B akuman





なんでこっちを追いかけてくるのか、その形相に驚いて蒼樹も思わず駆け出すが、階段へと差し掛かった時肩をがっしりと掴まれてしまう。
ずいっと、目の前にさっきの彼女から貰ったピンクの袋を突き出された。

「・・逆チョコって知ってるか」
「?逆・・?」

福田は眉間にシワを寄せているが、なぜか頬は赤い。なんともいえない複雑な顔で蒼樹を見下ろしている。

「こっ・・・これは安岡が、さっきの女に渡した物だ」
「安岡さん?」
「会ったことあんだろ、アシスタントの」
「ああ、あの・・」

個性的な髪形の、と思い出す。

「で、一回は貰ったんだけど、やっぱ彼氏がいるから貰えねぇって返しにきたんだよ」
「はあ・・そうなんですか。逆チョコ?って男性から女性に渡すんですか」
「らしーぜ。よく知らんが」
「あの、福田さん・・わざわざそれを言いに?」

息を軽くきらしながら、それを言うためだけに自分を追いかけてきたのか。蒼樹は信じられないものを見るように目を瞬いた。
福田はぐっと言葉に詰まったようだったが、やがて眉尻を上げて蒼樹を睨みつけた。

「う、うるせぇな。あんたがなんか妙な勘違いしてるからだろうが。引き止めろだの追いかけろだの、はやとちりしてんじゃねぇよ、アホ」
「アホって・・失礼じゃないですか。もとはと言えば福田さんが玄関前であんなふうに会っていたからですし、そもそも安岡さんに届けに来たのに何で福田さんちに来るんですか?おかしいじゃないですか」
「は?そりゃピザ店の宅配の姉ちゃんだからだよ、宅配に来たバイトの女に安岡が惚れたっつうのが始まりなんだし。言っとくがオレが会ったのは今日が初めてだからな!受け渡しは毎度安岡だったからな!」
「そ、そんなこと聞いてません!」

気にしていたと見抜かれたのが恥ずかしくて、蒼樹は強い口調で言い返す。福田は決まり悪そうに親指で額を掻いて、赤みの残る頬のまま蒼樹を見た。

「いっとくが、オレ今日は誰からもチョコ貰ってねぇからな」

ぱち、と目と目が合う。じわりと蒼樹の頬も熱くなっていく。

「・・それって、催促ですか?」
「くれんなら貰っとくけど、なに、もしかして用意してあんの?」

そっけない口調とは裏腹に、福田の瞳が期待に揺れるのが見えた。
さっきまでの面白くなかった気持ちがたったそれだけで消えていく。蒼樹は福田を見上げたまま、ほのかに笑みをこぼした。

「一応。今日はバレンタインですから」
「え、まじで?」
「あの、先に言っておきますけど・・これは挨拶的なものですからね?あ、あまり期待しないでくださいね?」

そう言いつつ、バッグの中からラッピングされた茶色の箱を取り出して、福田に差し出す。
受け取る瞬間、蒼樹の胸が跳ねる。それが伝わったのか、福田の顔がどことなく緊張ぎみに見えた。

「・・お、美味しくなかったら無理しないで捨ててくださいね」
「ん?チョコにまずいもうまいもねぇだろ」
「いえ、あの・・」
「・・・・・・え?」

あらためて素人くさいラッピングの箱を見て、福田の目が僅かに見開く。

「おい、まさかこれ・・手作り?」
「へ、変なモノは入れてませんよ。チョコレートに生クリームに、あと洋酒をちょっとだけ・・」
「んなこと言ってんじゃねぇよ!さっき挨拶的なって言ってなかったか?あんたはこういう手作りチョコを挨拶で渡すのか?こういう手作りってのは色々と誤解されやすいんだぞ!わかってんのか?」

なぜか突然怒り出す福田に、面くらいつつ蒼樹も口を尖らした。

「誤解ってどういう意味ですか?変なモノは入れてませんって言ったじゃないですか!た、確かにあんまり上手には出来なかったかもしれませんけど、それでも初めて作ったわりには良く出来ている方だと自分でも思っていたのに・・」
「初めて?じゃあちょうどいい。いいか?男に物をやるときは気をつけろ。それが手作りならなおさらだ」
「どういう意味ですか?・・もういいです、分かりましたから。いらないなら返してください」

拗ねた気持ちで福田の手からチョコを奪い返そうとしたが、ひょいとかわされてチョコは頭上に掲げられた。

「これは没収だ」
「はい?」
「いいか?最後にもう一回言うぞ。挨拶で手作りチョコなんか配るなよ?オレは分かってるからいいとして、他の男は妙な期待を持つに決まってるからな。義理チョコ配るなら10円チョコで充分だ」
「配るもなにも・・作ったのは福田さんの分だけですから」

厳しい顔で注意されたのが悔しくて、蒼樹はぷいと顔を背け呟く。
こんなふうに言われるなら渡さなければよかった、せっかく作ったのに。そんなふてった気持ちでいると、さっきまで煩かった福田が急に静かになったのに気づいた。
怪訝に思い見ると、福田はぽかんと口を開け顔は赤く染まっている。こちらの視線に気づいたのか、慌てて蒼樹に背中を向けた。

「・・っとに、誤解すんぞ、コラ」

ため息まじりに吐いた言葉は、よく聞こえなかった。
聞き返そうと思ったけれど、チョコレートを大事そうにパーカーのポケットに入れたのが見えると、蒼樹の胸は跳ねて唇は動かなかった。


福田の背中ごしに見えた夕暮れは深い焦げ茶色に変わり。
それはチョコレートを溶かしたような、空の色だった。




END

- 17 -


[*前] | [次#]





BAKUMAN


(bakuman....)





戻る




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -