B akuman


3


「ええと・・平丸さんは・・記念日とか、気にします?」
「へ?僕ですか?」
「はい・・」
「ど、どうですかね・・あんまり考えたことは・・・って!もしかして今日なにかの記念日でした!?うわああごめんなさい!あれ?でもつきあった記念は6月ですよね?出会った記念も夏だし・・ごめんなさいユリタン!なんの記念日でした!?」
「ええっ?ち、違いますよ?そういうのではありませんからっ」
「ほ、ほほ本当ですかっ?僕に気を使っているとかじゃないですよね?」
「違いますからっ・・あの、落ち着いて下さい平丸さんっ」

少し遠回しすぎたろうか。彼に余計な想像力を働かせてしまった。
蒼樹はティーカップを持ちながらコホンと軽く咳払いをし、今度はさりげない言い方を心がける。

「あの、友人の話です。友人から相談を受けまして・・それで平丸さんのご意見も聞けたらと思ったものですから」
「ああ。そうなんですか・・すみません取り乱してしまいまして。お友達のですか・・ユリタンは優しいんですね、そんなふうに自分以外のことで心を痛めることができるなんて・・感動です」

うっとりと目を細めるその様子に、少し頬を染めながら蒼樹は続ける。

「それで・・友人には恋人がいまして、二人の記念日に・・あの・・なんというか・・なにを身につけていいか迷っているようなんです」
「はあ、なるほど」
「普段通りにすべきか、やはりせっかくなので・・特別な・・その・・ええと・・あ!でも彼女はけして不謹慎というかふしだらといった女性ではなく、ごく一般的な女性なんですけど・・なにぶん初めてのことなので相手の反応が気になる・・ということらしくて」
「ほう」
「それで、実はもう用意してしまったらしいんですが・・ちょっと普段の彼女とは違うテイストといいますか、少しだけ・・だ、大胆な・・・ものらしいんです」
「ふむ・・?」

平丸は一応真剣に聞いてはいるのだが、なかなか要領を得ず、蒼樹の意図がいまいち汲み取れなかった。なぜか恥ずかしそうに頬を染めて話す彼女に見惚れていたのもあるが。
とりあえず「身につける」というから洋服のことなのだろうと、推測する。

「そうですね・・僕ならユリタンがどんな格好をしても、まったく問題なく嬉しいですが」
「ほ、本当ですか?気まずい・・というか幻滅したりしませんか?」
「まさか!そんな・・そんな勿体ないことするわけないじゃないですか!僕のために頑張ってくれるユリタン・・!想像するだけで目頭が熱くなります・・!」
「そうですか・・よかったです」
「え?」
「いっ、いえっ!なんでも!」

少しだけホッとして首を横に振る。下着を身につけるかどうかはさておき、平丸の答えは蒼樹の気持ちを楽にしてくれた。頬の筋肉を緩めカップをソーサーに戻すと、おかわりをしようとポットに手を伸ばす。
その時、ふと思い出したように一つの質問を平丸に投げかけた。

「平丸さんは、赤と白でしたらどちらがお好きですか?」
「赤と白・・ですか?」
「はい。あの・・さっきの話の続きです。した・・じゃない、身につける物の色のことでして・・その友人は、結局迷って赤にしたんですけど」
「赤ですか・・」

そう眉間にシワを寄せる彼に、やや戸惑う。てっきり「どちらでも似合うなら」といった答えが返ってくると思っていたのに。

「あの、平丸さん?」
「できるなら、赤じゃない方がいいかな」
「・・・えっ」
「ユリタンなら、赤よりも白が似合うと思います。あ、でもお友達がどんな人か分からないんで何とも言えないですけど」

にっこりと笑うと、平丸はチーズケーキにフォークを入れた。その全く悪気のない口調に、蒼樹の片眉がぴくんと跳ね上がる。
もちろん彼は蒼樹が赤い下着を買ったことは知らないのだから、ただの本音なのだろう。だからこそ引っ掛かるというか、ちょっと面白くない。

「平丸さんは、赤が・・嫌いなんですか?」
「嫌いではないですけど、女性が赤い服を着ているのはちょっと苦手かな。あ、デザインにもよりますが」
「そ、それはなぜでしょうか」
「勝手なイメージなんですけど、赤って戦闘的っていうか攻撃色っていう印象があるので・・・ん?どうかしましたか?ユリタン」

チーズケーキをもぐもぐさせながら不思議そうにこちらを見る。蒼樹は、自分の眉間にシワが寄っていることに気づきハッとしたが、平丸の呑気な様子になんとなく口を尖らした。

