B akuman


Happy Halloween



「Trick or Treat !!」


玄関のドアを開けて数秒、愛子は固まった。それは驚いたというよりも、呆れて。半纏姿のジャック・オ・ランタンは、カボチャを被っていても正体がすぐに解る。

「・・・なに、しているんですか?」
「ですからTrick or Treat です!お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞです!」
「それはもういいですから。近所迷惑ですのでもう少し声を落としてください・・・新妻さん」

顔を引き攣らせながら言うと、カボチャ頭の男は「ぬおおっ!」と叫び、大げさなまでに飛び退いた。

「なんでわかったですかっ!?」

被り物を外し驚くエイジに、愛子はぴくと片眉をつり上げる。
この男、ほんとうに分からないと思っていたのだろうか。いつもの半纏と上下スエット、なぜか肩から生えている羽箒、加えてこちらをバカにしているとしか思えない妙な敬語。少しでも彼と関わったことのある人間なら、すぐに解るだろう。

「・・にしても、なにしに来たんですか?」
「それより秋名さん、僕だってどうして分かったです?このカボチャ、雄二郎さんに貰ったですけど、頭すっぽり入るんで絶対分からないと思ったのに」
「ですから・・聞いてます?」
「でも悔しいです・・秋名さん驚く顔すごく楽しみだったんで」
「す、少し黙りなさい」

玄関先でぺらぺら喋る彼の後方から人の声がする。隣人が帰宅したらしい。このままでは隣人に妙な誤解を与えかねない、愛子は咄嗟に誤解の種(エイジ)の手を掴んで室内に引き込んだ。

「おおっ?」
「誤解しないで下さい。ご近所の方々にエキセントリックな知り合いがいると思われたくないだけです」
「エキセントリックって、僕ですか?」
「・・ほかに誰が?」

気を悪くしたかと思いきや、エイジは目を僅かに見開いた後、なにか思いついたように口の端を上げた。
怪訝に見る愛子をよそに、彼は外したカボチャをもう一度被る。そうしてくるりとその場で一回転すると、仰々しい動きで両手を上にあげて怪物のように「ガオオッ!」と低く吠えた。

「に、新妻さん?」

突然のことに目を白黒する愛子に、エイジはもう一度低く吠える。

「Trick or Treat !!」
「・・は?」
「トリック・オア・トリィィィィトオオオッ !」
「だっ・・だからそれはもういいと言ってるじゃありませんかっ」

思わずその迫力にたじろぎ、後ずさりする愛子の背中がドアにぶつかる。迫るカボチャに咄嗟に手が出て、エイジの頭を押しのけた時、被っていたカボチャが勢いよく床に落ちた。
目の前30cmにいるエイジが不満そうに口を尖らせる。

「・・なにするんですか秋名さん」
「そっ、それはこっちの台詞です!あなたこそなんだと言うんですかっ・・突然っ」
「だって、せっかくのハロウィンですし」
「それはさっき終わったんじゃないんですかっ?いきなりすぎるんです、いつだって・・あなたは!」

目を三角にして怒る愛子をじっと見つめたあと、エイジはさらに不満げに眉を寄せた。

「じゃあ、お菓子ください」
「えっ?」
「お菓子をくれないからイタズラしちゃうんです。なのでお菓子をください」
「・・・はあ?」

そう手を差し出す彼に、怒りも忘れて呆れ声をもらす。いつも思うが彼との言葉のキャッチボールは、変化球ばかりだ。そもそもこちらにキャッチさせる気がないのではとまで思ってしまう。
とはいえ面倒なので望むものを渡して、早々とお引き取り願おう。けれど今は「お菓子」を持っていない、部屋に入れば何かあっただろうかと愛子が考えていると、エイジの顔がさっきより近づいているのに気づいた。

「あの・・・なんだか・・顔が近いような気がするんですけど」

30cmあった間隔が15cmと離れていない気がする。まさかとんでもない事をする気なのでは。
目の前のエイジの口がにいと開き、白い歯がのぞく。悪戯っぽく細められた目はなにかを意図するように愛子の唇に注がれていて。嫌な予感がする。まさかと思うがイタズラというのは「そっち」方面のイタズラのことだろうか。
以前にも不意打ちでキスされたことがあり、それを思い出し顔を引き攣らせた。愛子はやや顔を赤らめてうつむき慌ててエイジの胸を押す。

「ちっ、ちょっと待ってください。お菓子なら今お渡ししますから、だから、す、少し離れなさいっ」
「お菓子、くれるんですか?」
「あげます。あげますから、も・・もう少し離れて」

警戒しつつ顔をあげたとたん、さっきよりも間近にいたエイジに目を丸くする。声を上げる間もなく、唇はすぐそこに迫っていた。

「いただきまーす」

ふざけた囁きとともに落とされたキスは、ちゅっと吸われてペロリと下唇舐められる。その動きはキャンディーを食べているみたいで、愛子の顔はみるみる赤くなった。
心臓の音が耳のすぐ後ろで聞こえて、口から飛び出そう。突き放そうと手は胸まで上げていたが、どうしてか痺れたように動かない。けれど勇気と理性を振り絞り、今ある力をこめてエイジの体をどんと押した。

「んっ・・!」

ちゅ、という粘着音とともに唇が離れ、エイジも離れる。触れていたその唇が濡れているのに気づき、恥ずかしさと怒りが入り混じって、愛子は咄嗟にエイジの口を両手で塞いだ。
やや驚いた目を向けるエイジを睨み、なにか言ってやろうと思っても言葉が出ず。

「く、唇は・・お菓子じゃありませんっ!」

苦し紛れに出た言葉は一気に愛子を憂鬱にさせた。いたたまれず、手を口から離しエイジの横をすり抜けると、靴を脱いで部屋に上がる。
けれど背後から「秋名さんの口、甘かったですよ?」というとぼけた声が聞こえると、愛子はカッとして落ちていたカボチャの被り物をエイジ目がけて放り投げた。

「うおっ!ビックリしました!」
「うるさい!それ持ってもう帰りなさい!なにがハロウィンですか!なにがトリックオアトリートです!」
「はい。楽しいハッピーハロウィンでした」
「まだ言いますか!このキス魔!」
「それは心外です。僕、秋名さん以外にはしてませんよ?」
「そっ・・そんなのどうでもよろしい!!」

手近にあったクッションを持ち上げて威嚇する愛子を見て、エイジは楽しそうに笑う。転がっているカボチャ頭をまた被り、くるりと一回転すると今度はヒーローのようにポーズを決めた。

「お菓子をもらったんで今日のトコはイタズラしないで帰ります!」
「キスしといてどの口が言いますか、無駄口叩いてないで早く帰りなさいっ・・!」
「秋名さんはピュアなんですね、キスなんてイタズラに入りませんよ?」
「・・えっ?」
「では!さらばです!」

ドアを開けて「とうっ!」とジャンプしながらエイジは愛子の部屋から出ていく。廊下を駆け抜けていく迷惑な足音を聞きながら、先程のエイジの言葉が頭の中で反芻した。
全身がカアッと赤くなり、前のめりになりながら玄関の鍵を閉める。エイジの言葉がどういう意味かなんて、考えなくても分かる。愛子は眉間にシワを寄せたまま頬を両手で押さえると、壁を背に座りこんだ。

お菓子でよかったと、安堵の思いで。




Happy Halloween・・?




END




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BAKUMAN


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