B akuman







仲良さそうな恋人たちや家族連れ、店に飾られたリースやツリー、聞きなれたクリスマスソング。
街も華やぐ、というフレーズどおりクリスマスムード一色の今日は12月24日。


◆◇◆


ブーツのヒールが大理石の床に響く。
場所は青山にあるイタリアンレストラン、時間は19時を10分ほど過ぎた頃。蒼樹は時計を気にしながら店に入った。
見てすぐに高級と分かる内装の店内はクリスマスらしく赤と緑で飾られて、その中で恋人達は楽しげに食事をしている。
蒼樹を見るやすぐにスタッフが「いらっしゃいませ」と近づいてきた。

「あの、先に来ていると思うんですが・・蒼樹といいます」
「お待ちしておりました、平丸様はこちらになります」

そう言ってスタッフの手の先に恋人の存在を確認すると、蒼樹は案内を断り足を速める。
ちらと見えた平丸の横顔は、不機嫌そうな険のある表情をしていて。遅刻したこともあり怒っているのだろうかと、蒼樹は心配しながら近づく。
黒髪からのぞく神経質そうな目元はなにかをじっと見つめおり、その先にはワインで乾杯する恋人達がいた。

「ごめんなさい、お待たせしてしまって・・」
「!蒼樹さんっ」

平丸がハッとしたように振り返ると、ぱあっと明るくなっていつもの顔になったので思わずホッとする。

「すみません、せっかくのクリスマスなのに遅刻なんて・・」
「いえっ打ち合わせなら仕方ないですよ、それより急がせてしまってこちらこそ申し訳ないです・・さ、どうぞどうぞ!座ってくださいっ」
「あ、はい、あの・・では」

勧められるまま椅子に座り、向かいの平丸と目が合う。細身の黒いスーツにクリスマスカラーのネクタイ、美容室に行ったのか毛先はきれいに揃っている。
彼が今日という日を楽しみにしていたのが分かって蒼樹が微笑む。自分よりも7つも年上だというのに、時折子供のような無邪気さを見せる彼に好ましさを感じていた。

「そういえば雪が降っていましたね、平丸さんはご覧になりました?」
「いえ・・ということはホワイトクリスマスですか!・・すばらしい」
「ここを出てからも降っているといいですね」
「そっ、そうですね、せっかくですから蒼樹さんと・・・ふ、2人で雪の中を歩いてみたいです」

ポッと頬を紅潮させる平丸につられて蒼樹の頬も熱を持つ。
付き合って半年近く経つが、双方忙しくて直接会えるのは月に1度あるかないか。こうしてちゃんとしたデートをするのは本当に久し振りなのだ。

(不思議な気分・・)

付き合いを受け入れた当初はときめきを感じる程度だったが、平丸という人を知れば知るほど恋の熱はじわじわと上がっていった。
年上の男性にむかって失礼だが、手のかかる彼に庇護欲というか母性本能をくすぐられてしまったのかもしれない。
もともと潔癖で一本気な性質の蒼樹が、素直だがグラつきのある性格の平丸を放っておけなかったのもある。

「とりあえず・・お腹空きましたね。蒼樹さん、どうぞメニューです」
「ありがとうございます・・それよりステキなお店ですね、平丸さん前にもいらしたことあるんですか?」
「えっ?あ、や・・はい、よく来るんですよ。はい・・」

そう目を泳がせる彼がおかしくて、蒼樹はメニューに顔を隠してくすっと笑う。なんて分かりやすいんだろうと。

「食前酒はどうしましょうか・・平丸さんは今日はお車ですか?」
「いえっ、今日はタクシーで来ましたので是非飲みましょう!」
「ふふ、わかりました」
「クリスマスですからシャンパンでも飲みましょうか?それともワインにしますか?」
「せっかくのイタリアンですし、イタリアワインで軽めのカクテルを作ってもらいませんか?シャンパンは今度フレンチに行った時のお楽しみで・・」
「そ、そうですね。では店員を呼びましょう・・あーキミ、ちょっといいかな?」

平丸は軽く咳払いをすると近くにいたスタッフを呼ぶ。

「お決まりになりましたか」
「あー・・食前酒にイタリアワインベースで軽めのカクテルを2つ」
「でしたらスィートベルモットはいかがでしょう、マティーニやシェリーの風味がきいたアドニスなどおすすめです」
「あー、うん、ベル?ベルモットね・・うん、それがいい。それを頼もうか・・蒼樹さんもいいですか?」
「はい。おまかせします」

