B akuman







カッシーナのダイニングテーブル、ジノリのティーカップ。ハーティスタンドに並ぶのは青山の高級パティスリーの焼き菓子。

もちろん紅茶は彼女の好きなダージリンで、テーブルの上にはピンクのガーベラがガラスボウルに浮かべられている。

BGMはスカルラッティのソナタ、音量は大きすぎず小さすぎず。

そしてリビングの大型テレビの前にさりげなく置かれたDVDは、以前彼女が好きだといっていた恋愛映画。
もちろんこの日のためにとセッティングしたもの。

全ては今日、この日のためにと平丸が練りに練って考えたムードづくり。
つき合ってそろそろ3ヶ月になる彼女、蒼樹紅と今日こそ色々と進展するための作戦。平丸はこの日に賭けていた。


そう、賭けていたのだ。




◆◇◆




「・・・・」

スコーンにジャムをつけながら、平丸は目の前にいる客をひっそりと睨む。

「わかってねーな!いいか?パズーがシータを助けに行くだろ?塔の上のお姫様を掻っ攫いに行くっていうシンプルさ!ワクワクしただろ?あれだよあれ!あの誰もがスカッとしたあの感じが最高なんだよ」
「それは分かりますけど、だからといってハウルを下に見る福田さんには同意しかねます。作品は頭だけでなく心で感じるのも大事だと思います」
「でもよ、見終わっても『で?なんで呪い解けたの?』って普通なんだろ、あの映画。それって製作者の自己満足じゃねぇか?」
「世の中にある芸術作品は誰もが同じ感想だとは思いません。饒舌に語りすぎる作品も、それはそれで世界観を壊していると思いますが」

目の前でジブリ談義する2人。一方は大切な恋人だが、もう一方は招かれざる客、福田真太。

今日こそはと、念には念を入れて計画していたお茶会であった。
平丸の計画では、2人っきりでアハハウフフの楽しいひと時を過ごし、まったり恋愛映画を鑑賞した後に「せっかくなんでご馳走しますよ」と平丸が鍋料理を振る舞うはずだった。
もちろん「私もお手伝いしますよ」「いいえ蒼樹さんはゲストなんですから」「でも・・」「じゃあ一緒に」と新婚夫婦のような会話もそれに織り込み済みで。
ワインを飲み、いい雰囲気になったところで・・・キス、とかしたい。そんな甘い夢を見ていたのだ。

しかし、それもまた福田のせいで台無しである。
ちなみに蒼樹を誘う時に「2人だけで」と念を押していたので彼女が誘ったのではない。その証拠に福田の突然の来訪に蒼樹も驚いていた。

『暇だったから寄ってみたんだが、蒼樹嬢も来てたのか』

見え透いた嘘を吐きながら平丸の家へ上がりこんだ男は、堂々と彼女の横に座った。
どうしてと疑問に思うより早く、平丸は以前から抱いていた疑惑が確信へと変わるのを感じた。やはりな、と胸の内で呟く。

おそらく、いや間違いなく。福田は蒼樹に恋をしている。

一見すると男女の垣根を越えた友情にもみえるが、そこは同じ女性を想う平丸だからこそ感じる直感だ。
それはある意味シンパシー。片思いの期間が長かった自分だから、福田の一挙一動が思い当たるふしがありすぎた。

(しかし・・納得いかない)

平丸はスコーンを齧りながら眉を寄せた。
そもそも自分の告白を福田は応援していたのだ。あの歩道橋での告白、あの時本当に喜んでくれたのではないのか。
だからこそ、その後に何かと自分たちの前に現れる彼の存在に、それほど警戒心も持っていなかった。度重なる「偶然」に平丸は呑気にそういうこともあるのかと思っていたのだ。

2度目のデートに「偶然」現れて合流したのも。
3度目のデートの前に「偶然」電話して強引に参加してきたのも。
2人きりでいるときに「なぜか」かかってくる電話や、乱入で始まる迷惑な飲み会。こっそり誘った4度目のデートでは映画の終了と共に汗だくで現れた。探し回ったのだろう。どんなツテがあるのか・・編集部経由だろうか、それとも野生の勘か。

