B akuman


polish




思いのほか仕事が早く上がり、いそいそと恋人のもとへ向かう。

お土産にプリンを買って「近くまで来てるんです」と電話すれば、彼女は「今からですか?」と少し困った声を出した。
取り込み中だったかと心配したが「いいですよ」と訪問を了承してくれて。平丸は久しぶりに会える嬉しさにウキウキと呼び鈴を鳴らした。

「はい、どうぞ」

ドアを開けた蒼樹がいつもどおり笑顔で、ホッとする。お土産を渡すと嬉しそうに「ありがとうございます」と受け取ってくれた。
もう何度か訪れたことのある彼女の部屋は、女性らしく上品な佇まいで平丸を満ち足りた気持ちにさせる。
ふと、テーブルの上にマニキュアがあるのに気づいた。塗っている途中だったのか蓋が閉まってない。手に取ろうとした時、蒼樹が恥ずかしそうに近寄ってきた。

「ごめんなさい、しまい忘れてました」

蓋を回し閉めて化粧箱にしまう。よく見れば、爪は塗りたてらしくキレイなピンク色だった。
平丸はめずらしいものを見るようにじっと見て、思わず「きれいです」と呟く。蒼樹の白い手の指先に染まったそれは、桜貝のように可憐だった。
手を見られることが恥ずかしいのか、蒼樹の頬が染まる。

「あ・・ありがとうございます」
「もしかして塗っている最中だったのでは?そんな時にお邪魔してしまってすみません」
「いえ、手はもう塗り終わっていたので。速乾性のものですから乾くのも速いですし大丈夫ですよ」

そうですか、と返す平丸の視線は裸足の足元へ向かう。『手は』終わったが足はまだ途中だったようだ。右足の小指だけ塗りかけの状態でいるのに気がついた。
蒼樹は平丸の視線に気づかず、部屋の窓を開ける。ふわりと風がスカートを揺らし、ふくらはぎがチラリと見えた。いつもより無防備に思えるその姿に、平丸の胸は高鳴る。

「足は、もう塗らないんですか?」
「え?・・やだ、見ないでください。恥ずかしい」

頬を染め軽く咎めるようにこちらを見る。その姿はなんとも可愛らしい。普段は見せてくれない隙を垣間見た気がして、平丸もついつい付け入りたくなる。
つき合って時間は経っているが、こんな蒼樹を見るのはめずらしい。彼女はいつだって完璧で、いまだキスするタイミングも掴みきれていない。もちろんすることはしているのだが、お許しをもらうのも毎度一苦労なのだ。

「ほんとうは靴下とかストッキング履きたかったんですけど、まだ指のマニキュアがちゃんと乾いてなくって。除光液で一旦落として、とも思ったんですが・・その、めずらしく上手に塗れたものですから崩すのがもったいないように思えてしまって・・」

蒼樹は決まる悪そうに言うと、お茶淹れてきますねとキッチンへと向かう。とっさに平丸はその肩を掴んだ。

「まだ乾いてないなら、手作業は止めておいたほうがいいのでは」
「え、でも」
「僕がかわりにやってあげます」
「いえそんな、ほとんど乾いてますから気をつければ大丈夫ですよ」
「急に押しかけた僕が悪いんですから。任せてください、ユリタンはどうぞ座ったままで」

そう言って手を取ると、リビングへ戻し座らせる。やや不安げな表情の蒼樹に大きく肯くと、平丸はキッチンではなくさっきマニキュアをしまった化粧箱の前に座った。

「えっ?平丸さんなにを・・」
「なにって、足の続きを僕がやろうと思ってるんですが。マニキュアまだ途中ですよね?」
「そ、そんなことお願いしてはいないんですけど・・あの聞いてます?」
「わかってます。でも僕はユリタンの恋人として、痒いところに手が届くような甲斐甲斐しい存在でありたいんです」
「でしたら、お茶を淹れて下さるほうが・・」
「それはもちろんこの後に」

きっぱり言い切って引き出しからマニキュアから取り出す。
女性の化粧箱を触るなんてといつもならお叱りがとぶのだが、今日の蒼樹はいつもより腰が引けている。こちらの強引さに戸惑っているのもあるが、それより無防備に素足をさらした自分にバツの悪さを感じているのかもしれない。
パールピンクのマニキュアは新品らしく使用した形跡はほとんどなかった。蓋を回して刷毛を取り出す。

「では足を出してください」
「・・・・・」
「さあ、足を」
「あの・・本気ですか?」

蒼樹は正座のまま平丸を見るので、一瞬怒られるかとドキリとする。
けれど彼女は「はい」と肯く平丸に少し困った顔をしただけで、おずおずと片足を出した。
こんなに上手くいくとは思ってなかったので、平丸は内心ガッツポーズを取った。まさかこんな昼間から恋人といちゃいちゃできるとは思っていなかった。言ってみるものだなと、ひそかに悦に入る。

