B akuman







寄せた眉間のシワ、無意識に入ってしまう肩の力、飲み込む唾の音。福田は鼻から大きく息を吸いゆっくりと外へ吐き出す。

目の前に立ちはだかるのは都内某有名パティスリー。その甘い匂いの建物は、福田にとってさながら敵の本陣。もしくはけして踏み込むことのなかった緑の魔境。
とにかく本来なら全く来る事のなかった場所である。

入口に立つことおよそ3分。なかなか踏ん切りがつかないが、そろそろ入らねば不審者と思われてしまう。現に店員らしき女が一瞬福田に怪訝な視線を送った(気がする)。

(・・グダグダ考えてもしかたねぇ、パッと買ってパッと帰りゃいいだけだ!)

口を引き結びポケットのなかの拳を握り締めると、緊張のそぶりも見せないようニット帽を目深にかぶり、強がった足取りで福田は建物の入口を通る。
プロヴァンス風の明るく華やかな建物は、内装も女性に好まれそうなアンティーク調で。塗壁にパイン材の床、天井の飾り梁と木製の雨戸など、おとぎ話に出てきそうなメルヘンチックな趣を感じさせる。
そして、アウェイ過ぎるその雰囲気に福田の頬は引き攣った。


今日は3月13日。男にとっての悩みの種である、ホワイトデー前日。
福田もまた、難儀する男の一人であった。




◆◇◆



1ヶ月前のバレンタインデー、福田はチョコレートを貰った。

相手はあの、蒼樹紅。
挨拶代わりに持ってきたと言いつつ、彼女が差し出したのは手作りチョコレートだった。
福田の衝撃は大きかった。
蒼樹とは親しくしているが男女の関係ではない。しかし友人とも言えない、はっきりとしない微妙な関係だ。周囲には「仲間」をアピールしているが、福田のなかではずっと前にそれを飛びぬけてしまっている。
いいな、と。実は思っていた。しかし出会いから衝突が多かっただけに、今さら素直になって相手を口説くのも抵抗があった。

バレンタイン、まさかの蒼樹からのアクションに福田は正直焦った。もちろん嬉しいは嬉しいのだが、女側からリードされてしまったようで少し悔しくて。もっと早く行動しておくべきだったと後悔した。

蒼樹はハッキリと好意を示してはいないが、手作りを持ってくるくらいである。ほぼ本命と思っていいだろう。「挨拶がわり」なんて言葉を使ったのはある意味で彼女らしい。まったく素直じゃないというか分かりづらい。
しかしここは男の福田から折れて、次のホワイトデーにはがっちり気持ちをアピールしてやろう。男らしく、堂々と。

そういうわけで福田は本日、意気込んで蒼樹へのお返しを買いに来たのである。



「いらっしゃいませ」という店員の軽やかな声を流して、福田はまっすぐ店の中央にある『ホワイトデーコーナー』へ向かう。
安岡情報によると、この店はカリスマパティシエがいる高級フランス菓子専門店だかで、今若い女にかなり人気らしい。ここの包装紙の品を渡せば「間違いないっスよ!」と言われて来たが、福田は早くも後悔していた。

(・・・な、なんだこりゃ)

ハートマークの風船に囲まれた台の上に、ひしめくように並ぶクッキーやキャンディ、フルーツケーキやチョコレートの詰め合わせ。飾り付けのピンクのリボンにバラの飾り。小さなウサギの人形が「LOVE」と囁くメッセージカード。
甘い、甘すぎる。見ているだけで胸焼けしそうに甘ったるい。これを買えというのか、オレに。このオレに。
赤面と同時に青筋が額に浮かびそうになりながらも、福田はなんとか耐える。とにかくここまで来たのだから選ばねば。これで帰ったとしても結局どこかで買わなければならないのだから。
とりあえず目についた一番大きな品を手に取ってみる。籐のバスケットの中に様々な種類のクッキーが詰められており、見栄え的にも豪華だ。これなら手作りチョコのお返しとして問題ないだろう。

(よしこれだ。これにしよう)

バスケットの持ち手を握り締めた時、ふいにクッキーの下にあるレースの敷物に目がいく。繊細なレースに縁取られたピンクのサテン地、ハートマークのメッセージカード。ピンクのガーベラの造花がひどく少女趣味に思えて、福田は気まずくなってバスケットを戻した。
こんな乙女チックな品を贈ったら、どんな趣味なんだと引かれそうだ。もっとシンプルなものはないのか、もっと買うのに抵抗がない商品はないのか。
忙しく視線を動かし、シンプルな白木の箱を見つける。しかしそれも可憐なマーガレットがレースのリボンと共に飾り付けられている。
隣にあった焦げ茶の箱には包装紙に「I LoveYou・・」と書いてあり、気恥ずかしさから諦めた。

(・・・どんな罰ゲームだよ。マジでこの中から選べってのか?ブリブリのピラピラをオレに選べってのか?)

頑張って手に取ろうとしても指に拒絶反応が出て動かない。顔を上げると店員と目があってニッコリ微笑まれた。このままでは「なにかお探しですか?」と来られそうで福田は焦る。
赤い血もピンクに染まりそうな甘ったるい世界から今すぐ去りたいが、このまま帰るのは逃げ出すみたいで悔しい。この乙女な空間に男として爪痕くらいは残しておきたい。
もはや蒼樹へのお返しよりも男としての矜持を優先する福田だった。

とりあえず店内をざっと見回す。それなりに混雑しており若い女のほかカップルと思しき二人連れ、上品そうなマダム。よく見ると花束を持っている客が多いのに気づいた。
訝しく思うと、どうやら店外に小さな花屋を併設しているらしい。レジの近くに木の扉があり、そこから中庭へ出れるようになっている。花屋はその中庭で営業しているようだった。

(花・・・か)

花を贈るという手もある。普段ならそんなキザな真似と鼻で笑うところだが、ぶっちゃけこの乙女チックな菓子を買うより花束を買うほうが抵抗が薄い。
花を買って堂々と店から出て行けるのなら、逃げるわけではないので福田も一先ず納得できる。蒼樹も花束を貰って悪い気はしないだろう。女は昔から花が好きと相場が決まっている。
折りよく他の客が中庭へ続く扉を開けたので、福田はひそかに唾を飲みつつ自分もその後に続いた。

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BAKUMAN


(bakuman....)





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