B akuman




ふと、何か感づいたらしい香耶がおそるおそる聞く。

「あの・・もしかして福田さん知らなかったんですか?」
「な、なにをだよ」
「蒼樹さんの誕生日・・」
「は?なん・・なんでオレが蒼樹嬢の誕生日を知らないといけねぇんだ。別にんなこと知り合う間柄でもねえし!一昨日がそうだからって、オレには関係ねえし!」

思わず険しい顔で香耶と高木を見るが、隠しきれない動揺が頬を赤く染めていた。
そんな福田を見て、二人は躊躇いつつも助言する。

「でっ・・でもまだ間に合うと思いますよ。まだ一昨日のことだし、蒼樹さんもきっと恥ずかしくって自分の誕生日のこと言いづらかったと思う。ほら、そういう人でしょ?蒼樹さんて」
「そうですよ福田さんっ。大丈夫ですって、遅れてゴメンって言えば蒼樹さんきっと喜んでくれますって!」
「だっ、だからっ・・なんだよっ!オレには関係ねぇって言って・・」
「んもう!そんな意地張らないで」
「張ってねぇよ!」

『張ってるよ』と二人の心の声が一致する。そもそもこんな乙女チックな店にいる段階で福田の意図はだだ漏れなのだが。まったくもって意地っ張りである。
そんななか、店員のほがらかな声が場に響いた。

「お待たせしました。こちらでいかがでしょうか」

大輪のカーネーションの花束は、花びらをイメージした上品なラッピング。白いリボンは風に揺れて、金糸で『HAPPY WHITE DAY!』と刺繍されてある。それを複雑な気分で見ながら、福田は財布から一万円を出し店員に渡した。
今からでもこのリボンを『HAPPY BIRTH DAY!』にかえてもらえないか、そんなことを思うも高木達の手前言い出せない。渡された釣りをポケットに突っ込むと、福田は花束を握り締め「じゃあな」と店への入口に向かう。
足早に去っていくその背中に、香耶はおおげさに声を出した。

「あ〜っ!そういえば蒼樹さん今日と明日は家でネームするって言ってたな〜!」
「カ、カヤちゃん?急になに?」
「えっと、あたしの勘だけどあれはきっと家で誰かを待っているってことだと思うの。ほら明日ホワイトデーだし。ねぇ?秋人さんもそう思わない?」
「えっ?あ、そっか。そうだな、ぜひ行ってあげてほしいよな〜。誕生日とホワイトデーのW祝いってことでさ!」

かなり見え透いた煽りをしてくる二人に、福田はぴたと足を止めると振り返って高木らを睨んだ。

「・・うっせーぞ、おまえら」

言い放って中庭から出て行った福田の顔が耳まで赤くなっていたのを確認すると、二人はどちらともなく顔をあわせ苦笑したのだった。








◆◇◆




「ほら」

そう言って差し出さした花束を見て、蒼樹は目を丸くする。
信じられないものを見るように福田を見て、もう一度カーネーションを見る。それを何度か繰り返した後、そっと花束に手をのばした。

「あの、これ・・」
「見りゃわかんだろ、花だよ。いいからとっとと受け取れ」

押し付けるように蒼樹に渡すと、福田は居心地悪そうにニット帽を目深にかぶって、次に背後に持っていた箱も差し出す。
どうみてもケーキと分かるその箱は、さっきから甘い匂いを二人の間にかもしていた。

「あ、ありがとうございます」
「・・おう」

オートロック式のマンションの入口で、お互い次の言葉が見つからなくて黙り込む。
夕暮れが建物を染めて、向かいの公園では子供達が家へと帰る姿が見える。春とはいえまだ寒いこの時期は吐く息も白くて、揺れた呼吸が触れ合うのが見えた。
福田は乾いた下唇を軽く噛んで、口の中の唾を飲み込む。本来の目的は、自分の気持を打ち明けることだった。バレンタインでもらったチョコレートのお返しというのは切っ掛けに過ぎない。
目の前の蒼樹は白いストールを肩に掛け、ピンクのカーネーションを手にうつむいている。恥じらうようなその表情に、福田の鼓動は速まった。

