B akuman






悔しいような悲しいような、納得いかない気持ちでエイジを睨んでいると、そのエイジが突然何かに気づいたのか愛子の顔をじいっと見つめた。

「ん?んん〜?あれぇ、秋名さんって・・」
「?な、なんですか」
「おおその表情!やっぱりです!僕の初恋の人にちょっと似てます!」
「は!?初恋?」

この新妻エイジが人並みに恋したことがあるというのが不思議だ。さっき言っていた小学生の時の話だろうか、だからといって愛子にはどうでもいいことだが。

「外海時江ちゃんっていう、ドッヂボールが得意な女の子です」
「聞いてませんし、興味もありません」
「野球も得意で、あと雪合戦大会でも負けなしでした。ちびっこ相撲大会では女子なのにマワシのみで出場するというロックな子で、なおかつ地区優勝した伝説を残してるんです!あ!ちょっと待ってください、こないだ雄二郎さんに見せた似顔絵が・・」

熱っぽく語るエイジは机の上にあった自由画帳を取り、パラパラと目的のページを探す。
「ありましたー!」と見せられた妙にリアルなその似顔絵は、お世辞にも美少女とは言い難く。とにかく力強そうな重みのある女の子の絵で、愛子の顔が引き攣った。
自分で言うのもなんだが、容姿に自信がないわけではない。周りからもそれなりに評価されていると思っている。他人の容姿をどうこう言う気はないが、このエイジの初恋の相手に似ていると言われるのは少々・・いや、かなり納得いかない。

「どこが・・似てるというんですか」
「さっき秋名さんが僕を見た時、時江ちゃんが相撲大会で見せた鬼の睨みを思い出しました!これはデジャヴです!ミラクルです!ズキュウウン!ってきたですっ」
「新妻さん、やっぱり私を馬鹿にしてますね?」

額に青筋が浮き出て、眉間にしわが寄る。
何が面食いだ、恋しますだ、燃える瞳だ。一瞬とはいえドキッとしてしまった自分が情けない。愛子は唇を手の甲で拭ってキッとエイジを睨んだ。

「ここへ来たのが間違いでした。あなたがしたことは到底許せることではありませんが、私もこうしてのこのこ来てしまった落ち度がありますから・・わ、忘れます。事故だったと思います。ですから2度とああいう真似はしないで下さい、私は人からこんなふうに馬鹿にされるのは我慢できません」

手に持っていたバッグを肩にかけ、エイジに背を向けると玄関へと向かう。靴を履いている最中に背中から声が聞こえた。

「帰るですか?」
「・・・あたりまえです。もう2度と来ません、お邪魔しました」
「あのー、では帰る前に一つお願いがあるんですケド」

そのとぼけた声に苛立ちながら愛子は振り返ると、すぐ目の前にエイジの顔があって心臓が飛び出そうなほど驚く。
鼻先が触れるのではないかという近距離で、真剣な瞳のエイジが口を開いた。

「チューしていいですか?」

「・・・は?」
「さっきした時、何かがつかめそうな感じがしたです。キューンと胸が鳴ってワクワクしました。も一回秋名さんとチューすればラブリーでクールな恋愛漫画が描けるかもです」
「えっ、ええっ?」
「お願いです、あと一回。あと一回だけですから」

なにを言っているのだこの男は。全然こちらの話を聞いていないではないか。
愛子は怒りにまかせて張り手の一つでもお見舞いしてやろうかと思うが、なぜか手が動かない。突き飛ばしてやろうかと思っても、本気のエイジの視線にすくんでしまって後ずさりもできなかった。

(ほ、本当にする気なの?)

薄い唇がゆっくりと向かってくる。すうっとのびた鼻筋の下に髭剃りの痕を発見して、今さらだけど彼も男なのだと思った。
逃げなければ、そう思うもののエイジの呼吸が近づき、既に逃げ場がないことを悟る。心臓が耳元で鳴っているかのようにドクンドクンと音を立てて、愛子は口の中の唾を飲み込んだ。

ちゅっ

「!・・」

エイジの唇はそっと触れた。愛子の鼻先に。
てっきり口でのキスだと思っていただけに、意外な場所に愛子の目が大きく見開く。ホッとしながらもどこかで残念に思う自分に動揺した。

触れてすぐ離された唇はゆるやかに弧を描き、猫のような瞳はこちらを見下ろしている。その瞳が一瞬、確信犯のように細められると愛子の頭にカッと血が昇って、衝動的に彼を突き飛ばしていた。
わざとらしいほど大きく転んだエイジに急いで背を向けて、愛子は狼狽した自分を悟られないように必死で心を落ち着かせる。

「なにが恋愛漫画ですか!こ・・こんなムードないことをされる人には無理に決まってます!」
「ムードですか!なるほど。次は気をつけます」
「!?・・つ、次なんてありませんから!!」

そう叫んで振り返らずに愛子は部屋から出る。ドアが閉まる音を聞かずにエレベーターへ向かう。
触れられた鼻先が風を感じるたびに冷たくて、なぜか顔が熱くなる。

その熱を逃がしたくて、愛子はエレベーターをやめて階段を駆け下りた。




END

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BAKUMAN


(bakuman....)





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