B akuman


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◆◇◆


蒼樹が寝室に戻って数秒、奥から咳きこむ音が聞こえると、福田は大きく息をつく。

(・・・あぶねー)

病気で弱っている姿が、ああもこちらを危うくさせるものとは思わなかった。
熱っぽく潤んだ瞳と染まった頬は艶めき、隙の見せない蒼樹が乱れた髪とパジャマ姿であるというのも、妙にそそられる。さきほど近づいた時に感じた、汗ばんだ肌と特有の女の匂いには、福田の理性をぐらつかせるには充分で。とにかく色々と危ない瞬間だったのだ。
このままいれば狼になってしまう確率が高いので、早々とお粥を作って退散するのが吉だろう。後ろ髪はひかれるが、ここまで来て赤ずきんちゃんと喧嘩したくはない。

「お粥か・・」

とりあえず米だな、と思い探してみるが目ぼしい場所には見当たらない。そうこうしているうちに、棚を開け閉めする音が気になったのか、ドアから蒼樹が顔を出した。

「あの、どうかしましたか?」
「お・・あ、いや・・米はどこかと思って。悪い、うるさかったか?」
「いえ、そういうわけでは・・あ、お米はこちらです」

シンク下にある棚を開き、そうと思しきプラスチックの箱を出す。すぐ横にホーローの鍋も見つかり、福田はそれを受け取った。
彼女は落ち着かないのかこの場を去りがたいようで、米を計量する福田を少し離れた場所で見ている。その視線が気になり、つい睨むように蒼樹を見た。

「・・なんだよ、いいからあんたは寝てろって。こっちは大丈夫だから」
「でも、あの・・」
「だから!そうやって起きてられたら意味がねえだろ、ちゃんと休んでろって」

語気を強めて言われ、蒼樹はやや不満そうではあったが「なにかありましたら言ってくださいね」と告げ、寝室へ戻る。
ドアが閉まる音を背中で聞きながら、福田はまたため息をついた。

(つーか、まじで破壊力ありすぎ)

屈んだ瞬間に見えてしまった鎖骨が、またしても悶々とさせていく。なんなんだあれは、なんであんなにエロいんだ。

「欲求不満なのか?・・・オレ」

顔を引き攣らせ、米を研ごうと鍋に水を入れた。ジャーという水音とともに手を動かす。こうやって自炊めいたことをするのは何年ぶりだろう。
普段忙しくてカップラーメンか出前ばかりの生活を送っているせいか、妙に新鮮な気持ちになった。
米を研ぎ鍋に水を入れようとした段階で、どのくらい入れればいいのだろうと考える。そういえばお粥なんぞ作るのは生まれてこの方一度もない。

「・・・・・」

インスタントラーメンと同じくらいで大丈夫だろうか。

(まあ・・量が多くても問題ないよな、お粥だし・・)

難しい顔で蛇口を開き、ためらいつつ米を浸す。
蒼樹には大口を叩いたものの、実際は料理の「り」の字もよく解ってない。バイトで弁当屋の厨房に入っていたのは確かだが、基本ああいう場所はもともと出来ているのを詰めていくので、料理の腕自体は関係なかったりする。
とはいえ、作ると決めたからには男として弱音は吐きたくない。助けを求めるなんて言語道断、何よりカッコわるい。

(とりあえず、火にかけて様子を見るか。足りなきゃ後で水を足しゃあいいんだろうし)

肯き、鍋に蓋をしてコンロに乗せる。腕組みしながら沸騰するのを待っていると、しだいにグツグツと音がしてきた。福田はおそるおそる蓋を開けて、様子を見てみる。

「おお」

悪くない。なんとなくお粥が出来そうな雰囲気を醸している。
ただ火が強い気がするので少し弱め、米が焦げたら困るので水を少し足してみた。たったそれだけで全てうまく行きそうな気がして、福田は額の汗を拭いながら蓋を閉じる。卵でも入れてみようか、そんな冒険心もわいてきて冷蔵庫を開けてみた。

「うおっ・・」

思わず声を上げてしまった冷蔵庫の中は、卵どころか野菜も豊富に揃えられており、なにかを作り置きしたらしいタッパーもある。
福田宅の冷蔵庫では考えられないほどの充実ぶりに、驚くとともに感心した。初めて目にする調味料は、いつか食すであろう蒼樹の手料理への期待を膨らませる。
その頬が緩む瞬間、突然また寝室のドアが開いた。やましいことを考えていたわけではないが、咄嗟に冷蔵庫を閉める。

