B akuman







自動ドアが開き、足を踏み入れると新しい紙と印刷の匂いがする。

福田にとって本屋は昔から好きな場所である。現在は漫画を生業としていることもあり、資料を収集したり分析をしたりとリサーチの場になってしまったが、それでも来るとワクワクするのは昔と同じだ。
今日も新連載の資料にとバイクのエンジン構造の本を買いに来ており、ついでに他社の新刊のチェックと先月出た自分の新刊の減り具合を見に来たのだ。

(チッ、あんまり売れてねぇな。新妻師匠のは・・・在庫切れかよ、くっそ〜!)

連載終了が決まっているとはいえ、こう歴然と差を見るとやはり面白くない。こうなったら決まったばかりの新連載でなんとか巻き返してやるぞと、福田は自分に気合いを入れてレジへ向かう。
ふと雑誌コーナーで足を止めて他誌の『スリー』を手に取ると、斜め向かいにある成人向け雑誌のコーナーで見覚えのある栗色の髪に気がついた。

(!・・)

蒼樹紅、同じくジャンプに連載する女性漫画家。とある事情から福田が彼女の漫画に係わることとなって数ヶ月経っているが、普段は電話が中心なのでこうやって本人に会うことはあまりない。
この本屋は彼女が住んでいる場所からは駅二つは離れており、ごくありふれた本屋である。そんな場所にどうして彼女が・・?謎に思うも、福田は蒼樹が読む雑誌を見て目を瞠った。

(いや、ちょっと待て)

彼女はそれは真剣な顔で、眼鏡までかけてエッチ系グラビア雑誌を立ち読みしていた。
脇にはこれから買うであろう雑誌が数冊挟まれており、『女子高生大図鑑』や『まるごと☆盗撮』なる文字が見える。

蒼樹紅は、外見はかなりいい。どこぞのモデル事務所に所属していても不思議ではないビジュアルをしている。スタイルも悪くないし、ツンとしたところがなければ福田も正直悪くないと思っていたりする。
そんな目立つ彼女が成人向けコーナーでエロ本を読んでいるのだ。しかもその真剣な眼差しはどう見ても熟読といってもいいだろう。
福田は今気づいたが、周囲はかなり前から気づいていたらしくチラチラと様子を窺われている。本人は全く気づいてないようで、読み終わった雑誌を棚に戻しまだ他の雑誌を物色していた。

「・・・・・」

いたたまれなさを感じ、眉間に拳を宛てる。おそらく彼女は周囲の視線に気づいていないだろう、福田はひそかにため息をついて彼女のもとへ向かった。

「おい、なにやってんだ。こんなトコで」
「!!・・福田さん?」

驚いた様子でこちらを振りかえる蒼樹紅の手には『着たままシリーズ・制服編』なる、いかにもなタイトルが握られており、福田は咄嗟にそれを取り上げて棚に戻した。

「な、なにするんですか!いきなりっ」
「アンタこそ、こんな公共の場でどうどうとエロ本読んでんじゃねぇ!見てるこっちが恥ずかしいだろうが!痴女じゃねぇんだからよ」
「ちっ・・痴女って失礼じゃないですかっ。訂正して下さい!私はただ資料にしようと思って、それでどれがいいかと真剣に吟味していただけなんですっ」

顔を赤くして抗議する彼女は、脇に挟んでいた雑誌を手に持ち替えて福田に見せる。

「んなこた分かってるよ!つか資料が欲しいんならネットとかで買えばいいだろ?普通いねぇぞ、こんな堂々とエロ本読んでる女」
「堂々とって・・別に普通に読んでいただけですっ。それにネットで買おうとしても中身が分からないからどれを買えばいいか分からないんですっ」
「だったら担当に頼むとかすりゃーいいじゃねぇか、喜んでほいほい買いにいくと思うぞ」
「!それは、いやですっ」

美しい眉を跳ね上げて、とんでもないと蒼樹は首を横に振る。ぷいとそっぽを向いた横顔は、どこか拗ねたような印象だった。

「あのな、あっちも仕事なんだし、アンタにいい漫画描いてもらう為ならエロ本だろうと何だろうと張り切って買いにいくって意味。別に下心とかそーゆーんじゃねぇだろ」
「わかってます。私だってそういった意味でいやだと言ったわけじゃありませんっ・・男性がこういった本を買う姿があまり好ましくないだけですっ」
「いっとくが、この手の本はどれも『男性用』だぞ?」
「・・・・・」

ぐっ、と蒼樹は声に詰まり顔がさらに赤くなった。かけていた眼鏡を指で持ち上げ、一呼吸おく。

「わ、私は・・仕事で使うんです!男性の方みたいに不純な目的で買うわけじゃありませんから!」

大きな声で抗議したため、周囲の視線が一気にこちらに向いた。彼女もハッと口を押さえてあたりを見回すと、どれだけ自分が注目されていたか気づいたらしい。湯気が出そうなほど顔が赤くなり、俯く。