しかしこれだけ重なれば、さすがに偶然では済まされないだろう。明らかに福田は平丸を邪魔しに来ている・・・恋敵として。

平丸は紅茶をずずっと啜りながら、2人の様子を窺う。

(危険だ・・これは危険すぎる)

白いニット帽にシルバーアクセ。やや胸の開いたカットソーによれたジーンズ、しかも趣味はバイクときてる。こういう男は危険だ。昔から女子は不良っぽい男に弱い、これは不文律と言ってもいい。
とくに蒼樹紅のようなお嬢様は危険の度合いもさらに高まる。自分の周りにいないタイプに新鮮さを感じてしまうという例のアレだ。周囲が反対しても焼け石に水で、結局落ちるトコまで落ちていくというお決まりコースだ。

危険だ、実に危険だ。
そういえば中学の時も高校の時も、片思いのちょっとかわいい娘たちは自分のような普通の男のは目もくれずに不良とくっついていた。優しさや誠実さよりも刺激を求めていった。
目の前の2人の様子に既視感を覚えながら、平丸は苦い気持ちで紅茶を飲んだ。

「――いやその考えはおかしいだろ!あんたがそう言うなら平丸さんに聞いてみようぜ!」

突然名前を呼ばれてあやうくダージリンを吹き出しそうになる。なんのことかと顔を上げると福田も蒼樹もこちらをじっと見ていた。

「は?・・え?」
「私は間違ったことは言ってません。作品にはそれぞれ世界観があって、作者が同じだからといって統一するのはおかしいと言っているだけです。面白ければいいというのは、ある意味作品への冒涜です」
「だから!その辺を平丸さんに聞いてみようって言ってんだよ、多数決だ。多数決!」
「・・いいですよ。でもたとえ数で福田さんの意見が支持されたとしても、それはそれこれはこれですので」

まだジブリ談義は続いていたらしい。白熱していたらしく双方眉を寄せ、身を乗り出しながら平丸を見ている。
全く話に参加していなかったので、どう答えていいのか分からない。蒼樹の意見にとにかく賛成したかったが、適当なことを言えば彼女から白い目で見られることは今までで経験済みであった。
ひとまずカップをソーサーに戻して思考をめぐらす。何か、何か言わねば。聞いてなかったと言った方がいいのか、いやそれではまた福田との会話を白熱させるだけ。それは避けたい、しかし何を言えば・・。

「ぼ、僕は・・・ハイジが好きだな」

言ってすぐに気持ちが沈んだ。いったいなんの話だ、脈絡はどこに行った。
苦し紛れだ、苦し紛れすぎる。

しかしそんな苦し紛れが意外と功を奏したらしく、福田も蒼樹もほうっと表情が柔らかくなった。

「あーハイジね、うん、ハイジいいよな・・・ってジブリじゃねぇだろ、あれ」
「私もハイジ好きです。いいですよね、ハイジ・・たまに見たくなるんですよね」

ふふ、と微笑む蒼樹が可愛い。平丸は眩しげに目を細めて「ですよね!」と肯いた。よくわからないが正解だったらしい。

「そういえば蒼樹さんはどことなくクララに似てます。優しくて品があって・・」
「ああ確かに、クララってけっこう頑固なお嬢さんだよな」
「!?ふ、福田くん・・キミって人はっ!」

蒼樹の片眉がぴくんと跳ねるのが見えて、平丸が慌てて抗議しようとした時、突然携帯の着信音が鳴って遮られた。

「あ!ごめんなさい、私です」

立ち上がりバッグから携帯を取り出すと、蒼樹は「失礼します」とリビングから出て行く。微かに漏れる話し声を聞く限り担当の山久のようだ。

「・・・・・」

蒼樹がいなくなっただけで、空気が重くなったように感じるのは気のせいではないだろう。
福田と平丸はずずっと紅茶を啜る。

(そうだ、聞いてみようか)

ふと思いついた。福田の真意が知りたい、ああやって応援しておいて邪魔してくる真意を。蒼樹のことが好きなのかどうか。



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BAKUMAN


(bakuman....)





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