B akuman


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◆◇◆


「3日前に入荷した新作なんです。クリスマス限定なので、問い合わせが多いんですよ?」

ディスプレイの前から動かない蒼樹に、店員が笑顔で近づいてきた。
ドキリとして心臓が跳ねる。もちろん買う気はなかった。そもそもこんな大胆な下着は身につけれない。蒼樹は曖昧に笑みを返しその場を後にしようとしたが、店員は笑顔のまま続ける。

「人気があるので在庫も少なくって・・お客様でしたらどちらの色がお好みですか?」
「え・・いえ、私は・・」
「クリスマスですからやはり赤ですか?」
「赤・・は、ちょっと・・」
「白も素敵ですよね?こちらの商品は純白に緑の刺繍が施されてまして、レース部分もとっても繊細でしょう?お客様とっても色がお白いから、映えると思いますわ」
「いえ、あの・・」

やや強引な接客に困りながらも逃げきれないのは、どこかで気になっているからだろう。事実、店員がディスプレイの品を棚から出す間、蒼樹はその場から動けずにいた。
こちらです、と台の上に広げられた下着は間近で見るとさらに煽情的というか、いかがわしい。

「・・・・・」

なぜこんなにも透ける必要があるのだろう。しかも生地が少ない・・。

(こんなのを着けて、平丸さんの前に出るの?)

想像するだけで卒倒しそうになる。とてもじゃないが無理だ。出来るわけない。平丸だってそんな自分を見たらドン引きだろう、張り切りすぎだと。
店員が品物について色々説明していたが、蒼樹の耳には入らなかった。とにかくこの場から退散しなければ。万が一知り合いにこんな破廉恥な下着を見せてもらっている所を見られては、なんて言い訳をすればいいのか。
路面店ではなくショッピングモールの一角であるこの場所は、人目を考えるなら危険であった。

「ごめんなさい、私やっぱり・・」
「お客様、せっかくですからちょっと試着されていきません?」
「え?いえっ、そんな」
「それにお客様、サイズをしばらく計られてないんじゃありません?ブラのサイズって、意外と変わるんですよ?合わないサイズを身につけられると、体型もそうですけど肩こりの原因にもなりますし」
「はあ・・肩こり」
「10分くらいお時間いただければ、すぐですよ。ご試着された時にささっと計らせていただきますから」
「いえ・・でも・・」

店に掛かっている時計は午後1時を過ぎ、このあとの平丸との約束にはあと1時間はある。まだ余裕はあるが、蒼樹は迷う。買う気はない、買う気はないが「もしも」ということもある。
そもそもクリスマスに会えるかどうかも分からないし、会ったとしてもそういった関係になるつもりはない。だからこんな実用性のない下着は必要がない、持っていても仕方がない。
そう頭の中で繰り返すものの、その度に昨夜聞いた香耶の言葉が浮かんでくるのだ。

『いざっていう時に変な下着だったら、気まずいじゃない?ねえ?』

いざという時。果たしてそんな時が来るかは微妙だが、ないとは言えない。
そうなった場合、やはり礼儀として『勝負下着』を身につけておくべきなのではないか・・恋人として。

(平丸さんと・・そういう関係に・・)

ボッと火が着いたように顔が熱くなる。想像だけなのに目眩がした。
店員は笑みを崩さずに広げておいた白の下着のほかに色違いの赤も用意して、試着の準備は完璧である。

「さあ、どうぞ」

その声に迷う背中を押されて、蒼樹はゴクリと唾を飲み込むと、店内へとさらに足を踏み入れた。




◆◇◆


「今日の映画、ほんっと楽しかったですね!」

映画館近くのカフェでお茶を飲みながら、平丸は満面の笑みを恋人に向ける。
けれどその相手は、ティーカップを持ちながらどこか上の空で、ぼんやりと視線を外に向けていた。

