S ayonakidori


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◆◇◆



なかなか進まないネームを今日は諦めて、ノートを閉じる。
時計を見ると夜の9時を過ぎた頃で、既に2時間はずっと座ったままであった。
蒼樹はため息をつき、なにげなく目の前のカーテンをめくる。雪らしきものが降っているのに気づいて立ち上がろうとした時、机の上にあった携帯電話が鳴った。

「はい」
『あ、もしもし平丸です』
「平丸さん?どうかしました?」

数時間前まで一緒だった相手の声に、蒼樹は不思議そうに尋ねる。彼の声は明るく、上機嫌だった。

『ユリタン、そっちは雪降ってます?』
「ええ。平丸さんのところも降っているんですか?」
『はい!それでユリタンのとこも降っているか気になって』
「ちょうど今カーテンを開けて雪か確認しようと思っていたんですよ?タイミングが良くて驚きました」
『そ、そうなんですか?うわぁ偶然なんでしょうけど嬉しいです・・なんか通じ合っているみたいじゃないですか?こういうのって』
「ふふ、そうですね」

雪が降ってると、子供のように報告してくる平丸が蒼樹は好ましかった。

『あ、電話しておいてなんですが・・ユリタン、今大丈夫でした?』
「ええ。ネームを考えていたんですけど・・なかなか進まないのでちょうど中断しようと思っていたんです」
『そうでしたかそれは良かった・・って良くはないのかな?はは・・すみません」
「平丸さんはどうですか?原稿進んでますか?」
『え・・ああ、まあ・・それなりに・・』

途端に声が暗くなる。そんな様子に苦笑しながら立ち上がると、蒼樹はカーテンをそっと開いて窓越しに空を見上げた。
白く小さな雪は、まるで花びらのようにゆっくりと舞い降りる。ふと、以前にもここで雪を見たことを思い出した。あの時の雪はこんな穏やかな降り方ではなく、自分もまた単純に雪を楽しむ余裕もなかった。

(あの時、中井さんが公園で漫画を描いて・・結局コンビ解消するのやめたんだった)

数年前のことなのに、ずいぶん昔に感じてしまう。
あの夜中井を心配して来ていた福田や亜城木二人は、今やジャンプの看板作家として活躍している。中井とは色々あったが、今は前のようなわだかまりはない。
そして、あの時出会ってもいなかった平丸と付き合うことになっている・・・。
時の流れを実感しながら、蒼樹は窓から離れカーテンを閉める。その時、視線の端に見覚えのあるなにかが映り手を止めた。

「・・え・・」

見間違えだと思った。そんなわけはないと否定しながらも、心の底からわき上がる説明のつかない感情に足が震えた。

『?ユリタン?』
「・・・・・・・」
『どうしました?』

平丸の声は耳に入らなかった。蒼樹の視線は、公園の脇にある街灯から離れない。見覚えのあるバイクに跨るその人は、蒼樹がよく知る男だった。

(福田さん)

どうしてと考えるよりも先に、福田が今にもいなくなってしまいそうで気が焦る。手袋を嵌め直す仕草に鼓動が速まった。
耳元で聞こえる平丸の声に気づき微かに理性を取り戻したが、抗いがたい衝動は罪悪感すら忘れてしまう。

「平丸さん、ごめんなさい」
『え?ど、どうしたんですか?』
「あの・・急にネームのネタが浮かんで、それで、あの・・ごめんなさい」
『あ、そ、そうなんですか?わかりました。では、また連絡しますね』
「はい。すみません・・本当に」
『いえいえ、頑張ってください・・あ、僕も頑張りますね』

簡単に嘘をつける己に驚きながら、蒼樹は電話を切る。カーテンを開けると福田はまだそこにいて、急いで彼の携帯に電話をした。けれど発信音ばかりするだけで、一向に出る気配はない。着信音を切っているのだろうか。
もどかしさから、蒼樹は何も羽織らずに玄関へ向かい靴を履くと、突き動かされるようにドアを開けて走り出した。




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