B akuman






だって仕方がないだろ。
オレにはあんな真似できねぇよ。

編集から逃げる為にポルシェを買い替えたり、あんな公衆の面前で涙ながら告白をしたり。
恥ずかしいとかカッコ悪いとか、そういうの全部越えちゃったあの行動は単純にすげーなって思うわけで。他のヤツはどうか知らねぇが、オレにはムリだ。
いや普通ムリだろ?あんな真似。できねぇよ。


だからあの時、敵わねぇなって、笑うしかなかったんだ。




◆◇◆



テーブルには空いたグラスと食べ残しの皿。さっきまで騒がしかったこの場所は、今は祭りの後のよう。
小洒落た洋風居酒屋の個室スペース。間接照明と落ち着いたBGM、壁に掛かっているのは横文字のメニューとモノクロ写真。福田は妙な居心地の悪さを感じる。
普段こういった店に行きつけてないせいもあるが、一番の原因は右隣にいる蒼樹の存在。正確にはイス一つ空けての隣だが。


少し前までここはちょっとした宴会場であった。付き合いは長いがプライベートでは接点のなかった仲間達の、初めての会合場所だった。
いわゆる『福田組』での初飲み会。最初に話が出たのは連載表彰式でのこと。高木が「お祝いもかねて近々また集まりましょう」と言い出して、その場にいた亜城木の二人と新妻のほか平丸や高浜、もちろん福田もすぐに同意した。
ライバルでもあるが同じジャンプで連載する仲間、こういう機会は大事にしたい。話はトントン拍子に進んだが、全員が集まる日を決めるのに難儀して結局集まったのは3ヵ月後の今日だった。

秋名はこういう場を好まないらしく欠席。一応声をかけた静河は担当経由に欠席の返事があった。
時間は19時に店集合だったが、それぞれ忙しく始まったのは20時。一番乗りは意外にも新妻で、こういった飲み会は初めてだったらしく楽しみにしていたらしい。
その後亜城木二人と蒼樹が続き、高浜と福田が入店。こういう場が一番好きそうな平丸は原稿が遅れているらしく「上がりしだい行きます」とやや不安な言づてを蒼樹にして遅刻であった。

はじめ硬さがあった空気もアルコールが進むと同時にそれもほぐれ、飲み会は楽しいままお開きの23時を迎えた。
次回の約束をして、さあ帰ろうと支度をするなか蒼樹だけが「残ります」と席を立たなかった。どうやら平丸からの連絡待ちらしい。一時間前に「もう少しです」とメールが来てから連絡が途絶えている。
何度電話しても『お客様のおかけになった番号は・・』となるあたり、恐らく担当に電源オフにでもされているのだろう。待つだけ無駄だからと帰ることを促したが、蒼樹は肯かなかった。やはり恋人としては心配らしい。
「連絡が来たら帰りますから」と言われたものの、こんな遅い時間に酔った女を一人残しておくのも気がひける。表面上はそれほどではないが蒼樹は間違いなく酔っていた。普段以上の頑なさがそれを物語っていた。

既婚者の高木と彼女持ちの真城はおいて、新妻はかなり酔っていたし殆ど面識のない高浜と二人きりというのも互いに気を使うだろう。福田はバイクで来たのもあってアルコールを口にしてなかったし、蒼樹とは些か縁もある。
そんなわけで彼女の事情に付きあうこととなったのだ。



ワイングラスを唇にあて、ゆっくりと傾ける。上下する白い喉を見て福田はため息をついた。

「おい・・飲みすぎじゃねぇか?」

グラスをテーブルに置くと、蒼樹はアルコールで緩んだ目元をこちらに向けた。

「・・・そうですか?自分だとよく分からなくて」
「もう充分飲んでるよ。そろそろ止めといた方がいいんじゃねぇか?言っとくがオレは介抱なんざしねぇからな」
「失礼ですね、介抱されるほど飲みませんから」
「そういうの鏡見て言えよ、酔っ払いの顔しやがって」

近くにあった空のグラスにウーロン茶を注いで蒼樹の前に置く。眉間にシワを寄せて近くにあった食べ残しのフライドポテトをつまみ、福田は時計を見た。23時31分。あいかわらず蒼樹の携帯は鳴らないままだった。
連絡は来るのか、結局来ないでこのまま帰ることになるのでは。そんな福田の心配をよそに蒼樹はテーブルに携帯を置いたまま、また一口ワインを飲む。

