よろこぶひと
☆
「ぐだぐだ言ってねぇで、出すもん出せっつってんだろっ!」
ダン!と机を叩くと音と共に、怒声が室内に響く。
◆
高等部にある第三会議室は、基本的に一般生徒は使用しない。その狭さと古さ、また旧校舎という場所柄もあるが、なにより『取調室』という別名通り、そこは風紀委員の管理下にあった。
生徒による自治を徹底する聖剣学園において、風紀委員とは警察である。彼らは選ばれた猛者であり、学園の治安を一手に引き受けている。
「チッ...ったくよう、はじめっから素直に出しとけってんだ」
そう舌打ちし、証拠品のファイルを開いたのは、風紀委員長のガウェイン。
その目前には屈強な風紀委員に囲まれ、今にも泣き出しそうな写真部の生徒が座っていた。今回の容疑者である。
「あーん?なんだこりゃ....てめ、やっぱクロじゃねぇか」
「そっ....そ、そ、そんなっ...僕はっ」
「おいおい、こんだけ証拠揃ってて言い逃れする気かよ、なあ?」
ファイルを反転させ、見せ付ける。そこにあったのは、女生徒の写真であった。一枚や二枚ではない、撮られた女生徒も一人ではなく、何人もいる。
盗撮されている、という通報があったのは三日前。すぐに調査にあたった所、犯人は逃亡もせず呆気なく確保された。どうも当人に悪いことをしたという意識があまりなかったらしい。
「だからっ....さっきも言ったじゃないか、僕は頼まれただけなんだよっ」
「頼まれようがなんだろうが、てめぇがやったのは立派な犯罪なんだよ!....つうか、だいたい頼まれたって誰にだよ」
「それは....その....言っていいのかな」
「は?おまえなに迷ってんの?言えよ、つか言わねぇのありえねーし」
顔を近づけて凄むガウェインに、男子生徒は顔を引き攣らせ身を竦ませる。
「だ、だから....その、写真の女の子達を好きな....奴らだよ」
「....はあ?」
「僕が募集したんじゃないよ?最初は同じクラスの友達から頼まれて....それで撮ってあげたら、他の奴が俺も俺もって...片思いしてる相手の写真が欲しいってだけだし、だから変な写真は撮ってない....」
「........」
確かにファイルを見る限り、笑っている写真や本を読んでいる写真、弁当を食べているところなど、不健全な写真は見当たらない。なにげない日常を撮った、といった感じだ。
「....ふん」
写真部の生徒を一瞥する。
「証拠はあんのか?」
「えっ?」
「だから、証拠はあんのかっつってんだよ!」
「あ、あるよっ...」
慌てた様子で胸ポケットから一枚のメモ紙を出す。そこには依頼した生徒の名前と学年、相手の名前や希望する写真の枚数が書かれてあった。
「これだけか?」
「....これだけ、だよ」
「おい、まさかと思うが金なんか取ってねぇだろうな?」
「お金なんてっ....僕はただ自分が撮った写真を喜んでもらえたらそれでっ...」
「一応この依頼書は没収させてもらうぜ。こいつらにも話聞かせてもらうからよ。んで、お前が撮った写真は間違いなくこのファイルにあるだけなんだろうな?」
胸倉を掴み締め上げると、生徒は青ざめた顔で慌てて肯く。
「そ、それだけだよっ...」
「データは?この写真のデータはどうした」
「寮の....パソコンに」
「嘘だったらただじゃおかねぇぞ?きっちり裏は取らせてもらうかんな」
「はっ、はいっ」
「....んじゃまあ、もし....もしてめぇの話が間違いなかったとする。てめぇに頼んだ奴らの証言と一致した場合...」
「そ、その場合...?」
「そうだな......特別に、そう特別にだ。今回は俺だけの胸に留めておいてやるよ」
パッと手を放し、腕を組む。傍にいた大柄な風紀委員がぎょっとした顔でガウェインを見た。
「で、でもよ委員長、それじゃ....」
