S ayonakidori







冬の夜空は深くて冷たい。

コーヒーを飲もうと自販機の前に立ったが、小銭を入れることなく福田はバイクへ戻る。唇から洩れた白い息が揺れて空に消えていくのを見ながら、手袋をはめてハンドルを握った。
僅かな迷いに気づかぬふりをして、建て前を心の中で探す。帰ろうと思ってはいるが体が動かない。

分かっている、行きたいと思う場所が違うことを。本当に行きたいのは、来た道を引き返すことだ。

一時間ほど前にあった騒動の結末を見届けて、福田は自宅へと戻る途中だった。やや拍子抜けした結末だったが、とりあえず後味の悪くない結果であったことに安堵して、同じく駆けつけた亜城木の2人と別れた。
バイクを走らせながら、最後に見せた蒼樹の笑顔が脳裏に浮かぶ。なぜかどんどん後ろ髪がひかれていき、結局こうして止まってしまった。

福田はぼんやりと空を見上げた。星の見えない暗い濃紺の世界、明かりは街灯だけ。蒼樹にかけた言葉がふいに思い出され、心の中でもう一度呟く。

『あれでよかったのか』

あれで、よかったのか。今度は自分自身に問いかけた。
何かを望んで言ったわけではないが、説明のつかない消化不良を起こしている。その答えを知りたいと思いながらも、行動に移すのを躊躇う。

なぜなら。入口があっても出口はないからだ。



◆◇◆



温かい紅茶を飲んで、蒼樹はようやく落ち着いたように息をついた。
時計を見るとそろそろ日も変わる頃で、さきほどの騒ぎから一時間以上も経っているのに気づく。テイーカップを持つ指が微かに震えているのに、蒼樹は苦笑した。
気がゆるんだ今になって、体が反応している。不思議なものだ。実際の時は恐いとも思わなかったのに。そう思う余裕もなかったのだろうが。

(平丸さん、怪我・・大丈夫なのかしら)

かなりの勢いで殴られていたので、あれは腫れるだろう。血も出ていたようだったし、心配だ。
テーブルに頬杖をつき、蒼樹はメールを打とうかと携帯をいじる。平丸のアドレスを開こうとした時、ふいに開いた着信履歴に指が止まった。

「・・・・」

『福田さん』という文字に、胸の奥がきゅっと抓られたように痛む。
着信時刻はちょうど騒ぎが始まった頃。親指が発信履歴を開けば、ほぼ同じ時刻に同じ名前があった。人差し指でその名をなぞると、蒼樹は唇を僅かに上げて携帯を閉じる。

(かけるつもり、なかったのに)

本当は、警察に電話するつもりだった。
酔った中井に殴られる平丸を見てられなくて、やっぱり最初から彼の言うとおり警察に電話するべきだったと後悔した。
なのにいざ番号を打とうとすると、どうしてか福田のことが脳裏に浮かんだ。

中井を警察に通報すれば福田はどう思うだろう、そう考えると蒼樹の指は動かなくなった。

共に中井を見送った過去のことが思い出され、記憶があの時の感情を呼び戻す。咄嗟に指が動いて福田の番号を開き、発信ボタンを押してしまった。
けれどワンコールも鳴らないうちに蒼樹は我に返り携帯を閉じる。どうかしていると額に手をあて眉を寄せた時、今度は携帯が鳴った。福田からだった。
早すぎる折り返しに驚く間もなく、視界に入った殴られる平丸の様子に狼狽する。気づいた時、蒼樹は電話口で福田に助けを求めていた。


(だめね、すぐ甘えてしまう・・)

空いたダージリンのカップをソーサーに戻して、蒼樹は立ち上がる。
自分でも気づかぬうちに甘え癖がついていたのだろうか。福田という人に。
ネームを見てもらっていた頃からずいぶん時間は経っているのに、彼との時間は止まったままなのかもしれない。

福田と過ごした時間は蒼樹にとって濃密なものだった。異性とこれほど本音で接したのは彼が初めてだろう。最初あれほど嫌悪した相手なのに、知れば知るほど強く惹かれた。
正反対なようで自分たちはとても似ていた。まるで鏡の表と裏のように。
だからこそ、お互い関係を崩そうとはしなかった。それはうかつに男女の関係に発展させるのが勿体無いと思うほど、大切な存在だったから。

無意識にため息がもれて、思わず眉を寄せる。少し疲れているのかもしれない、今日はもう休もう。キッチンにカップを置いて寝室へ向かおうとした時、ふいにリビングのカーテンが僅かに揺れているのに気づいた。
さっきの騒動の際に、窓を閉め忘れていたらしい。ベランダの窓は3センチくらいの隙間があった。
気づいてよかったと鍵に手をやった瞬間、公園の街灯に見覚えのある影が映り息を飲む。窓を開けてベランダへ飛び出し、名前を呼んだ。

「福田さん?」

暗くてよく見えないが、間違いなくあのバイクは福田のものだった。傍らに立っている男の姿かたちも、福田に似ていた。
どうしてここに?そう口を開いた時、蒼樹の携帯が鳴る。福田からの着信だった。

「福田さん・・・福田さん、ですよね?」
『・・・おう』

影だけの存在は、ゆっくりと街灯の下へ移動してこちらを見上げる。間違いなく福田だった。




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