「声でけえって。別にアンタが不純な目的で買おうとしてるだなんて思っちゃいねぇよ・・アホか」
「ア、アホってなんですかっ・・」
「あーもー、めんどくせぇ女」
「!福田さん!?」

買う予定とおぼしき雑誌数冊を彼女の手から奪い取り、パラパラと中身を検めると福田は次々と棚へ戻していく。そうして隣にあったグラビア雑誌を2冊ほど取ると、おもむろに差し出した。

「ほらよ」
「?・・なんですか、いきなり」
「アンタの漫画ならこのくらいの露出で十分参考になるだろ。下手に影響受けすぎて作品自体が崩壊するより、これくらいで手ぇ打っとけ」

アイドルらしき女の子が水着で浜辺で寝そべっていて、エッチではあるけど健康的であまりいやらしさは感じられない。蒼樹はそれを手に取り、ちらと福田を見上げる。
なにか言いたげなその顔に、福田は眉を寄せた。

「なんだよ、言っとくが・・アンタがあっちの本がいいってんならそれはそれで好きにすればいい」
「べ、別に・・そんなことは思ってません。ありがとうございます、勧めていただいたこちらを買おうと思います」

そう言いつつも、どこか納得いってないのが表情でわかる。蒼樹は渡されたグラビア雑誌を脇に抱えるとレジへと歩き出したが、数歩行ったところで足を止める。躊躇いながらも福田へ顔を向けた。

「あの・・」
「?」
「・・こういうの、福田さんも・・・・買うんですか?」
「・・は?」
「いえ、別にそれを否定してるというのではなく・・・福田さんも、こういう本を読んでるのかなって」

言いにくいのか目も合わせない。咎める、というより拗ねているようにも見える。
いきなり何を聞くのだと返す前に、不覚にも福田の胸が一瞬跳ねた。こういうことがあるから会いたくないのだ。電話であれば声だけの関係だから男も女もないが、こうして姿を見ると考えなくてもいいことが頭を過ぎってしまう。

曇った表情のなかに映る、熱を帯びた瞳とか。それに微かな期待を持ってしまう自分の気持ち・・・・とか。

「なに考えてんだ」
「えっ?」
「いや、ちげーよコッチの話・・でもねぇか。あのさ、男についてどういう認識持ってんのか知らんけど、普通の一般的な男でこの手の本にお世話にならんやつはいないと思うぜ?だいたいアンタが描く漫画も少年の甘酸っぱい恋と性みたいな題材だろうが」
「わかってます。ですから、それについて否定はしないと・・・私が、私が言いたいのはっ・・」

そのまま口を噤んだものの、思いなおしたように福田を見る。目が合って数秒、蒼樹の頬がじわりとまた染まっていくのが分かった。

「福田さんは、こういう女性が好きなんですか?」

視界に入ったのは今をときめくグラビアアイドル。さきほど渡した雑誌をドーンと目の前で向ける彼女に、福田は面食らって言葉を失う。
唐突に何を言うのか、確かにそのアイドルは嫌いではないが特別ファンという訳ではない。ただパッと目に付いて悪くない雰囲気だったから渡しただけだ。意図するところは何もないのだが、蒼樹の瞳には微かに非難の色が見えた。

「??」
「・・・・別に、福田さんの女性の趣味に私が何か言えるとは思ってません、ええ、思ってません!」
「なにが・・言いたいんだ?さっきからアンタが何を言いたいのかサッパリ分からん」
「わ、私だって・・分かりません!」
「はあ?」

今度は怒った顔でキッと睨まれ、雑誌を突き返される。

「せっかく選んでいただきましたが、やっぱり結構です!」
「は!?おい!ちょっと・・」

いきおいに任せて返されたので、持ち損ねた雑誌が床に落ちそうになる。福田がバランスを取ってそれを防いでる間に、彼女は早足で去っていくのが見えた。
なぜか怒った様子で福田の前から消えた彼女にしばしの間ポカンとしたが、その理不尽さにふつふつと怒りが沸く。

(くっそ!なんなんだあの女は!意味がわかんねぇ、人の好意を簡単に無下にしやがって)

電話ではわりとまともに思えるのに、会うと以前の生意気な女のままだ。福田は舌打ちしてグラビア雑誌を棚に戻そうとしたが、思いなおし携帯を取り出す。
どちらにしても資料は必要なはず。何が不満なのかは知らないが、ここで買わないと彼女はまたどこかでエロ本を立ち読みしそうである。福田にとってはそれは面白くないことで。理由は自分でも分からないが、想像すると苦々しい気分になるのだ。

グラビア雑誌2冊とバイクの本をレジに出しながら、携帯の履歴で蒼樹の番号を見つけると発信を押す。長い長い発信音を聞きながら、店員に金を払い釣りを貰うと、ようやく「・・はい」と小さな声が聞こえた。


「そこから動くなよ、今から行く。絶対動くんじゃねーぞ」


それだけ言うと、福田は返事も聞かずに携帯を閉じた。なんてやっかいな女だ、と心の中で呟いて。




END

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BAKUMAN


(bakuman....)





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