B akuman


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「は?・・風邪?」


朝イチでかかってきた電話に、福田は眉を寄せた。

『はい・・なので、ごめんなさい。今日のお約束はまた今度にしてもらえ・・』

そう言うやゴホンゴホンと咳をする彼女は、つい最近お付き合いをはじめたばかりの、蒼樹紅。
出会いから紆余曲折あったものの、意地っ張りな二人がようやく気持ちを確かめあい、新たな関係に踏み出したのがちょうど一か月前。
忙しさの合間を縫ってなんとか絞り出した共通の休日は、記念すべき初デートのはずだった。予定では。

「だ、大丈夫なのか・・?」
『昨日の夜から熱が出て、だいぶ良くはなってはいるんですけど・・まだ少し体調が・・』
「そうか、まあ・・仕方ないよな。病院は・・って、今日は日曜か。とりあえず寝てるしかねぇな、うん・・」
『ごめんなさい、ほんとうに』
「オレは別に・・・とにかく休んでろ。出かけるのはまた今度な」
『・・はい』
「じゃあ・・」

残念そうな蒼樹の返事を聞いて、福田は電話を切る。

「まじかー・・」

仕方ないと解っていても出てしまう、無念のため息。
窓の外は憎らしくなるくらいの快晴。本来ならばあと数時間後に蒼樹の家に迎えに行き、遊園地で一通り遊んだ後にランチを食べて、その後は福田のバイクで海岸沿いを走る・・などというこそばゆくも幸せな一日を送る、筈だった。
一日くらい甘ったるい世界に浸るのも悪くない・・そんなふうにも思っていたというのに。現実というのは、ままならないものである。
とはいえ蒼樹もまた、福田と同じく残念だろう。しかも自分の体調のせいでキャンセルというのも、彼女の性格からして落ち込みをさらに加速させてしまいそうだ。

「・・・ありえるな」

寝起きの頭を掻いて福田は布団から出ると、冷蔵庫から缶コーヒーを出して一口飲む。時計を見て、外を見て、また時計を見る。
テンションを上げるように「よし」と小声で呟くと、飲みかけの缶コーヒーを冷蔵庫にしまい、シャワーを浴びるためバスルームへ向かった。

せっかくの完オフに家にいるのはもったいない。有意義な休みの消化方法、それは、そもそもの目的を果たすのが一番である。

つまり、蒼樹と会うことだ。



◆◇◆



ピンポン、と呼び出し音に目が覚める。どうやらまた少し眠っていたらしい。蒼樹はゆっくりとベッドから身を起して、インターフォンの受話器を取った。

「はい」
『・・オレだ』
「・・・・え?」
『だから、オレだ・・福田だ』

第一声でもしやと思ったが、そんなまさかと反応出来なかった。けれどやはりそうらしい。

「ふ、福田さん?」

驚いて声を上げたとたん、ゴホゴホと咳が出る。インターフォンの向こうから聞こえる『おい大丈夫か』に、やはり間違いないと確信しながら受話器をまた耳にあてた。

「あの・・どうして・・ここに?」
『は?どうしてって・・そりゃアレだ、決まってんだろうが・・み、見舞いだよ』
「見舞い・・」
『迷惑だってんなら、別にいいけどよ。オレも・・ついでに寄ったってだけだし』
「い、いえ迷惑では・・ただ福田さんにうつしたらと思うと・・」
『は?風邪なんざガキんとき以来ひいたことねーよ。んなことが問題なら早く開けろっつうの、買ってきたポカリが重てぇんだよ・・』
「えっ!・・あ、ちょ、ちょっと待ってて下さい」

そう言い、やや慌ててオートロックの鍵を開けると、福田の返事を待たずに受話器を置いた。

(ど、どうしよう)