「では」

膝を軽く曲げた右足がすぐ目の前にある。その足にひれ伏すような姿勢を取ったのは、マニキュアを塗るためだけではない。傷ひとつない白いまっすぐな脛と、ふっくらした甲に見惚れたのもある。
平丸は今まで足にフェティシズムを感じるタイプではなかったが、蒼樹の足に関してはいつまでも愛でていたいような、うっとりとした心持ちになった。
刷毛の形を整え、まず親指に液をひと塗りする。ぴく、と足先が動いたので思わず足首を支えるように掴んだ。

「動くと上手に塗れませんから、少し我慢しててくださいね」
「ご、ごめんなさい・・少しくすぐったくて」

そう頬を染める蒼樹はなんとも艶かしい。平丸は思わず口内の唾を飲み込む。そこまでの意図はなかったのだが、しだいに悩ましい気持ちになってきた。
このままなしくずしに、行くところまで行けるのではないか。基本お堅い彼女は、つき合ってもそう容易く体を許してはくれない。もしかしたらチャンスなのではないか、期待に胸が沸き立った。
華奢な足首を支えながら、平丸の親指はくるぶしを撫でる。蒼樹の反応を待つが何も言われないので、続けても大丈夫ということだろうか。

マニキュアの刷毛は次の指へと移り、丁寧にさくら色に染めていく。塗られることに慣れてきたのか、感心するような声が頭上からした。

「上手なんですね、塗るの」
「そうですか?」
「はい。私よりずっとキレイに塗っているので、少しびっくりしてます」
「そういえば僕も妙に既視感があったんです。子供の頃にプラモデルを塗装しているのを思いだしました」
「・・プラモデル」
「あ!も、もちろんユリタンの足はプラモなどとは比較にならないくらい細心の注意を払い、それはもう一刷け一刷け思いを込めて塗ってますので!」

慌てて笑顔をつくると、蒼樹はくすくすと笑って「はい」と肯いた。その信頼するような瞳にちくりと罪悪感が芽生える。言った言葉に嘘はないが、そんな顔をされると下心を表に出しづらい。
足首にある左手は、すぐ上にある柔らかなそうなふくらはぎを欲している。けれど今それをすればこの和らいだ空気も一瞬にして消えてしまうだろう。果たしてそれを犠牲にしてまでする行為なのか。迷いと共に疑問が生じてきた。

「あの、平丸さん」
「はい?」
「なにか、私にして欲しいことありませんか?」
「え・・えっ?」

思わず最後の小指を失敗しそうになり額の汗を拭う。突然なにを言い出すのかと見ると、にっこりと微笑みかける蒼樹と目があった。

「して欲しい・・?え?」
「いつもしていただくばかりなので、たまには私からも平丸さんにしてあげたいと」
「して・・あげ?」
「なんでもいいんです。たとえば肩揉みとか耳掃除とか、なにかあります?」
「えっ、や、そんな」

無邪気な顔でまっすぐに見つめられると、ドキドキする。
心の中の不埒なメーターが一気に振り切れそうだ。彼女が『そういう意味』で言ってるのではないと分かっているが、浮かんでしまうのはけしからん欲求ばかりである。
マニキュアの刷毛を持ったまま、平丸は固まった。して欲しいことはたくさんある。いや、どちらかと言えばしたい方の欲求だが、思いつくだけで両手の指どころか両脚入れてもたりないくらいに。入門編から上級者向けまで、バリエーションも多種多様に妄想は取り揃えてある。
今一番させてもらいたいのは、この左手をもう少し上に持っていきたい。ふくらはぎ、いやできたら太股まで触らせてもらえたら・・。非常に嬉しいのだが。

(なんでもいいのだろうか・・ほんとうに?)

ふと蒼樹と目が合って、まるでそれに応えるように肯かれた。

(えっ、ほんとに?)

試しに口にしてみようかと思ったが、慌てて口を閉じる。
あぶないあぶない、ここで間違えば一気に奈落の底だ。肩揉みも耳掃除も充分魅力的ではないか。とくに耳掃除は膝枕といったオプションもついてくる。そう考えたら夢のような申し出だ。
白く柔らかな素足の誘惑を断ち切り、蒼樹の足首から手を放す。平丸は自分至上最高の爽やかな笑みをつくると、それをゆっくりと彼女へ向けた。

「ではお言葉に甘えて、ひざ・・」

その時、窓から5月の清純な風が2人の間を吹き抜ける。まばたきする、一瞬の間。まるで滑り込むようにして風は蒼樹のスカートの中に入り込んだ。

「きゃあっ」

彼女が慌ててスカートを押さえるその時まで、平丸の視線はそれに釘付けであった。

(ピンクの・・レース)

ゴクリと喉を鳴らす。治めたはずの下心が一気に湧き上がる。
見えてしまったそれは、果たして諦めたことへのご褒美か。それとも不甲斐ない自分への後押しか。恥じらう蒼樹の表情もまた、こちらを揺さぶりかけてくるようで。

「ひ・・左足も、塗りましょう」

決断できぬまま、平丸はひとまず猶予の言葉を口にしたのだった。






END

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BAKUMAN


(bakuman....)





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