微笑んで肯く蒼樹にホッとしたのか、平丸の額にうっすらと汗が浮かぶ。スタッフは料理のメニューを二人に渡すと「かしこまりました」と一礼して消えた。
メニューはイタリア語で書かれているせいか、平丸の眉間のしわが深まる。頭の上にクエスチョンマークが今にも出そうで、蒼樹は心配しつつ自分もメニューを開いた。

「今日はクリスマスですから、セコンド・ピアットは肉料理がいいかもしれませんね・・平丸さんはどうされますか?」
「セ・・セコ?あ!そ、そうですね・・肉料理にしましょう。チキン料理はないか聞いてみますね」
「ドルチェはパンナコッタを・・食後酒はいただかずにエスプレッソで。アンティパストとプリモ・ピアットは・・せっかくですからお店の方のオススメを聞いてみてもいいでしょうか?」
「おお!そうですね、名案ですっ。ぼくに任せてください!」

メニューを見ながらうんうんと肯く平丸に、蒼樹は目を細めてメニューを閉じる。頼りないけれど一生懸命な姿がいじらしくて。
デキャンタの水をグラスに注いで平丸と自分の前に置き、蒼樹はそれを飲みながら周囲を見回す。あっちもこっちもカップルだらけの状況に少し目を瞠る。
楽しそうな笑い声と美味しそうな料理、キラキラと幸せそうな空間はクリスマスという特別な日のせいか一段と眩しい。

(そういえば)

さっき平丸が険しい顔で見ていたカップルに目を留める。見たところ普通の恋人達のようだが、なにか気になるところでもあったのだろうか。
蒼樹は、メニューをじぃっと見つめる平丸に声をかけた。

「あの、平丸さん」
「?はい」

平丸がメニューから顔を上げた時、ちょうど店のスタッフが食前酒を運んで来たので聞きそびれてしまった。
蒼樹の前には琥珀色のカクテル、平丸の前にはオリーブの入ったマティーニを置くと、流れるように自然な動きでメニューを聞いてきた。平丸は緊張の面持ちでメニューを持つ手に力が入る。

「えー・・おすすめはあるかな?肉料理・・できればチキン料理がいいんだが」
「ではクリスマスの特別コース料理はいかがでしょうか、ブルスケッタ・ラザニア・七面鳥・ドルチェになりますが」
「あー、そ、そうだな・・ええと」

どうしてよいか分からないらしく、平丸は再びメニューに目を落す。一瞬目が合ったが『大丈夫です』と言わんばかりに肯いたので、蒼樹は応えるように微笑んだ。一生懸命エスコートしてくれる姿が嬉しくて。
平丸はドルチェのパンナコッタと食後酒はエスプレッソにできるのか聞き、それが受け入れられるとホッとした顔でメニューを返す。

「では・・注文は以上だ」
「ワインはいかがいたしましょう、本日はカデルボスコのフランチャコルタやバローロのルチアーノ・サンドローネなど入荷しておりますが、ご希望はございますか」
「へ?あ!そ、そうだな・・ええと、じ、女性が飲みやすいような・・ワインを任せる」
「はい、かしこまりました」

うやうやしく礼をして、店のスタッフは厨房へと向かう。蒼樹はその後ろ姿を見ながら、平丸が無意識にもらした吐息に気づいて微笑した。お疲れさまと心の中でねぎらってカクテルを手に取る。

「では・・乾杯しましょうか?」
「あ!そうですね、はい、しましょう!ぜひっ」
「うふふ」
「?どうかしましたか」
「いえ・・平丸さんを見ていると楽しくて」
「えっ」
「あ、ごめんなさい・・変なこと言いました」

なんだか恥ずかしくなって頬が染まると、それを見ていた平丸の顔も紅潮していく。咄嗟にカクテルグラスの足をいじって俯いたが、ふと目が合って互いに笑みをこぼした。
店で演奏される古楽器のバロック音楽が軽快で心地良く耳に響く。テーブルに飾られたクリスマスローズは可憐に佇み、2人の空気を優しく和ませる。
白熱灯の落ち着いた光のせいか平丸の顔がいつもより柔らいで見えて、蒼樹はひそかにときめいた。



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