B akuman


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乙女のピンク、情熱の赤、みずみずしいオレンジや高貴な紫。純潔の象徴である白と神秘の黒。
サテンにシルク柔らかなコットン。繊細なレースとモダンなデザイン。

ここは女の聖域、またの名を下着売り場。

ワゴンセールの靴下を手にしたまま、蒼樹はディスプレイを注視する。
『Xmas night・・』とテーマづけされた2体のマネキンは1体は赤と緑、もう1体は白と緑のクリスマスカラーのセット。ブラジャーもショーツも総レースでデザイン的にかなり際どく、普段なら目をむけない系統の下着だが、今日の蒼樹は微かに眉間を寄せて唾を飲み込んだ。

(これが・・そうなのね)

勝負下着。名前だけは聞いたことがあったが、自分には関わりのないものだと思っていた。
厳密に言うなら、昨日まではそう思っていた。



◆◇◆


クリスマス商戦も本格的にスタートした12月の最初の日曜日、の前の夜。

『ねぇ蒼樹さん、明日買い物行かない?』

そう電話してきたのは久しく会っていない香耶だった。
誘いは嬉しかったが、残念ながらその日は先約があった。平丸と映画に行く予定だったのだ。

「ごめんなさい、明日はちょっと予定があって・・」
『え〜そうなの?・・美保が急に明日オフになったって言ってたから、クリスマスの買い物しようかって話になって。で、せっかくだから蒼樹さんもどうかと思ったんだけど・・』
「まあ美保さんも・・それは残念です」
『蒼樹さんの予定って、仕事関係?ずらせない?』
「ええと・・それは・・ちょっと」

女同士で集まる楽しさに惹かれるが、さすがに恋人との約束をキャンセルするのは気が引ける。
困ってしまって口ごもる蒼樹にピンときたのか、香耶が『ああ』と納得したような声を出した。

『もしかして平丸さん?予定って、デートのことだった?』
「えっ・・あ、ええと、はい」
『そっかー、だったら仕方ないよね〜!うふふ、いいなぁドコ行くの?ウチなんか秋人さん全然時間作ってくれないんだもん、羨ましいなぁ』
「そ、そんな・・ちょっと映画に」

電話中なのに気恥ずかしくて赤くなる。こういう話題は慣れていないから。

『そういえばクリスマスってもう決めてる?やっぱり平丸さんとどっか行くの?』
「どうでしょう、まだなにも話しては・・」
『そうなの?意外!平丸さんてそういうイベント事って張り切りそうだから、旅行とか行くのかなとか想像してたわ』
「まさか。旅行なんて、とりあえず原稿上げるまでは何も考えられないですよ」
『だよね〜、年末年始をお休みできれば音の字だよね。はぁ〜・・ウチも今年はせめて大晦日と正月くらいは家で過ごしたいな。クリスマスもさ、毎年勝負下着が無駄になっちゃって・・今年は見せれるといいんだけど』

勝負下着、という言葉になんとなく黙ってしまう。それがどういう意図で身につけるのか、さすがに知っているから。
その沈黙になにかを悟ったのか、香耶は少しだけ声をひそめて聞いてきた。

『・・そういえば蒼樹さんは買うの?』
「な、なにをですか?」
『ええと・・クリスマス用の下着・・ていうか勝負下着?』
「えっ」
『だって・・・もう付き合ってそろそろ経つでしょ?』
「は、はあ」
『じゃあ、やっぱり期待・・・しているんじゃないの?平丸さん・・』
「え・・・・ええぇぇ・・」

急速に熱くなる頬を押さえながらも、やはり、と蒼樹はどこかで予感していた。というよりも平丸に会うたびに感じていた。
まだはっきりと言われたことはないが、できればまだ先がいい。ようやくキスすることに慣れてきたところなのだから。

「とくにそういった下着は用意しない予定ですが・・」
『そうなの?まあ・・それならそれでいいんだろうけど、でも万が一のことを考えておいてもいいんじゃない?』
「万が一、ですか?」
『うん。いざっていう時に変な下着だったら、気まずいじゃない?ねえ?』
「そういうものなんでしょうか・・」
『や、どうなのかな、一般的には・・そう言われているけど』

一般的、という言葉に気持ちが揺れる。
世間一般の恋人たちの常識が今一つ解らない自分にとって、そう言われることが一番弱い。ちょっとしたコンプレックスでもある。

「あの・・やっぱりクリスマスには、皆さん新しい下着をつけるものなのですか?」
『つけるもの、っていうか・・せっかくのイベントだし、この時期って下着メーカーも新作いっぱい出してくるからカワイイの多いでしょ?だからその流れに乗っちゃうってのもあるんじゃない?』
「なるほど」
『男の人も、彼女がクリスマスに気合入れてきたら悪い気しないでしょ?それに彼氏が自分見て喜ぶ姿も見たいし・・って何言わせんの!』

きゃあ!と恥ずかしそうに香耶が叫んだが、ちょうどその時こちらの部屋の電話が鳴った。それは香耶にも聞こえたらしい。

『あ、ごめん電話だね。それじゃあまた連絡する!』
「はい、あの、誘っていただいて嬉しかったです」
『また誘うね。蒼樹さんもなにかあったら電話ちょうだいね!待ってる!』
「ええ、連絡します。今日はごめんなさい」

そう慌ただしく電話を切る。部屋の電話はFAXで、担当の山久からだった。枚数を確認しながら、蒼樹は香耶が言った言葉を思い出していた。

(・・平丸さんが私を見て喜ぶ・・?)

下着姿の?

一瞬想像した光景に、FAX用紙がバサバサと手から落ちる。ハッとして拾いながら、頬をペチンと叩き頭をぶんぶんと振った。
破廉恥な想像をしたことよりも、平丸の喜ぶ姿を見てみたいなどと思ってしまった自分を戒めて。





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BAKUMAN


(bakuman....)





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