると、

「ええ。しかし残りは全て賞味期限切れでした。おそらく・・仕入れの時に古い物を処分し忘れたのかと」
「・・かなり古いのか?」
「そうですね・・一年前くらいは」

クラウドは考えるように親指を唇にあて、

「・・弱ったな」

あと100名分、と口の中で呟く。

「私はこれから夕飯に間に合うよう、管理班に材料を仕入れて貰いに行ってまいります」

フェイが仕入れ表をクラウドへ見せると、

「・・・ああ。では頼む」

やや疲れた顔で、頷いた。

フェイが時計をちら、と見て。何気なく食堂に面しているカウンターに目をやると、意外な人物の存在に目を見開く。
白い帽子に黒い巻き毛が特徴的な姿に、一瞬幻覚かと眉間に指をあてたが、ニコニコしながらカウンターに肘をついた姿を見て、どうやら実物らしいと眉をひそめた。


「何をなさっているんです?室長」
「いやー、なんかみんな和気藹々として愉しそうだからさぁ」

いいよねぇこういうの、と暢気そうに言う。フェイは片眉を上げながら、

「これは仕事です。愉しそう、ではありません」

ピシャリと言い放って。

「室長はご自分のお仕事はどうなすったんです?午前中に決裁が必要な書類もいくつか・・」
「いいねぇ、白いエプロン」
「は?」

「うん。白いエプロン可愛いね、似合っているよフェイくん」

「・・・なっ」

あんまり自然に言うからフェイの思考は固まり。

「な、何を・・室長、からかうのは止して下さいっ」

じわじわと赤くなる頬を隠すようにそっぽを向く。

「からかってないんだけど・・いや〜、それにしてもいい匂いだね」

カレーかぁ、と調理場を軽く覗く。フェイは照れ隠しのようにコホンと咳ばらいをすると、

「その・・お時間もないでしょうから、今召し上がりますか?」
「え?いいのかい?」

パッと顔を輝かすコムイに、フェイは軽く睨みながら。

「め、召し上がったら、必ずお仕事に戻って下さいましねっ」
「うん、うん!」

嬉しそうにニコニコするコムイに、ツンとそっぽを向きながらフェイは調理場へと消える。

「申し訳ありません、元帥。室長に一皿差し上げてもよろしいでしょうか」

フェイはムッとした表情ではあったが、どことなく嬉しそうに見えて。クラウドは苦笑した。
自ら磨いたピカピカの皿に炊きたての米をよそうと、フェイは迷いなくまだ手直し前のコーヒーカレーへ目指す。

((えっ!?))

『その』カレー?

周囲の人間がその行動に仰天するのも構わず、そのカレーを米にかけた。結構たっぷりと。近くにいたリンクもさすがに声をかける。

「・・何の真似だ」
「何がです?」
「そっちのカレーは・・」
「こちらでいいんです」

フェイはリンクのカレーを一瞥するとフンと顔を背け、いそいそとカウンターへ向かった。

「どうぞ」

すっ、と差し出されたカレーを見て、コムイは不思議そうにまじまじと見る。

「あれ?カレー?」

黒いね、と言いつつスプーンを手に取り一口掬うと、

「いただきます」
パク、と口に入れた。

調理場にいる面々がコムイの様子を固唾を飲んで見守る中・・

((あれ?))

吐き出したりするかと思っていたが、意外にもコムイは黙々と食べている。

(室長って味オンチ?)
(そんな話は聞いたことないが・・・)
(でも・・黙々と食べてますよ)
(きっとアレさ、美人補佐役が怖くて何もいえねぇんだよ)

ひそひそと言い合う。
コムイは半分以上食べた後、何かを考えるようにスプーンを口に入れたまま視線を斜め上に向けた。

「・・不思議だ・・お世辞にも美味とは言えないが・・スプーンが止まらない」

眉間に皺を寄せて、ハッとしたように目を見開くと、

「コーヒーだね!」

もう一口食べて。ほら、やっぱり!とフェイを見た。
フェイはどことなく嬉しそうに頷いて。照れ隠しのようにコップに水を注ぐ。

(あいつ、カフェイン中毒だったな・・)
(味覚よりカフェインが優先なのかよ)
(すごいなコムイさん・・)

コムイは黙々とコーヒーカレーを完食すると、水をグイッと飲み干し、

「ああ、ご馳走様。なかなか癖になる味だったよ」
「そうですか」
「うん。みんなのエプロン姿も見れたしね、僕は満足だよ」

調理場に向けて手を振った。

「ああ・・でも」
「・・?」

ふと、コムイの顔が曇ったのをフェイは怪訝な顔で見上げる。コムイはどこか遠い目をして、

「リナリーの白いエプロンに三角巾・・」

ため息まじりに呟く。

「きっと・・1番、可愛かったろうなぁ」

「・・・・・・」

ピキッ。
その瞬間、空気が凍り付いたのをコムイを除く全員が感じた。

今、奴は間違いなく地雷を踏んだ。それも結構な破壊力の。


「・・・・6分25秒」

フェイのとびきり優しい声がして、コムイはえ?と顔が引き攣った。

「6分25秒ですわ」
「え?」
「ほら、そうしているうちに6分35秒、あらあら6分40秒・・」
「フ、フェイくん?」

コムイの顔が青ざめる。

「6分45秒・・室長」
「は、はい」

「司令室に戻りましょうか」

優しい声とは裏腹に、フェイの顔は能面のように無表情で。
有無を言わさないその迫力にたじろいで、コムイは蛇に睨まれた蛙のごとく微かにハイ、と頷いた。




フェイがコムイを引きずるようにして食堂から出ていくのを、リンクは一瞥もくれず、一心を鍋に注いでいた。

(・・・よし)
消えた。

あのカレーを掻き消す程の強烈な苦さが、この鍋にはもういない。
この鍋にあるのは、コクとカレーのスパイスを引き立てる、ほのかな酸味。コンソメが実にいい働きをして、全てをバランス良く保たせている。

リンクは一口食べて、我ながら・・と一人悦にはいっていた。

(さて・・・)

仕上に、口あたりの良さを考えてチーズを入れよう。これで完璧だ。
彼女との約束通り、あの残念なカレーを絶品カレーに生まれ変わらせたのだから。

リンクは細かくしたチーズを、ぱらりと振り掛ける。さながら気分は恋の媚薬だ。満足げに口の端を上げると、

「リンク、出来たんですか?」
「ちょっ、オレ味見してぇ!」

アレンとラビが鍋を囲むように現れて、リンクは二人を睨み付ける。

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