B akuman


暑い日



うだるような、というたとえが当てはまる、そんな午後。
テレビの女子アナが「今年一番の暑さになります」と涼しい顔で言っていたとおり、この日はアスファルトが溶けそうなほど、暑い、暑い日であった。

カラン、と氷が溶けてグラスを鳴らす。飲みかけのコーラは薄まって茶褐色へと変化していた。普段は冷房のきいたファミレスだが、今日は涼を求めて訪れる客たちで混んでいるせいか、肌を刺すような冷たさは感じられない。
福田は時計を見る。あと5分で午後1時、待ち合わせの時間だ。テーブルの上に広げたネームを一先ず片付けて鞄にしまうと、残っていたコーラを一気に飲み干した。

約束の相手は、蒼樹紅。普段はFAXと電話でやりとりしてるのだが、福田の家のFAXの調子が悪く修理に出した為、今回はファミレスでの会合となった。
「わざわざ申し訳ないです」と彼女は恐縮していたが、もともと福田はネームをファミレスで考えることが多く、そのついでと思えば別段負担にも思わなかった。

(そろそろか)

時計は1時を指している。どことなく落ち着かないのは、こうして直接会うことがあまりないからだろう。別に彼女に特別な感情があるわけではないが、普段とは違った状況が福田に多少の緊張をもたらしているのは確かであった。
自動ドアの電子音と共に店員の「いらっしゃいませ」が聞こえると、こちらを歩いてくる蒼樹の頭が見えた。観葉植物と他の座席に隠れてハッキリとは見えないが、あの栗色のふわんとした髪は本人で間違いないだろう。
店員が「あちらです」とこちらの席を手で指し、彼女が礼を言うのが見えたとき、福田の胸は大きく跳ねた。

(っ!?・・・・キャミワンピ、だと?)

正直その発想はなかった。福田のイメージする蒼樹紅はガードの固いお嬢さんで、ここまで肌を露出するのは見たことがない。
その柔らかそうな綿の水色のワンピースは胸元にギャザーが寄ってあり、なんと肩紐は軽く結ばれたリボンだけであった。シルエットはふわりとして彼女らしくはあるが、むき出しになった二の腕や鎖骨は普段隠されているだけに少々目のやり場に困る。

「すみません、お待たせしましたか?」
「・・お?あ、いや」
「それにしても・・・・今日は暑いですね。あ、失礼します」

そう言って蒼樹は向かいの席に座ると、籠バッグからハンカチを出し額の汗をおさえた。

「日傘忘れてしまいまして、こんな日なのに」
「なんか冷たいもんでも飲むか?」
「あ、はい。福田さんはお昼すまされましたか?」
「とっくに食ったよ。あんたは?ああ、これメニューな」
「ありがとうございます。私はこの暑さであんまり食欲が・・なので飲み物だけ、ええと・・アイスカフェオレにしようかしら」
「・・そんじゃ俺はホットコーヒーにすっかな」

テーブルに備え付けのボタンを押すと、店内にピンポンピンポンと呼び出し音が響く。すぐ店員が注文を取りに来たが、忙しいのか気のない「ありがとうございます」を言って厨房へと消えた。
店員の態度に普段なら多少の苛立ちを覚える福田だったが、今日はそれに気づくこともなかった。

(・・・・・)

ハンカチで額の汗を拭く蒼樹紅が、えもいわれぬ悩ましさで福田の視線を引きつけていたのである。
暑さで上気した肌と、首筋をつたう一筋の汗。ハンカチでこめかみを押さえ眉をひそめる表情、僅かに開いた唇。汗で濡れた襟足も良からぬことを思い起こさせて、福田になんとも言えない居心地の悪さを感じさせた。

(な、なに考えてんだ俺は!)

ハッとして、さっき店員が持ってきた水を飲みながら顔を背ける。けれど目は正直で、思わずちらりと向けてしまう。これは男としての本能のようなものかもしれない。
白い肌がいつもより眩しく見えるのはどうしてだ。というかあの肩紐、あれは大丈夫なのか。彼女の豊満なバストをあれだけで支えることはできるのか。何かの拍子にポロリといったらどうするんだ、どう反応すればいいんだ。

(暑いのは分かる・・それは分かるが、なんでよりによって今日そんな服を着てくるんだ。ちょっと屈んだら谷間が見えそうな服でパンチラ指導しろっていうのか・・・いや、そもそも別に俺はこの女をどうとも思っていないわけだから、見えようが見えまいが気にする必要はないわけで・・・うむむ)

悶々と考えながらも顔には出さず、福田は見る必要もないデザートメニューを熟読する。パッションフルーツのパフェやチョコレートサンデーやクリームあんみつなどの甘ったるい写真を見て目を落ち着けていると、ふと視線を感じて顔を上げた。
目と目がぱちっと合って、どちらともなく咄嗟に目を逸らす。低く鳴リ出した心音に、福田が奇妙な気まずさを感じていると。

「あ、あの・・」
「?」
「福田さん、今日はいつもと・・」
「ん?」
「・・・・・・あ、いえ、暑いですね・・ほんとに」
「?ああ、そうだな」

ほんのり頬を染めている彼女に首を傾げたが、ちょうどその時注文した飲み物が来た。福田がなにか問う前に蒼樹はその口をストローでふさいでしまったので、彼もまたホットコーヒーに口をつけた。
淹れたてとは言い難い、やや煮詰まった味のコーヒーはとにかく熱く。そのせいか、胸の熱さが治まらない。


(くそ、熱いな)


は、と息をついて見上げる。胸の熱は瞳にもうつり、福田は目の前の彼女を見つめた。






◆◇◆




(私、なにを言おうとしたの・・?)

冷たいカフェオレが蒼樹の胸に染み込んでいく。けれど胸のざわめきは治まらない。
渋い顔でコーヒーを飲む福田を盗み見ながら、落ち着こうともう一口カフェオレを飲み込んだ。

トレードマークともいえるニット帽をしていないのにも驚いたが、なにより首の後ろで長い髪を一つに束ねているのだ。
思わず声をかけるのを一瞬躊躇ってしまった・・・というか、正直ドキッとした。いつも見ている彼とのギャップのせいか、それとも男性なのに綺麗な首筋のせいか。いつも見えない耳が見えてしまったためか。

(どうしたのかしら・・・相手は福田さんなのに、あの、福田さんなのに)

ちょっと素敵、だなんて思ってしまった。
どうかしている。きっと暑いからだ、暑さで頭がぼんやりしているせいで思考がどうかしているのだ。さっきから治まらない胸の鼓動も、一向に引かない体の熱も。


(ああ、暑い)


熱さを吐き出すようにため息をつく。同じように息をついた彼に気づいて、蒼樹は思わず顔を上げたのだった。





END

- 28 -


[*前] | [次#]





BAKUMAN


(bakuman....)





戻る




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -