B akuman







◆◇◆




サイドテーブルには避妊具とティッシュペーパー、ベッドの脇には小さなゴミ箱。
福田は避妊具をつまんで、やや緊張の面持ちで見つめた。というのも使用するのがほぼ初めてだからである。

高校卒業してすぐ広島から上京して、ずっとがむしゃらに漫画ばかり描いていた為、女性経験はほとんどない。成人式で帰省した時の飲み会で、ベロベロに酔っ払って年上の先輩としたのが初めてだ。
しかし酔っていたし相手のリードもあって、正直あんまり覚えていなかった。ただなんとなく気持ちよかったのと、女性特有の柔らかさを好ましく思った程度の記憶しかない。ちなみにそれ以降は女に縁遠い生活になった為、経験はない。

(たしか・・ゴムの先っぽ、空気抜いて着けるんだよな?)

AVやその手の雑誌で一通りの情報はあるが、実地はない。前の時はどうしたのかも記憶にない、生ではなかったと思うから相手が着けてくれたのだろうか。
とりあえず避妊具を使いやすいように枕の下に忍ばせておくと、福田はベッドから下りて冷蔵庫を開けた。室内の暑さもそうだが、緊張で喉が渇いてしまったのだ。

「うわ、高っけえ。500mlのコーラで300円ってなんだよ。ぼってんな〜・・」

舌打ちしながらそれを取り出し、蒼樹のぶんのアイスティーのペットボトルも出して庫内のフリースペースに入れておく。
コーラの炭酸を喉に染み込ませながら、福田はベッドに腰掛ける。しかし落ち着かなくてソファーに座りなおした。ふと部屋の中にデジタルの時計のようなものがあるのに気づく、部屋に入って経過した時間らしい。現在は「00:20」と記されている。
まだ20分しか経っていないのに、蒼樹がシャワーに行ってからやたらと時間が長く感じた。ここまで来てなんだが、つい色々と考えてしまう。

(ほんとに、いいのか?)

こんな流れで関係を持っても。誘っておいて何をと思うが、自分でもまさかの展開なのだ。
したくないわけじゃない、したいに決まっている。でも彼女はどうなのだろう、自分とそういう関係になって後悔したりしないんだろうか。そもそもどうして蒼樹はここまでついて来たのだろう。
彼女はそっち系にゆるいタイプの女じゃない、お堅いお嬢さんだ。だからこそ少し期待してしまう。どういう意図があってここまで来たのか。

『福田くんがそう思ってるだけで、あっちは違うかもしれないよ?』

雄二郎の言葉が急に浮んで、動揺からコーラが器官に入りむせた。炭酸が鼻の粘膜を攻撃するのを感じつつ、福田は涙目のままバスルームを見る。もれる明かりと微かに聞こえるシャワー音に、ごくと唾を飲み込んだ。

(んなわけ・・・・ねぇだろ?)

蒼樹は、自分達が付き合っていると思っているのか?
もしかして映画の誘いの即答も、こうやってラブホテルまでついて来たのも「付き合っている」と思っているから?

福田はコーラ色の鼻水をたらしながら、たった今たどり着いた答えに呆然となる。と同時に体の底からこみ上げる高揚感が全身を支配した。
思わずソファーから立ち上がり、狭い室内をうろうろ歩き回る。げほんごほんとむせた胸をとんとん叩きながら、真剣な顔で眉を寄せた。

(可能性の話・・そう、可能性だ。もし仮にそうだっていうなら、なんの問題もないってことだ・・お互いがそう望んでんなら、うん)

バスルームからシャワーの音が止まるのが聞こえ、福田は慌ててソファーへ戻る。自然を装うため足を組んでみたが落ち着かなくて、とりあえずまたコーラを飲み始めた。
シャワーを終えた蒼樹がここへ来る、たぶんバスタオル姿で。それを直視できるか、今のところの重要課題はそれであった。




◆◇◆



シャワーを終えてバスタオルに身を包んだ蒼樹は、深刻な顔で立ち尽くしていた。その手にあるのは、ピンクのパンツ。

(こういう時って・・・履かないほうがいいのかしら)

脱いで行為をするのだから、わざわざ履く必要はない気がする。しかしバスタオル以外なにも身につけないというのも、大胆すぎやしないか。さあこれから、という場面で福田がびっくりするのではないだろうか。
蒼樹はパンツを両手で握り締めぐるぐると考える。しかし答えはでず、結果的に自分自身ノーパンに抵抗があったことで、履くことにした。

(みんな、こういう時ってどうしているの?)

