B akuman







ピンポン、と呼び鈴を鳴らす前にもしやと回したドアノブは、予想通り鍵がかかってない。愛子は軽く眉をひそめてため息をついたが、念のためにと一度呼び鈴を鳴らし部屋へ入った。

「お邪魔します」

新妻エイジの仕事場兼自宅。ここに来るのは久し振りだ。
「CROW」と「+NATURAL」のコラボをお願いしに通って以来だから1年ぶりくらいだろうか。相変わらず室内は雑然として、床に散らばった原稿や出し忘れのゴミ袋、こちらに気づいてもいないのか机に向かってペンを走らせる少年のような青年。
あの時とまったく変わらない風景に、ここだけ時間が止まったよう。「シュッピーン!」「ぐおおおおっ!ズドーン!」相変わらずの大きな独り言は己の世界に没頭しているからなのだろう。理解に苦しむが、ある意味羨ましくもある。
愛子は時計を見る、今は午後3時。呼び出しておいてこちらに気づく様子もないエイジに片眉を吊り上げるが、それも以前と同じこと。あと30分こちらに気づかないようだったら帰ろう。

(アシスタントがいない・・ということは、今週分は終わったのかしら)

なにげなくエイジの机を覗き込む。「CROW」でも「+NATURAL」でもない原稿、読みきりでも描いているのだろうか。でも読みきりならこの前のラブフェスタで描いたばかりのはず。
不思議に思っていると、気配を感じたらしいエイジが振り返り目が合った。

「おー!ビックリしたですっ!秋名さんじゃないですか!今日はどうしたですか?」
「!?・・・どうしたって、あなたが電話したんでしょう?相談があるからって。だからわざわざここまで来たというのに、どうしたって・・なんですかそれは」
「へ?・・ああ!そうでした!でも早いですね、さっき電話したばかりなのに。秋名さんはエスパーですか、瞬間移動でもしましたか」
「なにを言ってるんですか、電話いただいてから3時間は経ってます。そもそも早く来てくれとあなたが言うから来たのであって・・」
「うおお!ほんとですね!もうこんな時間じゃないですか、時は金なりですね!」
「それ、意味が違います」

そっけなく言う愛子を気にも留めず、エイジは描いていた原稿を集め「これどうですか」といつになく真剣な面持ちで渡してきた。

「?・・これはなんですか」
「こないだのラブフェスが悔しくて、また描いてみたんですけど」
「・・・・・読めと?私に?」

まさかこれの為に呼び出したとか?いや、それなら担当の編集で事足りるだろう。愛子はエイジの真意が分からず、ただ顔を引き攣らせて読み始めた。

「・・・・・・」
「どうです?」
「どうもなにも・・」

申し訳ないがよく分からない。
一応恋愛物なのだろうが主役とヒロインの恋模様が殆どなく「よくわかんないけど好き!大好き!」という大雑把な展開。ラストはなぜか逃避行、誰から逃げるんだろうか。ある意味ではシュールな作品である。
エイジの個性と絵が素晴らしいのもあり、ざっくりしながらも読めてしまったが微妙な読了感。とりあえず原稿を返して、愛子はコホンと咳払いを一つした。

「作品に共感はできませんね」
「あー、やっぱりですか。ぐぬー・・むずかしいです恋愛モノ」

がっくりとうな垂れ額を椅子の背にぶつける。そんなエイジの姿を愛子は意外そうに見た。天才と言われる彼も作品に苦悩するのかと。

「失礼ですけど、新妻さんは恋をしたことはありますか?」
「?ありますよ小学生の時に・・って、そういえば雄二郎さんにも同じこと聞かれましたね。やっぱり恋愛モノは経験が大事なんでしょうか」
「絶対に必要とは言えませんが、共感を呼ぶには多少の経験があったほうが描きやすいかもしれません・・・私が言うことではありませんけど」

ラブフェスタの成績が最下位だったこともあり、ややつっけんどんな物言いをした愛子だったが、すぐにキラキラしたエイジの瞳に気づいてたじろいだ。

「それです!秋名さんナイスです!」
「な、なんですか?」
「恋です恋!恋します!ボーイミーツガールでラブミーテンダーです!」

興奮気味に椅子の上に立ち、羽箒をひらつかせる彼を見上げ愛子は呆気に取られる。よく分からないが新妻エイジは突破口を見つけたようだ。
良かったとは思うが、ますます自分は何のために呼ばれたのか分からない。腑に落ちないがとりあえず本人は満足しているようなので、愛子はこれ以上深く考えずに己を納得させた。
エイジは椅子の上でくるんと一回転し軽やかに床に着地すると、そのままがっしりと愛子の手を握る。

「そういうわけで、ボク今から秋名さんに恋します。よろしくです!」
「は?」
「こんにちは新妻エイジっていいます仲良くしてください。趣味は漫画を描くことです」
「・・・・・はい?」