「・・では平丸さんはさっき私に嘘をついたことになりますね」
「へっ?僕がですか?」
「だってさっき『どんな格好でも』って言ったじゃないですか、なのに赤い色の服が嫌だとか・・戦闘的だとか、ちょっと失礼だと思います」
「え、でもそれはユリタンのことを言ったわけではなくて、他の女性に関しての僕の勝手な解釈というか・・そのユリタンのお友達の話で・・」
「!わ、分かってますっ!・・私も友人とのことを言ったまでで・・その友人だってどうしても赤が良かったわけではなく、成り行きというか・・クリスマスだし、いいかなって・・それにお店の人にすごく勧められたっていうのもあって・・そもそもはじめは買う気なんてなかったんです。でもせっかくだし、それに・・」

ふと、感情的になっている自分に気づき蒼樹は口をつぐむ。これでは自分のことだと言っているようではないか。おそるおそる平丸を見ると、やはりなにかを期待する瞳でこちらを窺っている。

「あの・・ユリタン」
「な、なんですか」
「その・・・・一つ聞いてもいいでしょうか」
「・・・ダメです」
「えっ、そんな!」
「ダメですっ」

間違いない、彼は気づいている。『友人』が蒼樹本人であることを。
キラキラというかワクワクした顔で見つめられて、目を逸らす。そのまま店内に流れるクリスマスソングを黙って聞いていたが、曲が変わる瞬間に我慢できないと平丸が口を開いた。

「あっ、あのっ・・ミニスカでしょうか」

は?と声に出さず彼を見る。意図が通じなかったと思ったのか、もう一度繰り返す。

「ですから・・あの、ミ、ミニスカ・・ですか?」
「なんの話を・・?」
「さっき、ユリタンが言ってた・・赤くて身につけるもの、でもってクリスマスってことは・・・やはり・・サ、サンタ服ですよね?」

頬を染め、そわそわした様子で口にした平丸の言葉が頭の中で響く。サンタ服という思わぬ方向のインパクトに、顔が引きつった。

「違いますっ」

どうしてそうなるのだろう。軽い頭痛を覚えながら、蒼樹は立ち上がる。
逃げる・・いや、お手洗いに行く為だ。このままここにいては平丸からさらにいろいろ聞かれそうなので、ひとまずこの場から退散しよう。

「・・ちょっとお化粧を直しに行ってきます」

不自然ではあるが、蒼樹はハンドバッグだけでなく紙袋も持って化粧室を目指す。念の為だ。
けれど動揺を隠して歩き出した、その時。なんの運命のイタズラか紙袋の持ち手がイスに引っ掛かってしまった。

「っ!?」

肘掛からイスが横に倒れ、ビリッと大きな音がする。それが紙袋の音だと悟った瞬間、視界の端に赤い何かが映り心臓が大きく跳ねた。
袋からこぼれ落ちたそれは、まごうことなき真っ赤なブラジャー。大理石の床にそれはよく映えて、憎らしいくらい目立っていた。

「きゃあっ!」

普段の自分にはあり得ないほどのスピードでそれを掴むと、蒼樹は慌ててバッグの中にしまい込む。早鐘のように鳴り響く鼓動に胸を押さえた時、すぐ横でガタっと勢いよく平丸がイスから立ち上がる。
ギョッとして見ると、彼は蒼樹と蒼樹のバッグを食い入るように見たあと、親指をグッとつき出し上気した顔で、とろけるような笑顔を向けた。

「赤・・・最高です!」

そんな彼に蒼樹が笑顔で返せるはずはなく。バッグを持つ手はぷるぷると震え、恥ずかしさと居た堪れなさに顔を真っ赤に染めながら、平丸をキッと睨みつけた。

「さ・・最低ですっ!」

そのまま駆け出し店を飛び出す。背後から呼びとめる平丸の声が聞こえたが、構わず走った。ひと時の猶予を求めて。
間違いなく彼は追いかけてくるはず。だから、それまでに言い訳を考えなければ。とっておきの言い訳を。

ハンドバッグを抱え、走る蒼樹の頭上に街のイルミネーションがきらめく。背後から聞こえる恋人の叫ぶような呼び声は、流れるクリスマスソングに紛れていく。
人々が舞い上がるこの季節に、自分もつられてしまったことが恥ずかしい。けれど、先ほど見た平丸のとろけるような笑顔を思い出すとそれも悪くないような気がして、蒼樹は少しだけ胸が高鳴るのだった。

クリスマスまで、あと3週間。

『勝負』をするかどうかは、いまのところ・・・未定。



END




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BAKUMAN


(bakuman....)





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