まさか来るなんて夢にも思わなかった。今日はもう会えないと思っていたのに、まさか来てくれるなんて。
けれど、デートをキャンセルした後、メソメソ枕を濡らしていたせいで瞼が腫れている。心配して来てくれたのが嬉しいが、汗をかいてシワのついたパジャマ姿を見せたくない。化粧どころか顔だって洗ってない。
蒼樹はあわてて洗面所に行き鏡を見る。髪の毛は大変な大騒ぎだ。ブラッシングしながら洗口液で口をゆすぎ、パジャマの上にカーディガンを羽織る。本当は着替えたいところだが、おそらくそうしている間に福田は部屋に着いてしまうだろう。
顔をバシャバシャと洗っている最中に来客を知らせるチャイムが鳴り、蒼樹はタオルで拭くのもそこそこに扉を開けた。

「はい・・どうぞ」
「おう」
「・・い、いらっしゃいませ」

なんとなく気恥ずかしくてカーディガンで、ぎゅっと前をとじる。ブラジャーを着けていないことに今さら気づいたのもある。
「これ」と差し出されたスーパーの袋の中身は、大量のポカリスエットとビタミン剤。そしてなぜか入っているネギ。訝しげな蒼樹に気がついたのか、福田が口を尖らす。

「風邪っていったらネギだろ、普通」
「えっ・・あれって迷信なんじゃ」
「バカ、ばあちゃんの知恵なめんな。民間療法だろうと効果があるから広まってんだろ」

バカ、と言われていつもなら言い返すところだが、今日は風邪のせいか頭が働かない。福田はおもむろにネギを袋から取り出すや、蒼樹の首に真横にあてた。

「・・?・・たしか、首に巻くんじゃなかったか?」
「さあ・・でも、どうやって?」
「なんだ蒼樹嬢も知らねぇのかよ・・つかえねぇな」

どうやら持ってきた福田自身もよく解ってなかったらしい。ぶつぶつ言いながら軽く曲げてみるが、うまくいかないようだ。思いのほか近づかれてしまい、蒼樹の心臓が大きく跳ねる。
その瞬間強く曲げられすぎたネギは、パキンと音を立てて真っ二つに折れてしまった。

「あ」

咄嗟に口を手で押さえる。
福田は眉間にシワを寄せていて、その頬は微かに赤い。ニット帽の上から親指で頭を掻くと、照れ隠しなのかやや乱暴にネギを袋に戻した。

「・・・んだよ、しまらねえな」
「あ、でも・・ネギはいろいろ使えますから、大丈夫です」
「そりゃそうだろうが・・まあ・・うん」
「・・・・・」

ふいに目が合い、福田の視線がこちらを捉える。じぃっと探るように見た後、ぽつりと「赤いな」とこぼした。

「蒼樹嬢、まだかなり熱あんだろ」
「え、どうでしょうか・・かなり下がったとは思いますが」
「顔、真っ赤だぞ。こんなとこ突っ立ってないで、早く布団に戻って寝ろ」
「は、はい・・」

確かに熱はまだある。けれど顔が赤いのは風邪のせいだけとも言い切れず、半分はあなたのせいですと、心の中で呟いた。

「そういや、なんか食ったのか?」
「いいえ、まだ食欲がわかなくって・・もう少ししたら食べようと思います」

福田は「そうか」と呟くとやや暫く黙りこみ、何を思ったか靴を脱ぎ室内へと足を踏み入れる。驚いて目を瞠る蒼樹を背に、小奇麗なキッチンへ向かった。

「えっ?ふ、福田さんっ?なにをっ・・」
「せっかく来たんだ、お粥くらい作ってやるよ」
「お粥・・?福田さんが?」

作れるの?という心の声が聞こえたのか、福田は不敵に口の端をあげて蒼樹を見る。

「言っとくが、弁当屋のバイトで厨房に入ってたこともあんだよ。見くびんな」
「そうなんですか・・?意外です」
「わかったら、とっとと布団入って寝てろ。出来たら持ってってやるから」
「でも・・」
「病人はうろうろしてんな、邪魔くせえ」

そう言って腕まくりする彼に追い出されて、蒼樹は寝室へと戻ってきてしまう。
ドアごしに聞こえる福田の様子が気になり、ゆっくり布団に入ることも出来ない。けれど熱のせいでふらつく体は休息を求めていて、蒼樹は咳きこみつつベッドに腰かけた。




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BAKUMAN


(bakuman....)





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