Love-in-idleness | ナノ


Love-in-idleness

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 放課後。
 廊下を歩いていると、すれ違う生徒達がどこか色めき立っているのに気づいた。アルは首を傾げつつ、生徒会室の扉を開ける。ふいに視界に映ったその人に思わず息を呑んだ。
 ピンク色の長い髪をした彼女は、扉が開く音に気づいて振り返る。その仕草の美しさに目を奪われて、言葉が出ない。彼女がいるだけで、いつもの空気がまるで違った。
 そこにいたのは、去年まで生徒会副会長をしていたギネヴィアだった。

「ああ、やっと会えた」

 そう言って、誰もが見惚れる美しい微笑を浮かべ、アルを見る。

「あなたが、生徒会長のアルね?」
「は、はい...」
「はじめまして私はギネヴィアよ。去年まで副会長をしていたから、見たことはあるかしら?」

 おっとりとしたその問いに、アルは曖昧な微笑みを返した。
 この学園に籍を置く者で、ギネヴィアを知らぬ者は殆どいないだろう。今年入学してきた中等部の生徒ですら、姿は知らずとも名前は知っている。そのくらい、彼女は有名だった。
 美しさと聡明さ、そして優美な佇まいは生徒から尊敬と憧れを抱かれており、それは卒業した今も変わらない。誰もが彼女を『ギネヴィア様』と呼び、ある種の伝説のように扱われている。

「は、はじめまして...アルです」

 アルもまた、ギネヴィアに憧れていた。
 中等部に入った時から、他の女生徒と同様に『ギネヴィア様』とひそかに呼び、一度だけ朝の挨拶が出来たときは、その日一日幸せを噛み締めたものだ。

「ランスロットから聞いたわ。とても頑張っているって」

 そう言うと、背後のランスロットを振り返る。気づいた彼がギネヴィアに微笑み返すのを見て、アルの胸がずきんと痛んだ。

「いきなり会長だなんて不安だったでしょうに....女性がこの学園の会長になるのはとても大変なことだもの。もし不安なことや分らないことがあれば、どうか遠慮なく私を頼ってちょうだいね。微力ながらお手伝いできたら嬉しいわ」

 いたわりに満ちた眼差しを向けられ、少し戸惑った。とても嬉しい申し出なのに、素直に喜べない自分に気づいて。

「ありがとうございます...」

 頭を下げ、口角を上げる。上手に笑顔を作れているだろうか。
 ギネヴィアが満足そうに目を細めるのを見て、アルはひそかにホッとする。うまくできたようだ。

「あら、いけない」

 ギネヴィアが、ふと思い出したように腕時計を見る。すぐにランスロットが声をかけた。

「どうかしましたか」
「私ったら、懐かしさについ長居をしてしまったわ。だめね、本来の用を忘れてしまうなんて」
「トリスタン先生でしたら、今は剣道部か職員室かと思いますが。よろしければご一緒しますか?ちょうど提出しなければならない書類がありますので」
「まあ、いいのかしら。お邪魔でなくて?」
「ギネヴィア様がお嫌でなければ...ですが」
「ランスロットったら、まだそうやって『様』をつけるのね。もう卒業したのだから止めてちょうだい」
「は...しかし、もう口癖といいますか...それで慣れてしまいましたので...その」

 気まずそうに口ごもるランスロットを、ギネヴイアはくすくすと笑う。

「ふふ、いいわ。でもあなたが大学に来るまでには直してちょうだいね」
「それは....善処します」

 いつも落ち着いているランスロットが、ギネヴィアの前で年相応の顔を見せる。アルは咄嗟に目を逸らしてしまった。
 居た堪れない気持ちのまま、一歩、扉へ向けて後ずさる。そんなこちらに気づいたらしく、ランスロットが声をかけた。
 
「...アル? どうかしたのか?」
「え?...あ、ううん...ちょっと用事を思い出したっていうか...」
「用事? どこかに向かうつもりなのか?」
「えっと....う、うん...ちょっと忘れ物があって。定例会議まで時間もあるし、取りに戻ろうかなって」

 もちろん嘘だ。だがこのまま二人の姿を見るのは辛くて、苦し紛れについた嘘だった。

「忘れ物....教室か?」
「....ち、違うわ...あの、図書館」

 剣道部の道場や職員室から正反対な場所を、思わず告げてしまう。

「だから、今からちょっと行ってくるね。会議までには戻るから....あの、ギネヴィア様、今日はお話できて嬉しかったです!」
「アル?おい...」
「では、失礼いたしますっ」

 ランスロットの声が聞こえたが、気づかぬふりをして生徒会室から出る。駆け出したいのを我慢し、廊下を足早に通り過ぎた。ランスロットとギネヴィアが共に歩く姿など、見たくはなかった。





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