B akuman






「そういえば・・蒼樹さん、さっき何か言いかけませんでしたか?」
「え?」
「ほら、料理の注文をする前にぼくを呼びましたよね?」
「あ・・・はい」

今さら聞くのも気まずいけれど、まだ少し引っかかっていたのもあり蒼樹は声をひそめて聞いてみた。

「あの・・平丸さん、ここにお知り合いの方とかいらっしゃいます?」
「知り合い?いいえ、いませんけど・・?」
「そうなんですか?ここへ来た時に平丸さんが怒ってらっしゃるように見えて・・・あの、あちらの方を見てらしたので・・ごめんなさい、私の勘違いですね」
「あちら?」

蒼樹が示す方を見た平丸は、首を傾げたまま奥にいる恋人たちを見ていたが、何かを思い出したらしく「あ」と小さく呟いた。
そうしてばつが悪そうに目を逸らし、近くにあった水をぐいっとあおる。訝しげな蒼樹の視線に気づいてゲホンゴホンとむせると、ポケットからハンカチを出して口に宛てた。

「平丸さん?」
「は、はい?なんでしょうか」
「・・・・・平丸さん。どうかしましたか?」

潔癖な教師のように、蒼樹は静かに問う。動揺から平丸は目をあちこちに泳がせて、最後は強引に明るさを演出してか、ははは、と軽く笑った。

「ええと、その、なんというか・・クリスマスに幸せそうなカップルを見ると苛々するっていうか」
「・・・・・・・・・えっ」

顔を引き攣らせた蒼樹に気づき、平丸は慌てて首をぶんぶんと横に振った。

「ちっ違うんですっ!いや違ってはいないけど、そうじゃなくって・・ええと、あのですね、ぼく去年はイブどころか大晦日まで仕事しててクリスマスどころじゃなかったんですよ・・いや去年というかもう何年もですけど・・」
「・・・それで?」
「辛く苦しい原稿中にひとときの癒しを求めて外に出てもですね、ちっとも癒されないんですよ。むしろ泣きたくなるっていうか遣る瀬ないっていうか、ただでさえ孤独なのに傷口に塩を塗りこむような気持ちになるんですよね」
「・・・・・」
「何年も何年も幸せなクリスマスとは無縁だったものですから、もう脊髄反射みたいなもんなんです。無意識にというか、咄嗟にというか・・あ!分かってます言い訳だって。つい、いや・・ですから・・なんていうか・・つまり、その・・・・すいません・・」

冷や汗を拭いながらも、どんどん平丸の声が小さくなる。叱られる子供のようだ。長い髪はうなだれてテーブルにつきそうである。
蒼樹は小さくため息をつく。僅かに口を尖らした表情は、しょうがない人ねと言いたげである。

「・・・平丸さんの考えは、とても後ろ向きだと思います」
「は、はい、すみません。気をつけます」
「イブにお仕事が嫌なのでしたら、今日のように前もって原稿を終えておくべきだと思います。違いますか?」
「いえ、そ、その通りだと思いますっ」
「ですから・・・・・」

蒼樹はコホンと咳払いをすると、しゅんと萎れた平丸をちらと見てカクテルグラスをそっと持ち上げた。

「ですから来年も、ちゃんとクリスマスまでにお仕事終えておいてくださいね?」
「はい。もちろんっ・・・これからはしっかり計画的にコツコツと・・・・え?来年?」

何か引っかかるのか、うなだれていた顔を蒼樹にむける。その顔に怒りではなく笑みが浮かんでいるのを見て、平丸はぽかんと口を開けた。

「そうです。来年のクリスマス、私を一人きりにさせないでくださいね?」

意味が伝わったのかその顔が真っ赤に染まり瞳が潤みはじめる。

「もっ、もちろんですっ・・!」
「約束ですよ?私も・・・一人は淋しいです」
「はいっ!クリスマスと言わず、初詣もバレンタインデーもホワイトデーも一人にはさせませんからっ!」
「ひ、平丸さん声が大きいですっ・・」

ガッツポーズで力強く誓う姿は周囲の注目を浴びて、恥ずかしくて蒼樹は頬を染めながら「シーッ」と人差し指を口にあてた。
平丸もハッとして慌てて口を押さえ、ガッツポーズを誤魔化すように肩をかるく回したが、その取り繕う様がおかしくて蒼樹はくすっと吹き出してしまった。
突然笑った彼女にキョトンとしながらも、つられるように平丸も笑ってしまう。なにがおかしいか分からないが、笑う蒼樹が好ましくて。

音楽がソナタからゆったりとした優しいメヌエットに変わり、2人の空気も和らぐ。目と目が合ってはにかむように笑うと、蒼樹はグラスを平丸へ向けた。

「乾杯、しましょうか」
「そうですね」
「では・・」

こぼさないように静かに傾けて、グラスをそっと鳴らす。
チリンと微かに聞こえたその音は鐘の音のようで、蒼樹はグラスごしに彼を見ながら願い事を小さく囁く。

「?なにか言いましたか?」
「・・いいえ、なにも」

カクテルを一口飲んで、にっこりと笑う。ほろ甘く上品な香りにうっとりとしながら、心の中でもう一度その言葉を繰り返した。


Wishing us a loving and joyful life together.
(2人で愛と幸せに満ちた日々を作っていけますように)




END

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BAKUMAN


(bakuman....)





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