B akuman







中庭というにはやや小ぶりなそのスペースに、こじんまりとした緑のテントと木製のテーブルがある。
テーブルの上には色とりどりの小さな花束が置いてあり、奥のテントにはいくつもの花器に赤やらピンクやらの花が生けてあった。
店の前にはメッセージボードがあり『ご用途にあわせてアレンジメントします』と丸文字で書いてある。福田はそれを見止めると満足したように小さく肯いた。
他の客は木製テーブルの前で花束を選んでおり、店員はテントで花の水を取り替えている。今なら『ホワイトデー用に』と注文しても誰も聞いていないだろう。
テントの前に立つと、自分の存在をアピールする為と2、3回咳払いした。水色のエプロンをした店員はすぐに気づいて「はい」とにこやかに近づいてくる。

「いらっしゃいませ、なにかご用途はございましたか?」
「ん・・あ、ああ。その・・ホ、ホワイトデー用に一つ」
「かしこまりました。どのくらいの大きさでお作りしましょう、お使いになりたい花やお色目のご希望はございます?」
「色?色は・・そうだな、あんま派手じゃない方がいい。大きさは、あんまデッカイのも困る。とりあえず手にこう・・ちょうど収まる程度のだな・・」

両手を使いジェスチャーで大きさを伝えようとした時、「わー可愛い!」という甲高い女の声と共に背後の扉が開いた。「こっちも可愛いー」とか「見て見て!」という女の声が福田の癇にさわり、思わず眉尻を跳ね上げ振り返る。
女だけかと思いきやどうやらカップルだったらしい。軽く舌打ちして男の方を軽く見ると、相手もこちらに気づいて目が合った。

「・・・ん?」
「え?」
「あれっ?」

見覚えのある顔に3者同時に声を出す。カップルの男は亜城木夢叶の一人、高木だった。女の方は高木の嫁で福田も何度か会ったことがある。

「福田さんじゃないですか、すごい奇遇ですね」
「こんにちは!お久しぶりですっ」
「お?おお、ぐ、偶然だな・・」

にこやかに腕を組んだ二人が福田に近づいてきて、福田は顔が引き攣った。なぜこんな時にこんな場所で知り合いに会ってしまうのか、偶然とはいえ運命の不条理さを噛み締める。
高木の嫁である香耶は小ぶりな花束を持っていて、どうやらそれを買うらしい。手にはさっき福田が買うのをやめた籐カゴのクッキーを持っている。リボンがかけられているのを見るに、もう精算済みのようだ。福田はその大きなリボンを見て、買わなくてよかったと胸を撫で下ろした。
しかしその福田の視線を香耶は勘違いしたらしく嬉しそうにカゴを福田に見せる。

「ここのラッピング、ほんと可愛いんですよ。お菓子も美味しいんですけど、ラッピングのセンスも大好きでよく来るんです。ねっ秋人さん?」
「え?あ、うん。確かにカヤちゃんが好きそうな可愛い系だよね・・はは」
「へ・・へぇ」

福田は高木も自分同様このメルヘンな世界に違和感があるらしいのに気づいて、妙な連帯感を覚える。高木も同じらしく気まずそうに笑った。
男同士の暗黙の了解もあり、高木はあえて福田がここにいる理由を問わないでいてくれる。できる男だ、空気の読めるヤツだと、ひそかに感謝しつつこの場を去るタイミングを見計らっていると、そんな福田の内心を嘲笑うかのように残酷なひと言が背中を刺した。

「お客様、プレゼントでしたらメッセージカードをお付けしましょうか?」

店員の呑気な声に福田の全身は固まった。その手にはピンクのガーベラとスイートピー、可愛らしいクマの刺繍が入った赤いリボン。気まずいといったレベルじゃない、穴があったら入りたいという言葉がこれほど身に染みることはないだろう。

「わぁ!可愛い」

福田が何か言うより早く、香耶が花束を見て嘆声をもらす。キラキラとした瞳を向けられ思わず目を逸らすと、福田の様子にピンときたのか、香耶の視線が意味ありげに光った。

「あ、もしかしてこの花・・」

ぎくりとして額に汗が滲むと、福田は動揺を隠すように眉間にシワを寄せて店員を振り返る。

「だっ、だからこの花じゃなくてっ・・そう!そこのカーネーションだよっ!おふくろにって・・・言った、だろ?」
「えっ?そ、そうでしたか?・・申し訳ありません。あの、カーネーションは今日ピンクしか入荷してませんが宜しいでしょうか」
「ピン・・ピンクか・・。いや、うん・・まあ、それでいい」

なんて無理矢理なんだと福田は内心落ち込んだ。咄嗟に出たとはいえ、なぜ正直にホワイトデーと言えなかったのか。恥ずかしいというなら、広島にいる母親にこんな店で花束を買うほうが、ある意味恥ずかしいのではないか。
しかも3月にカーネーションとはなんだ。母の日はまだ2ヶ月も先だろうと、心の中でむなしくツッコミを入れる。けれど言ってしまった手前顔には出せず、強気な顔を高木らに向けた。

「いや、あれだ・・なんつーか、去年たしか母の日贈ってねぇなって・・さっきこの店通りかかった時に思い出してよ。なんか、ほら、花屋もあるって・・通りがかりの奴が言ってたんだ。それ聞いてちょっと入ってみっかなって・・だから、そういうことだ」

誰も聞いてないのに苦しい言い訳を始める福田に、高木と香耶は「そ、そうなんですか」と曖昧に笑う。気まずい沈黙が3人の間に一瞬流れたが、何かを思い出すように香耶が「あ、そうそう」と手を叩いた。

「このお店、2号店がもうすぐ三鷹に出来るらしいですよ。そっちはレストランもやるみたいで外装もシックでステキだったなぁ」
「あ、それってこの前見た工事中のあの店?たしかに外観は雰囲気あって良かったよな!」

やや不自然な話の変え方ではあるが、あえて花束に触れてこない二人の心遣いが福田には嬉しかった。
とりあえず話を聞いているフリをして、福田は店員が作っているカーネーションの花束を蒼樹にあげていいものか悩む。

「そう、あのお店。来週には完成するらしくって、もう一週間早かったら蒼樹さん誘って誕生祝したかったねって美保と言ってたんだ」

しかし今さら他の花束を頼むのもおかしいだろう。ホワイトデーにカーネーション、なんだか妙な組合せだなと一人悶々としていると、福田の耳に聞き捨てならない重大な事案が引っかかった。

「あ、そっか。一昨日だったっけ?蒼樹さんの誕生日」

のほほんとした高木の声に、頭の中の時が止まる音がした。
誕生日?誰が?蒼樹?蒼樹嬢の誕生日がいつだって?一昨日?今日は13日だから・・・つまり。

「11日・・・・?」

怪訝な顔で高木らを見ると、二人とも「えっ?」と声をそろえて小さく叫ぶ。

「どうしました?福田さん」
「・・・いや、今・・11日が、いや一昨日が・・誰の誕生日って?」
「え?蒼樹さんの・・あの、福田さん?」
「マジか」

マジなのか。

雷に撃たれたような衝撃に体中の力が抜けていく。
ホワイトデーとかそんなバレンタインデーの添え物記念日じゃない、誕生日だ。人生におけるアニバーサリーだ。記念日中の記念日ではないか。そんな大物を完全に見送っていたとは。
まだ冷たい春風がひゅうと音をたてて頬に触れる。ぴりぴりとしたその感覚は、まるで平手打ちされたような痛みに似て。なんともいえない敗北感に福田は肩を落とした。



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BAKUMAN


(bakuman....)





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