「な・・ど、どした」
「福田さんこそ・・あの、どうかしました?」
「なんで」
「・・だって、なんだかすごく驚いているように見えたので」
「あっ、あたりまえだろ。てっきり寝てんだと思ってたのが、こうしてノコノコ起きてくんだからよ」
「それは・・やっぱり気になってしまって」
「大丈夫だって言ったろ?ほら、ちゃんと作ってんだから」

顎でコンロの上にある鍋をさすと、蒼樹が目を瞠って「まあ」と声をもらした。予想外とでも言うように。

「福田さん、普段もご自分で作られたらいいのに。カップラーメンばかりなんて、体を壊しますよ」
「風邪ひいてるあんたに言われたくねぇよ」
「それは・・まあ、そうですよね」

蒼樹は少しバツが悪そうに笑ったあと、コホンコホンと咳こむ。

「そういや薬とか飲んだのか?」
「はい。市販のですけど・・買い置きがあったので」
「そうか・・風邪って聞いたから、とりあえずポカリとか買って来ちまったけど、なんかほかに欲しいモンとかあったか?あんなら買ってくるけど」

しゃもじで鍋をかき回しながら聞くと、蒼樹が目を丸くしてこちらを見ているのに気づいた。福田が怪訝な顔をすると、赤く染まった頬に手をあてて首を横に振る。

「いっ・・いえ、とくには」
「ん?なんか・・また顔が赤いぞ、熱上がったんじゃないか?」
「・・・ど、どうでしょうか・・」

落ち着かない様子でうつむく彼女に首を傾げ、福田は鍋の火を弱めると蒼樹に近づく。

「具合、大丈夫か?」

なにげなく額に手をあてようとした時、こちらを見つめる潤んだ瞳と目が合った。
体を屈めている福田の姿勢は、今からキスをしそうな格好にも思える。額に手が触れる寸前、それに気づいたお互いの心臓はドキンと大きく跳ねた。

「や・・ちがっ、ちがう!・・オレはただ熱を計ってやろうと思って」
「は、はい。わ、わかってます」

互いから目を逸らし、顔を真っ赤にした二人はじわじわと後ずさる。
一応恋人同士なのだからキスをしても問題ないとはと思うが、付き合うまでの時間が長すぎたせいか、そのタイミングがいまいち掴めない二人であった。

「とにかく・・出来上がったら持って行くから。それまで大人しく寝てろ、いいな?」

赤らんだ顔を隠すように蒼樹に背を向けると、福田は再びしゃもじで鍋をかき回す。
背後から「わ、わかりました」という声とともに彼女が寝室へ戻る音がすると、福田は複雑な熱をため息と一緒に吐き出した。

狼になりそうな自分を律して。




◆◇◆





寝室に戻ってすぐ、蒼樹はドアを背にずるずると崩れ落ちる。顔が湯気が出そうなほど赤いのは風邪のせいではない、キッチンにいる福田のせいだ。

(こんなのって、反則だわ)

いつも遠慮なくこちらをやり込める彼が、今日は優しい。もちろん口調は普段と変わらずぞんざいではあるが、ああもストレートに心配されるとは思わなかった。
おかげでさっきから動悸が激しくなってたまらない。と同時に、デートが潰れたのは残念だが、これはこれで悪くないなどと不謹慎にも思ってしまう自分も情けない。福田の前で、ついにやけてしまいそうな頬を押さえるので精一杯であった。

(ああ・・もう)

溢れる恋心をため息とともに吐き出して、唇を僅かに尖らす。戒めるように頬を軽く抓ったあと、蒼樹はベッドに腰かけた。
ふとドアの向こうから物音が聞こえる。食器でも探しているのだろうかとまた腰を上げたものの、ドレッサーに映った己の顔があまりにも緩んでいて、とてもじゃないが見せられない。
思わず隠れるようにベッドに潜り込み、もうすぐ聞こえるだろうノックの音を待ちながら、蒼樹は緩んだ頬を叩く。

けして冷めない熱を、その手に感じて。


ぶっきらぼうな声とノックの音。そして彼の優しさがつまったお粥は、刺激的なネギの匂いがした。




END


お粥は上手くいったけど、最後にネギ入れすぎて失敗・・だといいと思います。

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BAKUMAN


(bakuman....)





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