「もちろん無罪放免っつうわけにはいかねぇよ、それなりの処罰はするぜ?ランスロットの耳にゃ入れないでおいてやるってだけだ。あいつは潔癖だからな、写真部のお前がこんな真似しでかしたって聞いた日にゃ問答無用で活動停止くらうだろ」
「ええっ...そ、そんなっ」
「本来はそんくらいの罰があっておかしくねぇんだよ!ちったあ反省しやがれ!」
「は、はいっ....すみませんでしたっ」
「言っとくが一致したらの話だかんな?てめぇらの話が少しでも噛み合わねぇようなら、さっきの話はナシだ!でもって今回だけだぞ?マジで今回限りだかんな!!次はねぇからな?!」
「はっ、はい!!」
目を潤ませながら何度も肯く生徒に、ガウェインはやれやれとため息をつく。そうして机に腰を下ろし、ここにいる他の風紀委員を見た。
「おまえらも、分かったか?」
「は、はあ....でもいいんすか?こういう事例はあまり作らない方が...」
「んなこた分かってるよ。でもよ、処分っつったってなぁ.....こいつ処分したらこいつに頼んだ奴らも処分しなきゃならんだろ。妙な写真撮ってたってんなら話は別だが、こんな修学旅行でも撮れそうな写真じゃあ....ちょっと割に合わなくねぇか?」
「......はあ」
「まあ俺から言わせりゃ、惚れた女の写真欲しいっつうなら勇気出して本人に頼めって話だ」
眉を寄せ、パラパラと写真の入ったファイルをめくる。
「欲しがる気持ちは分からねぇでもないが、てめぇのことはてめぇでやれって.......ん?」
ピタ、と手が止まった。
その表情はみるみる険しくなり、次の瞬間、ガウェインはカッと目を剥く。
「おい!! てんめぇ! こりゃどういう事だあ!!!」
発せられた怒声に窓ガラスはビリビリと鳴り、その場にいた全員が震え上がった。開かれたファイルには見覚えのある少女。生徒会長のアルが写っている。
図書室で本を読んでいる姿やカフェテラスで友人らとお喋りする姿、それだけではなく運動場を体操服で走る姿まであった。
「だからなんでアルの写真があんだよっ! てめぇアルの写真も撮りやがったのか!!」
「ごっ、ごめんっ...た、頼まれたからっ」
「はあ!? 頼まれただあ? 誰にだよ? 言え、すぐに言え!」
「い、委員長!落ち着いてくださいっ」
胸倉を掴み揺さぶるガウェインを、委員のメンバーが慌てて押さえる。
「落ち着けだぁ!? ふっざけんなよ!...んな盗み撮りされて黙ってられっかよっ!!」
「け、けど委員長はさっき、自分の胸に留めると...」
「ああん!? それとこれとは話が別だろうがっ!! 」
ぎろりと睨まれて委員らは顔を引き攣らせた。どこがどう違うのか、流石にこの空気で聞ける者はいない。男子生徒はガウェインの剣幕に半泣きで震えている。
「つかてめぇ、こんだけ撮ってるっつうことはアルを付けてたのか? ああ? どうなんだよ!事によっちゃただじゃ済まさねぇぞ? それなりの覚悟してもらわねぇとなあ?ああん?」
「か、覚悟って....?」
「んなの決まってんだろうが! 指導だよ、指導!! 」
手の関節をバキバキと鳴らしながら、追い詰めていく。
「委員長! さすがにそれはまずいっす!!」
「チッ...どけこらっ!! 放せてめぇらっ!! 」
後ろから羽交い絞めにする風紀委員を、ガウェインは怒鳴りつけた。その剣幕に慄いて、男子生徒はその場にしゃがみ込む。
「ひぃぃっ!! す、すみませんっ!ホントにもうしませんっ!! 」
「ゴメンで済めば警察いらねぇんだよ! 分かってんのか!? てめ、まさかアルの写真、もうどっかの野郎にやったんじゃねぇだろうな!! ああ!? 」
「いや、まだそれはっ....」
「まだ、じゃねぇだろ。つか誰にも渡すんじゃねぇぞ? 分かってんのか!? 」
「!....は、はひぃっ」
