S ayonakidori


5


「蒼樹嬢?」
「あ・・えっと、夕方見た天気予報では深夜から朝方にかけて雨マークでした」
「へぇ、じゃあこの雪もすぐに融けんのかな」
「はい。多分・・」

言いながら次の言葉を探している。少しでも長く彼をこの場に留めておきたい、そんなことを考える自分が情けなかった。

しとやかに落ちていた雪は、メヌエットからスケルツォへと調子を変えて、徐々にアスファルトを白く染めてゆく。
けして口にしてはいけないと分かっている。彼はやや古風な考え方をする人だから、興ざめどころか嫌悪されてもしかたがない。
だから、口にしてはいけない。どんなことがあっても。分かっている、分かっているけれど厚かましくも期待してしまうのだ。もしかして・・と。

「・・福田さん」

仮にそうだとして、どうなるのだろう。

「よかったら・・寄っていきませんか?うちに」

おそろしくて彼の顔は見れなかった。うつむき、自分の足元を見ながら返事を待つ。
けれどすぐに返された言葉は、意外にも優しい声音だった。

「どうした?なんかあったのか?」
「え・・」
「さっきから妙に元気ねぇし、あんたがそんなこと言うなんておかしいぞ」
「・・・・そうでしょうか」
「嫌なことでもあったのか?そんなしょぼくれた顔して・・あ、もしかして平丸さんと喧嘩でもしたか?」

福田の口から平丸の名が出て胸がざわめく。微かな期待も萎んで、かわりに罪悪感と理不尽な苛立ちが生じた。

「別に、喧嘩なんてしてません」
「?・・・なんで怒ってるんだよ」
「怒ってなんて・・福田さんこそ、変な勘ぐりはやめて下さい」
「勘ぐりって、なんだよ。だいたい蒼樹嬢が妙なこと言いだすからだろうが、寄って行けって、いくらなんでも不用心すぎんぞ」
「そ・・それは・・もう少ししたら雨が降ってこの雪が融けるでしょうから、それまでうちにいて待っていたらと思ったんです」

そう答えることにやましさもあったが、これもまた本心であった。
福田はため息をつき、蒼樹を睨む。面白くなさそうなその視線は、目が合ったとたん逸らされた。

「あんたさ、もうちょっと考えたほうがいいぜ」
「なにがですか」
「オレが平丸さんなら、自分の女が夜によその男を家に入れるなんて許せねぇな。裏切りだって思われてもしかたねぇぞ」
「・・・・・」
「蒼樹嬢がオレのことをどう思ってるか知らねぇが、オレだって男だからな。一応」

そっけなく言って、福田はハンドルを握る。そのまま「じゃあな」といなくなりそうな彼の腕を、蒼樹は掴んだ。

「知ってます。福田さんが男の人だって・・分かってます」

意図を含んだ瞳を福田に向ける。彼は一瞬怯んだが、こちらの視線に対抗するように蒼樹を睨んだ。

「・・・分かってねぇだろ」
「いいえ。あなたが思っているよりも、ずっと」
「どういう意味か、分かって言ってんのか?」

苛立ちながら言い放つ福田の瞳の中に動揺が映る。それを見た時、今だ、と誰かに背中を押された気がした。
いけないと遮る気持ちを押し退けて、蒼樹は一歩前へ進む。

「どうして・・福田さんは、どうしてここにいるんですか?」

声が震えたのは寒さからではない。口にした瞬間、もう後戻りができないことを知ってしまった。
抑えようとしても出来なかった。問わずにはいられなかった。きっとこれが最後だ。最後のチャンスなのだ。この予感は間違っていないはず、福田は蒼樹から離れようとしている。今よりももっと遠くに。
彼の腕を掴んだ左手は、口に出来ぬ想いを吐露するように力を強める。ここまでだった。蒼樹にはここまでしか出来なかった。


だからお願い。言って下さい。

会いにきたと。


風で雪が舞い上がり、咄嗟に目をとじる。雪の混じった風に頬が痛みを感じた瞬間、福田のバイクからエンジン音が止まった。
ハッとして見上げた時、左手が強く引っ張られる。言葉を上げる間もなく、頬にあたるナイロンの感触に目を見開いた。
それが福田が着ているダウンジャケットだと、自分が彼の腕の中にいるのだと気がついた時、蒼樹はようやく彼の答えを悟った気がした。

「蒼樹嬢、あんたって・・・ひどい女だな」

強く抱きしめられ頭上から聞こえた声に、蒼樹はなにも答えず肯く。
言葉とは裏腹に、福田の声は苦しげで弱々しい。一瞬泣いているのかと思ったが、そうではなかった。切なげなため息が耳元で聞こえると、蒼樹は応えるようにそっと背中に手を回した。

「福田さんだって・・ひどい人です・・・ほんとうに」

どうして今になって、そう詰りたい気持ちをお互い抑えて口を噤む。
近いようで遠く、遠いようで近い。それはここまで近づいても同じだった。これ以上の気持ちを聞くことはできない。そして彼もまた同じだろう。

それを歯痒く思いながらも、蒼樹はどこかでそれに甘えてもいた。最低だと思うが、どこかで猶予が欲しいとも思っていたから。

気づいた想いは大きすぎて、相手に知られるのも恐ろしい。罵られても嫌われても、離れられるよりはましだ。
幻滅されてもいい、傍にいたいと思うのは自己満足なのだろうか。


抱きしめられた腕の中で、ただひたすら蒼樹は福田の傍にいる喜びを噛み締めていた。それが束の間のことだとしても。



END





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