「その・・誕生日、だったんだって?」

蒼樹の目がぱちっと瞬いて、福田を見上げる。

「知っていたんですか?」
「今日・・いや、さっき知った。けどいきなり誕生日って聞いてもケーキくらいしか浮かばねぇからよ」

だから、とケーキの箱を指差した。蒼樹は頬を緩ませて、くすっと笑う。

「あの、見てもいいですか?」
「え、ケーキを?・・なんで今」
「?その反応、なにかあるんですか?」
「いや、べつに・・見たきゃ好きにしろよ」

気まずそうに苦笑いする福田に首をかしげ、蒼樹は花束を脇に持ってケーキの箱をそっと覗く。次の瞬間、蒼樹は目を見開いた。
そこにあったのは、四角い箱に一面に敷き詰められたモンブラン。マロンクリームと上にのったマロングラッセ、ざっと見るだけで10個近くはありそうだ。思わず福田を見ると、気まずそうに顔を背けている。

「しょうがねぇだろ・・ショートケーキがなかったんだよ。フランス菓子だからどうたら言われてよ、妙な名前のケーキばっかだったからモンブランしか頼めなかったんだ」
「べ、別になにも言ってませんけど」
「言いそうな顔してたろ、だから先に言ったんだよ」

ぶっきらぼうな言い方に、蒼樹は耐え切れず吹き出した。

「なんだよ」
「うふふ、だって・・だってもし私がマロンクリーム嫌いだったらどうするのかしらって思ったら、おかしくて・・ふふっ」

福田がギョッとした顔でケーキを見るので、蒼樹は笑いながら首を横に振る。

「違いますよ、モンブランは大好きです」
「チッ・・驚かせやがって。だったらいいじゃねぇか・・ったく」
「ごめんなさい、でもこんなにいっぱいのモンブラン見たら、ついそんなことを思ってしまいました。悪趣味ですね、失礼しました」

こほんと咳払いを一つして、蒼樹は微笑む。柔らかなその表情に福田の胸が跳ねたが、今のモンブランのせいで告白する空気じゃなくなってしまった。
がっかりしつつも少しだけホッとして、福田はため息をつく。プレゼントを喜んでくれただけで今日は充分だろう。ピンクのカーネーションを抱える蒼樹の姿が思った以上に絵になるのも分かったし、色々大変だったが上々であったとしよう。
自分自身を納得させて、福田は時計を見る。時刻は6時をさすところだった。夕暮れは夕闇へと近づいて、さっきよりも風が強くなってきたのを感じる。

「さみーな・・もう部屋戻っていいぞ。オレももう帰るわ」
「あ、はい」
「そんじゃ、まあ・・なんつーか、おめでとうってことで」
「ありがとうございます。ケーキもお花も嬉しかったです」

ぺこっと軽く頭を下げて、蒼樹の髪が揺れる。それを見ながら福田はバイクを置いてある方へ体を向けた。

「じゃ、またな」
「・・・あの、福田さん」

呼び止められて振り返る。蒼樹はカーネーションの花束を見つめ、はにかみながら口を開いた。

「カーネーションの花言葉って・・知ってます?」
「花言葉・・んなもん知るわけねぇだろ」
「じゃあ、後で調べてみてくれませんか」
「は?・・なんで。蒼樹嬢が知ってんなら別にいいじゃねぇか、オレはその手のことには興味ねぇや」

じゃあな、と軽く手を上げて歩き出した時、蒼樹が福田の背に向かって囁くように告げた。

「興味なくても調べてくださいね、それが私の気持ちですから」

パタン、とドアが閉まる音がして再び振り返る。既にそこに蒼樹はいなかった。部屋にもどったらしい。
福田は微かに眉を寄せたものの特に気に留めることはなく、また歩き出す。
公園を横切ってバイクへと戻ると、なにげなく蒼樹の部屋を見上げる。そこに電気が点るのを確認すると、福田は緩んだ口元に気づかずエンジンをかけた。



カーネーションの花言葉は「感謝」と「熱愛」

後日、それを調べた福田が激しい動揺と混乱に陥ったのは言うまでもなし。





END

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BAKUMAN


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