「あの、ユリタン?」
「・・・・」
「ユリタン、ええと聞こえてます?ユリタン?」

何度か呼ぶと、ハッとしたように蒼樹は目を瞠る。頬にさっと朱がさし、我に返ったのか紅茶を一口飲んだ。

「すみません・・平丸さん」
「いえ、それはいいんですけど・・どうかしましたか?」
「え?い、いえなにも」
「ならいいんですが・・今日のユリタンはいつもとちょっと違う気がしたんで」
「そっ、そんなことないですっ・・ごめんなさい、ええと、今日の映画のことを考えてたので・・お、面白かったですよね?」

さすがに不自然だったかと心配したが、平丸は素直に受け取ったらしい。ホッとした顔で「はい、面白かったですね」と肯いたので、蒼樹はひそかに胸をなで下ろした。
平丸は紅茶を啜りながら、やや興奮気味に続ける。

「僕コメディ映画って、あまり笑ったことないんですよ。ほら笑いのツボとか微妙に合わなかったりして」
「まあ、そうなんですか?」
「でも今日のは楽しかったです。何度も声出して笑いそうになっちゃいました。なんでですかね、ちょっとシュールなのが良かったのかな」
「なるほど、そうかもしれませんね」

蒼樹は相槌をうちながら、ちくりと胸が痛む。実のところ、映画の内容をあまり覚えていなかった。上映中ずっと他のことを考えていて、気づけば2時間近く経っていたのだ。
原因は、椅子の傍らに置いてある赤い紙袋。待ち合わせ前に結局買ってしまった下着の存在である。

何度も言うが、買う気はなかった。
買う気はなかったのだが・・試着をして色々勧められるうちに、自分でも混乱してしまい良く分からないうちに財布を開いていた。
しかも当初希望した「白」ではなく、なぜか「赤」の方を。両方試着してみたのだが、店員が強く勧めてきたのが「赤」であった。蒼樹は戸惑ったものの、プロの接客トークを聞いているうちにどんどん感覚が麻痺していき、最終的に「買います」と言ってしまったのだ。

(赤って・・・)

『クリスマスは年に一度しかないんですよ?白も素敵ですけど、それは他の記念日でもよろしいじゃありませんか。逆に他の記念日に赤を着けるのは勇気がいりますけど、クリスマスならそのハードルも下がりません?』

店員の言葉を思い出す。その言葉に押されて買ってしまった。
けれど待ち合わせで平丸と会ったとき、はたと我に返る。この紙袋の中身を果たして平丸に見せることができるのか。
まるで夢から覚めたように、気持ちが落ち込む。自分でも意識していなかったが、クリスマスというものに浮かれていたのかもしれない。買ってしまっては、見せるか見せないかの選択をしなければならないのに。
おかげで今日のデートはそればかり考えてしまって、楽しいはずの時間も脳内一人反省会である。

(初めてで赤い下着って・・・普通、ないわよね?)

けれど買ってしまったのだから仕方がない。今さら返品するのも気まずいし、やはりここは勉強代としてクローゼットの奥に眠らせておくべきだろうか。
そんなことを考えていると、また平丸と目が合った。怪訝そうな瞳がこちらを見ていて、蒼樹は心臓が跳ねる。

「やっぱり今日のユリタンはなにかおかしい・・」
「え?そ、そんなこと」
「どうしたんですか?なにか悩みでも?あるなら是非この僕に言ってみて下さい。力になってみせますから!」

ティーカップを置き、ずいっと顔を近づけてくる。そんな平丸に顔を引き攣らせながらも、蒼樹はふいに彼がどう思うのか知りたくなった。
もちろん下着を買ったことは伏せるとして、いわゆる「勝負下着」というものを求めているのかいないのか、遠回しに聞いてみたい。とくに望んでいないのであれば、こちらも気が楽になる。

(でもどうやって聞けばいいのかしら・・)

「ひ・・平丸さん」
「はい!なんですか?」
「あの、そんなふうに構えなくても大丈夫ですから」
「あ・・すっ、すいません。ええと、なんでしょう?どうぞなんでも話してください」

平丸はグッとこぶしを握り聞く態勢になっていたが、かえって切り出しづらい。蒼樹はやや迷いながらも、口を開いた。





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BAKUMAN


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