突然のことで理解できずにポカンとしていたが、じわじわと事態を飲み込むと愛子の顔は湯気が出そうなほど赤くなり、慌ててエイジの手を振り払った。

「あ、あなた・・な、なにを言ってるんですか!冗談だとしても失礼すぎます!」
「冗談じゃないですよ?ボクは秋名さんがいいと思ったんです。ダメですか?」
「ダメです!ダメに決まってます!な、なんなんですか・・いきなりすぎます。おかしいです。新妻さんどうかしてます!間違ってます。根本的にあなたは間違ってます!」

肩をいからせ眉尻を跳ね上げ、エイジの眉間にむけてビシッと指をさす。そんな愛子の剣幕に当の相手はまったく動じず、片足を椅子にのせ腕を組んでいる。

「僕これがベストな選択だと思ってますケド」
「・・・では聞かせてもらいますけど、どうして私なんですか?ちゃんと納得する答えを下さい」
「ボク、面食いなんです」
「!?」

胸を張り、どうだと言わんばかりに宣言するエイジにやや面食らいながら愛子は顔を引き攣らせる。

「め、面食いって・・だったら私ではなく蒼樹先輩がいるじゃないですか。蒼樹先輩は女の私から見ても綺麗ですよ」
「たしかに蒼樹さんキレイです。でも平丸さんの好きな人です、横恋慕、略奪愛、いくないです」

常識的なことを言われて、ぐっと言葉に詰まる。その通りだがエイジに言われるとどうも違和感を覚えてしまう。彼自身が常識外な人間だからだろうか。
愛子はそのまま黙り込んでエイジから目を逸らす。色々とこんがらがって頭が痛くなり、こめかみを押さえた。

「嫌ですか、僕に恋されるの」

顔を覗きこまれて不覚にも心臓が跳ねる。顔が近くて動揺したのもあり思わず後ずさった。

「・・・・嫌というか、納得できないものは承知できないだけです。だいたい恋なんて、しようと思ってできるものではありません。相手の人となりを知って、それなりに時間をかけて・・気づいた時にはもう好きになっていたというのが、恋だと思います」
「なるほど、ファンタスティックです!ぜひとも僕も秋名さんにそういう恋がしたいです!」
「新妻さん、私をバカにしてます?」
「まさか!どうしてそう思うですか?僕は真剣ですよ、ほらこの燃える瞳を見てください!」

そうやってグイッと顔を近づけて両目を見開く。力のこもった眼差しは確かにふざけているとは思えない、しかしこれを真剣といっていいのか。愛子は探るようにエイジの瞳をじぃっと見つめる。
ややつり上がった目元、意外と色素が薄い焦げ茶の瞳は逸らすことなく愛子を見て。その瞳の中に厳しい顔の自分の姿が映っているのが見えた。


ちゅっ


「・・・・・・・?」

一瞬掠めた柔らかな感触に目を見開く。

「すいません」
「・・・・えっ」

何が起きたのか分からなくて、目の前のエイジを見る。ちっとも申し訳なさそうにみえない彼は唇を軽く尖らしたまま、すうっと目を細めた。

「柔らかいです」
「・・・・?・・?!っ・・えっ!?」

ハッとして口を押さえる。一瞬だったけれど確かに感じた唇への接触。

(キス?されたの・・?今?)

これはまさか、そんなバカな、嘘だ、信じられない。
湧き上がる怒りに顔どころか全身が赤くなり、愛子はエイジの頬めがけて咄嗟に片手を振り下ろす。しかし漫画のようにひょいと簡単にかわされてしまった。

「うおおっ!ビックリしました!」
「!?・・に、逃げるなんて卑怯です!あなたは今とんでもないことをしたんですよ!」

悔しくてもう一度手を上げると、今度は手首を掴まれる。

「とんでもないって、チューのことですか?」
「ち、チューって!?あ、あなたね!なんなんですかその態度は!悪いと思ってないでしょう?信じられません、いえ考えられません!」
「ごめんなさい。秋名さんの顔が近くって、つい」
「つい!?つい、ってなんなんですか!そんな曖昧な犯行理由がありますか!わ、私は怒っているんですよ!こんないきなり、なんの前触れもなく・・く、唇を奪われるなんて・・」
「あ!やっぱりファーストキスでした?」
「!?」

またもエイジの顔が近づいてきたので、愛子はたじろぎ慌てて手を振り解いた。

「だいじょぶです、僕も初めてでしたから。おあいこです」
「そっ・・!そんなこと聞いてませんっ!!」

なんなんだろう、この悪びれなさは。こんなに怒っているのに気にも留めていない、これでは怒っている自分が馬鹿みたいではないか。
けれどエイジの言う通りファーストキスだったわけで、それなりに初めてに夢を持っていた自分としてはこんな不意打ちは許せなかった。星空の下とか海の見える公園なんて言わないから、せめて好きな人と特別な場所で神聖な心持ちで行いたかった。



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BAKUMAN


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