「そういえば、どうして福田さんウーロン茶なんですか?」
「あ?はじめに言っただろ、オレは今日バイクなんだよ。修理に出してたバイクを取りに行ってから来たからな」
「・・なにも今日取りに行くことないんじゃないですか?せっかくの集まりなのに」
「しゃーねぇだろ、修理店が明日休みだっつうし。ほんとはバイク置いてから来る予定だったんだよ、でも道混んでて直で来たほうが早かったんだ」
「でも普通、みんなでお酒飲むっていう日にバイクとか車で来ませんよね?場の雰囲気が壊れるじゃないですか」
「うるせぇなぁ・・なんだよ絡むなよ。絡み酒か?いちいち面倒くせえな」

舌打ちしてウーロン茶を飲むと、それを見た蒼樹が突然笑った。福田は怪訝な顔で視線を返す。

「・・・なんだよ」
「いえ・・なんでも。ふふ、ごめんなさい」
「気持ち悪いな。何なんだよいったい」
「だから・・・ふふ、懐かしいなって」
「はあ?」
「ほら、そういう福田さんの顔。久しぶりだなぁって思ったらつい可笑しくて。前は・・・よく見てたなぁって、ふふふ」

ワイングラス片手に笑いが止まらない蒼樹は、どう見ても酔っ払いの笑い上戸にしか見えなくて。福田は呆れ顔で側にあったワインボトルを取り上げた。

「とりあえずもうウーロン茶にしとけ。オレは酔っ払いの相手するために残ったんじゃねぇんだ」
「別に酔ってなんかいませんよ、ちょっと昔のことを思い出しただけです。昔こうやって二人でよく会ったなぁ・・って」

蒼樹は不満げにしながらも、どこか遠い目で呟く。その態度に眉を寄せつつも、福田は今さらだが蒼樹と二人きりであることを意識した。

確かにこうして話すのは久しぶりだった。以前蒼樹のネームを見てやっていた時は、頻繁ではないが何度かファミレスで会って色々と話をしていた。そういえば『福田組』の中で一番漫画以外の話をした相手かもしれない。
一時期は電話も毎晩だったし長電話に雄二郎が不審に思うほどだった。蒼樹とは最初は反目しあったが親しくなると妙に気が合うというか、異性でここまで打ち解けた相手は初めてだった。

それがいつからか電話もしなくなった。
理由は考えるまでもない、平丸の存在だ。いくら親しくなったとはいえ彼氏持ちに気軽に電話はしづらい。別に蒼樹に何か言われたわけではない、福田も何か言ったわけではない。お互いどこか気をつかい合うようになって、自然に今までの関係が保てなくなった。
だから今こうして二人でいることに、福田もまた懐かしさを感じていた。

「・・・つうか『そういう顔』ってどんな顔だよ」
「だから、その顔ですよ。面倒くさそうなウンザリ顔。こうやって眉間にシワを寄せて・・」

言いながら自分もシワを寄せる蒼樹に、福田は思わず吹き出す。

「なんだその顔」
「ですから福田さんの真似です。痛いところを突かれるとこういう顔をするんですよ?ふふ、知ってました?」
「しねーよ、そんな顔。アンタだって自分じゃ気づいてねぇだろうが、たまにえらくムカツク顔すんだぞ?こうやって片眉上げて・・なんての?人を人とも見ねぇっつうの?」
「なんですかその顔。ちょっと大げさじゃないですか?私はそんな嫌そうな顔しません」
「いいやするね、ほらその顔!くっそー今鏡あったらな、見せてやれんのによ」
「そうやって人に指さす所とか変わりませんね。前も言いましたけど、それ本当に止めたほうがいいですよ。失礼ですから」

そう言って蒼樹は残ったワインをくいっとあおる。不愉快そうな横顔だったが、グラスを置いた時には口元は緩んでいた。

「私たち、いつもこんなふうですね。もっと和やかにお話したいのに・・」

笑顔のなかに微かだが自嘲が含まれているのに気づくと、福田は見てはいけないものに思えて目を逸らした。



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BAKUMAN


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