S ayonakidori


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街灯の下にいた福田を見た時、蒼樹は待ちかねていたものの正体を悟った。

エレベーターを待っていられず、階段を駆け降りる。響く耳障りなヒールの音も今は気にならなかった。
自分でもどうしてこんなに焦っているのか分からない。冷静にならなければ、落ち着かなければ、頭の中で誰かが繰り返すが、早く、早く、と駆られる衝動に身を任せてしまう。

(まだいる?)

一階に着いて正面玄関の扉を押し開ける。冷たい外気によって白く染まった息はひどく乱れていた。
すぐに公園へと視線を向ける。福田はまだそこにいたが、エンジン音が聞こえて蒼樹は急いで走り出す。こちらに全く気付いていない彼の様子に焦れて、咄嗟に大きな声で叫んだ。

「福田さん・・!!」

静かな公園に響く自分の声に恥ずかしさを感じるよりも、ずっとつかえていた何かが取れたような、不思議な解放感を覚える。

「待って!・・福田さん!福田さん・・!」

福田さん、と名前を呼びたかった。
彼の姿を見ながら名前を呼ぶ、ただそれだけのことが曖昧だった己の感情から救われていく。

蒼樹の声に反応して福田がこちらを見る。瞠る瞳がこちらを捉えた瞬間、心が震えた。安堵ではなく胸が衝かれて、浮かぶ言葉が出てこなかった。

「蒼樹嬢・・?」

戸惑いを隠せない彼もそれ以上言葉が出てこないのか、沈黙する。
蒼樹は走るのをやめて乱れた呼吸を整える。互いの白い息が見える距離まで近づくと、歩く足を止めた。

「・・・電話したんですよ?」

ようやく出た声は、かすれて震えていた。

「電話?いつ?」
「いつって・・さっきです。さっき窓から福田さんを見て・・それで」
「まじか、全然気がつかな・・って、あれ?」

ポケットに手を入れた福田は気まずそうに「携帯、うちに忘れてきた」とこぼす。その表情がなんだか子供のようで笑ってしまった。

「・・なんだよ」
「いえ、なんでもありません」
「チッ・・」

舌打ちしてこちらを軽く睨む。たったそれだけの仕草が、無性に懐かしくて嬉しいとまで感じてしまう。こんなふうに二人きりで会うのは久しぶりだったから。
落ちる雪が、さっきより強い降りになってきて。福田はやや心配そうに空を見上げた。

「やべぇな、本降りになってきやがった」
「こんな雪の日にバイクなんて大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃねーよ、普段は乗らねえよ。出てきた時はたいしたことなかったし・・・まあ、すぐ帰る予定だったしな」

最後は独り言のように呟いて、福田は肩の雪をほろう。
おそらく今後、こんなふうに福田と二人きりになれない気がする。帰ろうとする彼を引き留めたいと思う己の感情は、あきらかに友情の範疇を超えていた。
どくんと鼓動が速まるのを感じながら、蒼樹は口内の唾を飲み込んだ。聞いてみたかった、彼がここにいる理由を。

(私に、会いにきてくれたの?)

そう期待する自分が浅ましい。
平丸という存在がいて、なお福田にそういった感情を抱く自分が醜い。その醜さを福田に知られたくなかった。恋人がいながら他の男に色目をつかう女だと、幻滅されるのは嫌だった。

「福田さん、気をつけてくださいね・・帰るとき」
「おう。蒼樹嬢も寒いから入れ、わざわざ出てこなくてもよかったんだぞ?」
「ええ・・でも」
「頭、雪積もってる」

手袋を外し、のばした手が蒼樹の頭の雪をほろう。
髪を撫でる福田の瞳がいつもより優しく見えて、胸の奥が締め付けられる。苦しかった。苦しくて挫けてしまいそうだった。
ほろわれた雪が目の前で散っていく。ゆっくりと頭上にあった手が離れていくのを見て、蒼樹は泣きそうになった。

恋しい。この人が恋しい。

どうして今になって気づいたのだろう。
いや、本当はずっと前から気づいていた。けれどあえて見ないふりを、気づかぬふりをしていた。異性として扱われるよりも『仲間』や『同士』でいたかったから。より深い絆が欲しくて、己の気持ちに蓋をした。

平丸に告白された時、応援する福田を見て落胆よりも安堵した。これでもう迷う気持ちを抑えずに、彼に近づける。踏み出さずにいていいと免罪符を貰った気持ちだった。
平丸のことは嫌いではなかったし、むしろ好意もあった。だから良好な関係を続けていれば自然に平丸に恋をするのだと思っていた。何の疑いもなく。

(バカね・・そんなに簡単なものじゃないのに)

目の前の福田を見ながら心の中で呟く。一度気づいてしまえば、もう見ないふりも出来ない。
ヘルメットを被りなおし再びエンジンをかけると、福田は躊躇いがちに「蒼樹嬢」と呼ぶ。静かな声は、エンジンの音に消されてしまいそうだったが確かに蒼樹の耳に残った。

「今日さ・・会えてよかった」
「え?」
「まあ、こっちの話」

じゃあ行くわ、と福田はハンドルを握る。目と目が合うと胸の奥から想いが溢れた。もともと始めるつもりのなかった恋だった。しかたないのだ。気づいても今さら遅いのだから。
そう心の中で言い聞かせていたが、抑えきれない想いの欠片がこぼれ落ちる。

「・・・待って」

言ってすぐハッと口を押さえたが、やや驚いた様子の福田と目が合うと不思議と心が軽くなった。




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