S ayonakidori


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ためらいは、ほつれに。そうして、しだいに傷へと変わる。




◆◇◆



「なかなか面白い映画でしたね」

声をかけられてハッとした。いつのまにか上映は終わっていたらしい。
隣にいる平丸に笑いかけられて、少しだけ動揺する。映画はエンドロールが終わり、出て行こうとする人々の音が耳に入った。

「ユリタン?どうかしましたか?」
「あ、いえ・・ええ、楽しい映画でしたね」

そう頬笑み返すと平丸はホッとしたように笑う。その顔にちくりと罪悪感を覚えながらも、蒼樹は笑みを崩さなかった。

今日の映画は今話題のハリウッド映画で、いわゆるラブコメというカテゴリに入るのだろう。
第一印象最悪な者同士が恋に落ちるというありきたりな設定だが、ロマンチックなのに甘すぎず喧嘩のシーンもどこかコミカルで、映像も音楽も素敵だった。
楽しかったのは本当だ。ただラストのハッピーエンドを見た時、どうしてか胸の奥が重たく翳っていた。

「ユリタン、これからどこかでお茶でもしていきませんか?」
「ええ。私も喉が渇きましたし・・せっかくパンフレット買ったんですから、一緒に読みましょうか」
「おお名案ですね!ではこの前行った紅茶の美味しいケーキバーでも行きますか?」
「いいですね、行きましょう」

座席から立ち上がりコートを着る。出口へと歩き出した時、ふいに脇に抱えていたパンフレットが滑り落ちてしまったが、先に気づいた平丸が拾ってくれた。

「あ、ごめんなさい。ありがとうございます」
「いえ、あ、でもさっきの映画で似たシーンありましたよね。ほら出会いの・・」
「ヒロインが大事な書類を落として、それを主人公が間違えて持って帰るシーンですね?あの後のやりとりが面白かったですよね、喧嘩みたいで」
「はは、確かに。それにしてもヒロインは気が強いですよね、あんなふうに言いあいしても負けないっていうか・・」
「平丸さんは苦手ですか?ああいうヒロインは」
「え?うーん・・僕はやっぱり優しいヒトがいいですね」

ちらと蒼樹を見て頬を染める。そんな彼の様子に微笑ましさを感じたが、ふいに別の誰かのことが頭をよぎった。

――彼もまた、そうだったのだろうか。

福田さんも、と心の中で呟く。
踏み出すことなく終わらせた感情は、時が過ぎてもまだ燻りを続けていて、こうして何かの折に顔を出すのだ。
それがどういった感情なのか蒼樹には分からない。ただ福田のことを考えると、もどかしく苦しくて。その正体を知りたいと思う反面、知りたくないと逃げる自分もいた。

横にいる平丸を見上げると、視線に気づいたのか「どうしました?」とこちらを見る。

「平丸さんには・・優しく見えるのかしら」
「え?」
「あ、ごめんなさい。なんでもありません」
「もしかしてユリタンのことですか?それは間違いないです。ユリタンはとっても優しい女性です!」
「ひ、平丸さん声が大きいです・・」
「すっ・・すみませんっ」

気まずそうに顔を赤くする彼に、蒼樹は思わず微笑んだ。
年上の少し頼りない彼に好意を持っているのは間違いない。平丸が自分に優しくしてくれるように、蒼樹もまた彼に優しくしてあげたいと思う。
まだ恋とは言えないが、このままいけば本当に彼に恋をするだろう。それでいいと、そうなることを望んでいた。ほんの少し前までは。

平丸の右頬にうすく残る痣に、また胸がざわめく。
あの夜の出来事が蒼樹の胸にためらいを残して、こうして気持ちを揺さぶる。本当によかったのかこれで。どこかで間違えていなかったのだろうか、そう誰かに問いかけられているような。

(どうして・・来てくれたんですか)

問いかけた答えは、結局もらえなかった。
『元気か』と聞いたぶっきらぼうな声が、忘れられない。あの時、蒼樹のもとに戻ってきてくれたのは福田だけだった。
自分の為に戦ってくれた平丸への感謝も勿論ある。駆け付けて守ろうとしてくれた彼を見直したのも事実だ。だというのに、どうしてこうも福田のことで気持ちが乱れるのか。


映画館を出ると日も落ちかけて駅へ向かう人々の波にかち合う。冬の冷たい空気に白い息は消えて、蒼樹はぼんやりと空を見上げた。
薄暗い空に透けた月が出ている。もうすぐ夜がくるのだ。たったそれだけのことが胸を締め付ける。あの日から夜を待っている。待ってどうしようというのか、自分でもよく解らない。けれど毎日、毎日、待ちながら奥底でなにかを期待していた。

「寒いですね、タクシーで行きますか?」

平丸の優しい声に気づき、蒼樹はぎこちなく笑みを返す。罪悪感に胸が跳ねた。

「いえ・・大丈夫です。平丸さんは寒いですか?」
「ユリタンが平気なら僕は全然平気です。では、このまま歩いて行きますか?」
「そうですね、そうしましょうか」
「あの、では・・」

歩き出そうとする蒼樹の前に平丸の手が差し出される。
やや緊張ぎみに開いたその手と顔を見ては、拒むなんて出来なくて。蒼樹は微かに苦笑してその手を取る。

瞬間、気がとがめたのはいったいどちらにか。それすらも分からなかった。







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