この手の情報に疎かったことを、今さらになって悔いる。もともと潔癖なたちであったから、知りたいとも思わなかったのだ。
納得いかない顔でパンツを履いた後、もう一度バスタオルでしっかり身を包み扉の前に立つ。鼓動が速まり、緊張してドアノブに手がいかない。

(ほんとうに・・・するの?)

自問しながら、蒼樹は扉の奥にいる福田のことを考える。彼は私のことをどう思っているのだろうか。
いいのだろうか、このまま・・・しても。

本当はここまで来るつもりはなかった。
今日の映画も、はじめはいつものネーム指導の延長だと思っていた。けれどアシスタントの子達に「それデートですよ!」とひやかされて、そんな訳ないと言いつつ、もしそうだったら・・と一応格好だけは整えた。
蒼樹自身、福田をどう思っているかはよく分からない。惹かれているのは間違いないのに、それを認めたくない自分もいる。たまにドキッとする瞬間もあるが、次に瞬間には攻撃的な言い方にカチンときてしまう。だから自分たちの関係が進むなんて、ないと思っていた。

(なのに・・・)

普段と違う彼に、胸がときめいてしまった。
映画館で、居酒屋で、いつもよりも福田が優しい気がした。並んで歩くときも、目が合ったときも、蒼樹を女性として扱っているようで嬉しかった。

恋人同士のような甘い会話はないけど、一緒にいるだけでくすぐったくて、居心地が良い。だからまだもう少しだけ、彼と一緒にいたいと思った。まさかホテルに誘われるとは思ってもいなかったけれど。

そんな誘いをした福田に驚いたが、それよりも「行きます」と答えた自分に驚く。断ろうと思っていたのに、口を開けば同意していたのだ。
アルコールのせいかもしれない、普段それほど飲まないビールをつい飲みすぎてしまったからか。だって彼があんまり美味しそうに飲むから、つい自分も飲んでしまって・・・。

楽しかったのだ、とても。
楽しくて、もっと一緒にいたくなったのだ。


蒼樹はドアノブに手を触れ、そっと開ける。10cmほど開くと福田がソファーに座ってコーラを飲んでいるのが見えた。
一瞬目が合ったが、すぐにお互い逸らす。蒼樹はドアに隠れるようにしてベッドまでの距離を測る。3秒、というところか。顔だけ出して、福田に声をかけた。

「あ、あの、目を閉じていてもらえますか?」
「お?おお・・」

福田が片手で目を覆うのを見て、そのままベッドへと潜り込む。バスタオル1枚で彼の前に出るのは、恥ずかしかったのだ。
掛け布団を首までかけ、おずおずと「もう大丈夫です」と告げると、福田がこちらを向いた。

「・・・・・・あの、さ」
「は、はい」
「や・・うん、その、なんだ」

彼は決まり悪そうに視線を蒼樹から背け、コーラをまた一口飲む。何か言いたげではあったが、結局口ごもったまま立ち上がった。
いつもは強気な福田が見せたその少年のような横顔に、好ましさを覚える。普段と違う空間のせいか、いつもある見えない壁がここにはないような気がした。

「オレらって、やっぱり・・その・・」
「?」
「・・・いや、なんでもねえ。シャワー行ってくる」

眉間にシワを寄せて、福田はバスルームへ向けて歩き出す。しかし何かに気づいたらしく足を止めた。ずんずんとベッド脇の冷蔵庫へ向かい、庫内からペットボトルを「ほら」と一つ差し出した。
突然のことに面食らい、礼を言うのも忘れて蒼樹がそれを受けとると、福田は何も言わずにバスルームへと消えた。

「・・・・・」

とくに喉が渇いていたわけではないが、せっかくなのでキャップを開けて一口飲む。冷たいアイスティーが喉から染みて、心地よい。
美味しいと感じるより早く、胸の奥でなにかがストンと落ちて、ゆっくりとほどけていく。ほのかな甘みと苦みが口内に広がるのを感じながら、蒼樹はバスルームに顔を向けて小さく呟いた。

そうか、好きなのかと。今気がついたように。





- 26 -


[*前] | [次#]





BAKUMAN


(bakuman....)





戻る




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -