B akuman








◆◇◆




にやけそうな自分の頬を強く抓る。やばい、これはかなりやばい。

(あれは反則だろ)

手で目を覆っていたが、福田は指の隙間からこっそり見てしまったのだ。バスタオル一枚の蒼樹がベッドに潜り込む様子を。
こちらを気にして恥じらいながら、そそくさ移動する姿が非常にかわいかった。いつも隙らしい隙をみせない彼女だからこそ、ああいうところにグッとくる。

(やばいな・・マジでやばい・・なんつーか、こう・・)

脳裏に、さっき見えた首から背中のラインや柔らかそうな太股が浮かぶ。あれをもう少ししたら触れるのか・・とか思ってしまう。
色々と意識するとどんどん気持ちが昂ってきて、福田はシャワーの湯を出すと同時に大きなため息をついた。

「・・・・ムラムラする」

想像を越えた展開が、ちゃんとカタチになっていくのを実感する。ずっと治まらない鼓動は上半身だけでなく下半身まで伝わり、もう準備万端だ。
嬉しいという気持ちよりも緊張感のほうが強い。あの行為じたい久し振りで、ちゃんと出来るのだろうかという不安もある。
ふだん大きい態度をしておいて、こういう時にヘマをするのは実に恥ずかしい。10代の少年ならともかく20もそろそろ半ばの自分が焦る姿は、痛すぎる。

(まあ・・色々考えても仕方ねぇんだけど)

唯一の救いは、蒼樹もほとんど経験がないということ。
パンチラ指導を始めたばかりの頃、男と付き合ったことがないと本人の口から聞き出したことがある。処女かどうかは分からないが、それを聞いたとき福田はなんとなくホッとした覚えがあった。

「ん?」

ボディシャンプーを泡立たせていた手をぴたと止め、鏡を見る。ふいに浮かんだ疑問が、思いがけない答えを引き出した。

――――なぜ蒼樹に特定の男がいないというだけで、ホッとしたのだろう。

気づいていなかっただけで、そんな以前から自分は彼女に惹かれていたのか。
福田は愕然としながらも、心のどこかで「やっぱり」と納得もしていた。というか出会った時から妙に気になるタイプだった。気になってしかたなくて、女相手に本気で挑発したりもした。

(ガキか、オレは)

気恥ずかしくて体を洗う力が強まり、シャワーで流すとひりついた。苦々しい顔で蛇口を閉めると、鏡の曇りを手のひらで拭う。映った自分をぼんやり見ながら、は、と小さく息をもらした。
一度気づいてしまうと後には引き返せない、福田の胸がじわじわと熱くなる。本当はずっと前から出ていた答え、でも往生際が悪くて認めたくなかった。

(・・・なんだよオレ、マジじゃねーか)

下唇をつき出して、視線を鏡から天井へ向ける。降参、というふうに。

バスタオルで体を拭いて、さあ行くぞ、と大きく息を吸う。気持ちは既にピークに近いが、緊張して体がうまく動かない。ええい情けない、と奮い立たせるように頬を2回ほど叩いた。
腰に巻いたバスタオルを縛りなおし、福田はドアノブに手をかける。生唾を飲みながら、意気込みとは逆にそっと扉を開けた。

蒼樹はさっきと同じく、布団から顔だけ出してこちらを見ていた。

「・・・・・・」
「・・・・・」

目が合う、お互い逸らしそびれ見つめ合ってしまう。沈黙が続き、部屋に流れる有線のBGMがやたら耳に残る。福田がベッド脇まで近づくと、蒼樹のほうから目を逸らした。

「隣、いいか?」
「どうぞ・・」

布団の中でごそごそと横に移動する彼女を追うみたいに、福田も布団に入る。枕に肘をついて蒼樹の方に顔を向けた。
華奢でまるい肩、枕に流れる柔らかそうな髪。ちらと覗く耳は間接照明の明かりでも真っ赤に染まっているのが分かった。ためらいがちにこちらを見る彼女に、福田の心が波立つ。

いとおしいとか、可愛いとか、触りたいとか、抱きしめたいとか、そういったむず痒い感情が次から次へと沸き起こる。

2人の距離はあと5cm、もう少し近づけば蒼樹の肌に触れられる。考えたら彼女の肌に直接触れるのは、これが初めてで。福田はそろそろと手をのばし、指先で頬を撫でた。

「あのさ、なんか・・今言うのもどうかと思うが」
「?・・はい」
「やっぱ、なあなあにするのは嫌だっつーか、男として納得いかねぇっていうか・・」
「福田さん?」

きょとんとした顔で福田を見る蒼樹に、くっそカワイイな、とか思いつつ咳払いを一つする。

「オレさ、アンタのこと・・・・す・・す、す・・好き・・・らしい」

緊張から声が不自然に上ずった。猛烈に恥ずかしく、思わず顔を背け眉を寄せる。ここは男らしく決めるべきだったのに、と口惜しさから下唇を噛み締めた。
ふと、肩先になにかが触れた気がして顔を向ける。蒼樹の人差し指が、躊躇しながら触れていた。

「あの」
「な、なんだ」
「それは・・・女性としてという意味でとっても、大丈夫でしょうか」
「こんな場面でそれ以外の解釈なんてあるわけねぇだろ」
「あ・・そう、ですよね」

そう言ったあと、彼女の顔がゆっくりと染まる。福田の肩にあった指はもぞもぞと布団をいじり、控えめな声でなにか囁いた。
あまりにも小さな声だったので聞き取れず「なんて言った?」と尋ねると、蒼樹は困った顔で布団に潜ってしまった。

「おい、ちゃんと言えよ」

そう言って同じく布団に潜った福田の腕に、柔らかいものが転がり込む。すぐに蒼樹だと悟った福田は、逃がさないようにと咄嗟に抱きしめた。
甘い匂いの髪の毛が頬に触れ、なめらかな肌の感触にときめく。すぐ傍に彼女の唇があるのか、微かな吐息を感じると福田はぎこちない動きでその在りかを探る。

唇と唇が近づき、互いの吐息が触れ合う。自分の心臓の音が耳に響きながら、吸い寄せられるようにそれを求める。
触れるか触れないかの極点で、蒼樹の唇が動いた。さっきよりも小さな声で囁いた言葉は、耳より先に唇に吸い寄せられた。

『すき』

たった二言の囁きは、痺れるような喜びで福田の胸をいっぱいにさせたのだった。







END

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BAKUMAN


(bakuman....)





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