「データ全部よこせよ? コピーなんか取ってたら、ただじゃおかねぇかんな? てめ聞いてんのかこらあ!! 」
写真部の生徒は青ざめた顔で何度も肯くと、申し訳なさそうに頭を下げた。
「は、はいっ....本当にすみませんっ....あの、僕知らなかったんですっ....まさか会長に彼氏がいたなんて」
「.....あ? カレシ?」
「い、一応彼氏がいる子の写真は撮らないようにしてたんだけど...き、気づかなくって」
「おい、おまえさっきから何の話をしてんだ」
「え?....そう、なんですよね? 付き合ってるんですよね?」
「?.....誰が」
「へ? あの...風紀委員長と生徒会長が....」
よく理解できなかったのか、ガウェインの口がぽかんと開く。けれど次の瞬間、その顔が真っ赤に染まった。
「ばっ....?!?!....なに寝ぼけたこと言ってやがんだてめぇはっ....!!! 」
顔を腕で覆い、仰け反る。かなり動揺しているようだ。
「んなっ...なんで俺とアルがっ...そのっ....はあ!? なんなんだよっ!! なんでんな話になってんだよっ!! 」
「えっ、違うの? 」
「....ちっ、ちげーよ! あいつとは、む、昔からの知り合いでっっ...今は、あいつが会長になったからっ! ふ、風紀委員長としての責任でだなっ!! つまり...なんだ....ボ、ボディガードみてぇなもんだっ!!! 」
そう言うと、急に咽せたらしく盛大に咳き込む。ゲホゴホするガウェインの背中を屈強な委員がかわるがわる摩る。いつも怖いものなしと言われる風紀委員長の、純情な恋心に委員会のメンバーは気づいているのだ。
「委員長! しっかり! 」
「大丈夫っすか!」
「耳まで真っ赤じゃないすか!」
「嬉しかったんすね? カレシなんて言われて嬉しかったんすね? 」
「っだーーーー!! うるせぇ!! てめぇらっ!! 」
額に血管を浮き立て、委員らの胸倉を掴み壁へ投げつけていく。愛情表現という鉄拳制裁を終えると、ガウェインは写真部の生徒へ向き直る。睨まれた生徒の「ひっ」という小さな叫びが聞こえた。
「おい」
「はっ....はいっ?」
「......その、なんだ...つ、つまりだな....なんで、そんな話になったんだよ」
「え? そんな話って....?」
「だからっ!.....俺がアルのっ....そのっ、カ、カレシっつうのか?そういうアレだよっ...」
「あ....ああ、そういうこと?」
怯えながらも、ホッと表情が和らぐ。
「だって、会長のことすごく心配しているみたいだし...」
「そっ...んなの当たり前だろうがっ!あいつは生徒会長なんだしよ!俺が守ってやらねぇとっ...」
「それに普段から仲良いよね....?」
「はあ!? べっ....べつに普通だろ? お、同じクラスだしな!適度に喋るっつうだけだっ!」
「そ、そうなの?」
「おうよ!」
大きく肯き否定しながらも、頬のあたりがどことなく嬉しそうに見えた。
ガウェインは手に持ったファイルをもう一度開き、アルの写真だけを抜き取ると胸ポケットに入れる。そうして眉尻を跳ね上げ、離れて見ていた風紀委員に声をかけた。
「おい! 誰かこいつ見張っておけ! それとこいつの部屋にあるパソコン押収だっ!」
「は、はい!」
「俺はちょっとこれからガラハッドんとこ行ってくる。パソコンに詳しいあいつに色々聞いてから、寮に向かうぞ。いいな!」
そう言って、ガウェインはファイルを持って会議室を後にする。
胸ポケットの写真は職権乱用ではないのか....そう思ってもガウェインの背中にほのかな悦びが滲んでいるのを見ては、誰も何も言えないのだった。
END
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