S ayonakidori





「どうしたんですか?さっき帰ったとばかり・・」
『・・・・』

電話口の彼がいつもと少し違って、蒼樹は戸惑う。ひっそりとした沈黙が流れた後、それを壊すのを躊躇うような福田の声が聞こえた。

『蒼樹嬢は、なにしてんだ?』
「私は・・休もうとしたんですけど、ベランダの窓が開いていたのに気づいて」
『なんだよ無用心だな』
「福田さんこそ、どうしてそんな所にいるんですか?びっくりしました」
『オレは・・まあ・・なんつーか』

決まり悪そうな声に、見えない彼の表情が読み取れる。福田はまた少し黙ったが、3階のベランダに立つ蒼樹を見上げた。

『その・・元気か?』
「え?」
『いや、元気なら別にいいんだ』
「えっと、あの・・福田さん?」

元気もなにもさっき会ったばかりなのに。

「元気です、けど」
『そうか、そりゃなによりだ』

これはもしかして心配してくれていたのだろうか。
蒼樹は携帯を耳にあてながら、ベランダから福田を見下ろす。目を凝らして彼の表情を読み取ろうとしたが、暗くて分からなかった。
一瞬、部屋に呼ぶことを考えたが、さすがにそれはまずいだろうと思い直す。こんな遅い時間に、しかも自分はほかに恋人がいる身だ。ならば自分から下に行こうかと考えていると、それを察知したかのように福田が口を開く。

『それにしても・・平丸さんにゃ驚かされるよな』
「え?」
『意外とガッツあるのも驚いたけどよ、まさか中井さんを引き取るとは思わなかったぜ』
「確かに・・」

蒼樹も今日の結果は想像しなかった。平丸のまさかの行動に驚いたが、それはけして不快なものではなく、どこか彼らしい喜劇的な展開であった。

「福田さんもありがとうございました。わざわざ来てもらって、すみませんでした」
『オレは、なんにもしちゃいねーよ』
「いえ、電話した時にすぐ折り返しかけてきてくれて・・嬉しかったです」
『・・・・いや、あれは偶然だな。ちょうどオレもそっちに中井さんの件で電話しようと思った時だったから』
「偶然、そうなんですか?どうりでずいぶん早い折り返しだと思いました」

なにげなくそう返したが、蒼樹は目を伏せて口元をほころばせる。2人の関係に引力を感じるのが嬉しかった。

冷たい冬の夜風が髪をかき上げる。ワンピースにカーディガン姿ではさすがに寒くて、携帯を持つ手はかじかみ、膝は震えてくる。
けれど声だけは寒さを悟られたくなくて、蒼樹は声の震えをこらえた。寒いのだと分かれば、福田はすぐに帰ってしまう気がして。まだもう少しだけこうして話をしていたい。
こうして彼と話をするのは、本当に久しぶりだったから。

「福田さん」

名前を、呼ぶ。

『なんだ?』
「・・福田さん」
『だからなんだよ』
「・・・・」
『おいどうした、いきなり』
「いえ、なんだか・・・急に名前を呼んでみたくなったというか」
『はあ?大丈夫か、頭』

不審そうな声が電話口で聞こえて、蒼樹は苦笑する。ほんとうに彼の言うとおりかもしれない。どうかしているのだ自分は。
そのぞんざいな口調と声に、間違いなく慰められている。やはりどこかで甘えているのだろう。あまり認めたくはないけれど。

公園の街灯と3階のベランダという距離は、かえって遠く感じる。耳元で聞こえる声の近さが、なおさらそれを顕著にしていくようで。近いようで遠く、遠いようで近い。その感覚は昔も今も変わっていない。
より深く関わることが恐かった。新たな関係に踏み出す勇気が自分にはなくて、ずっと見ないふりをしていた。それを後悔しているわけではないが、今日のように過去と対峙した時に考えてしまう。ほんとうによかったのだろうかと。

平丸とはとても良好な関係を築いているし、とても大切な人だと思っている。別れることなど一度も考えたことなどない。

だからこんなこと言うべきではないと、分かっている。けれど夜風の冷たさがこれ以上は許してくれなくて、蒼樹は福田を見つめて問いかけた。


「どうして・・来てくれたんですか?」


「今」と付け加えなかったのは、どこかで逃げ道を欲していたのか。
街灯の下の彼がどんな顔をしているのか、ここではやはり見えなかった。



◆◇◆


平丸さんを信じます、そう笑った顔が福田の胸を重くさせる。


自分でもどうしたいのか分からぬまま、蒼樹のマンションまで戻ってきた。部屋の明かりを見ながら、自分がひどく滑稽な存在に思えてため息をつく。携帯を取り出して電話しようかと着信履歴を開いていたが、それもやめて携帯を閉じた。
やはり帰ろうかそんなことを考える中、ふいに現れた蒼樹の存在に自分でも驚くほど心が揺れ動いた。

ベランダにいる蒼樹の顔は、こちらからは見えない。もっと近づけばいいのだろうが、福田の背中は街灯から離れなかった。
この期に及んでと自分でも思っている。ここまで来ても、結局迷っていた。

『どうして・・来てくれたんですか?』

その声は、寒さからか微かに震えて聞こえた。
福田は空を見上げて目を凝らす。覆う雲の隙間からそうと思しき小さな光を見つけると、は、と息をつき笑った。

「・・わかんねぇよ」

視線を蒼樹へ向けて呟くと、ゆっくりと街灯から背中を離す。迷いはまだあるが、答えが欲しかった。本当にあれでよかったのか、自問していた答えを。

別れ際に見せた笑顔になぜか喪失を覚えた。勝手だと思うが、福田は心のどこかで蒼樹が平丸のことを本気にならないと思っていた。
付きあうことになっても、2人の関係をあまり気にしてはいなかったし、仲良くやっているらしいと人づてに聞いても「そうか」くらいの感想しか浮かばなかった。
蒼樹は恋に溺れるタイプではないと信じていたし、たまにする電話やメールでも相変わらず漫画のことばかりだったから、実感が湧かなかったのかもしれない。

だから今日、初めて「誰かの恋人である蒼樹」を知って動揺した。
あんな顔をする彼女を福田は知らない。その事実が、確かだと思っていた足場を崩していく。喪失と焦燥のあとに訪れたのは、痛みだった。

「なあ、蒼樹嬢」

マンションへと歩き出すと頭の中で警報が鳴る。けれど足は止まらず、福田は蒼樹のいるベランダ下で足を止めた。
互いに携帯を耳にあてて、暗がりの中で相手を探すように見つめる。電話口で彼女が福田の名前を囁いたとき、胸の奥がじんと痺れて思わず目を伏せた。

答えは、ずっと前から知っていた。ただ、入口に立つのが恐かっただけだ。

「蒼樹嬢・・」
『はい』
「だから・・その、蒼樹嬢」

ただ、名前を呼ぶ。それ以上の言葉が出てこなかった。
想いを口にするのも、相手の気持ちを聞くことも、今はまだできなくて。福田は見上げた蒼樹のシルエットに向かって、心の中で言葉を続けた。


見つからない出口を探して。



END


広島のロミオこと福田真太くんに、ぜひロミオになってもらおうと書きました。
ロミオとジュリエットのバルコニーのシーンをなんとなくモチーフにしましたが、テイストはかなり違いますね・・。
タイトルの「小夜鳴鳥(ナイチンゲール)」もロミジュリをイメージして。

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