プロローグ | ナノ


Puriasa-gakuen

Prologue...




 私立聖剣学園は、良家の子女が集う全寮制の学園である。
 広大な敷地には、校舎や様々な体育施設と広い馬場。膨大な数の蔵書を誇る図書館と隣接するカフェテラス。そして色とりどりの季節の花が植えられた庭園と小さな教会が建つ。
 その教会を挟むようにして、生徒たちが住まう寮は建っている。歴史を感じる石造りの外観だが、内装は現代風に改築されており、生徒からは概ね好評であった。

 中高6年という一貫教育の中、その校風は長い伝統を持ちながらも生徒の自主性を重んじ、学園における自治の殆どを生徒に一任している。
 小さな社会の頂点ともいえる生徒会、各専門委員会。彼らが主体となり、学園の自由と規律を管理していた。
 




 生徒会室のドアの向こうには、円卓を囲んだ執行部の面々が座っている。午後四時の定例会議が始まるところだ。

「皆、揃ったか」

 本日の進行役は副会長のランスロット。最高学年である彼は、この場にいる誰よりも生徒会に長く籍を置いている。
 議題の書かれたプリントを配りながら、空席を見て微かに眉を寄せた。

「風紀委委員長はどうした?まさか欠席ではあるまいな」
「あー...ガウェインならさっき体育館にいたけど?」

 書記らしく議事ノートを開き、モードレッドが言った。

「ほら、試合近いから練習に熱入っちゃってんじゃない?」
「試合だと? バスケのか」
「そうらしいよ。ああでも、会議のことは分かってたはずだし、もう少ししたら来るんじゃないかな」

 口の端を軽く上げ、頬杖をつく。そう興味はないようだ。隣に座るガラハッドは視線も動かさず、ノートパソコンで予算委員会の資料を作っている。今時期一番忙しい会計である彼の指は、会議の間にあっても休まることはない。

「先にはじめようよ。時間がもったいない」
「ガラハッド、忙しいのはわかるが一度パソコンを閉じて会議に集中してくれないか」
「作業してても話はちゃんと聞けるよ」
「それは分かっているが、今日は特別だろう? 予算の編成に関しては後で私も手伝わせてもらうから、パソコンを閉じてくれ」

 ランスロットの声にガラハッドは手を止め、一呼吸ついてからノートパソコンを閉じる。

「....わかったよ」

 ちらと斜め向かいに座る人物を見た。
 男だらけの生徒会執行部で、ただ一人の女性である彼女。その胸には学園のシンボルである聖剣が刻まれたブローチをしている。それは学園でただ一人、生徒会長のみが身につける装身具だった。
 
「アル」

 ランスロットの声に彼女は緊張した面持ちで顔を上げる。

「ガウェインはいないが、先に始めてしまおう」
「は、はい」

 先日行われた『選定の儀』によって、アルは聖剣学園の生徒会長になった。
 『選定の儀』というのは学園に代々伝わる選出方法で、あらゆる場面で使われる。簡単にいうならば全校生徒で行うクジ引きだ。
 本来、生徒会長は選挙によって選ばれる。しかし何年かに一度この『選定の儀』で選ぶよう決められていた。どうしても偏りがちな執行部の人事に風穴を開ける意味もある。
 もちろん選ばれた生徒にその気がなければ辞退することもでき、その際は再度儀式を行い、決まらねば例年通り立候補者による選挙になるのだ。
 
 アルは自分が選んだ札に聖剣の印を見た時は驚き戸惑ったが、今は新会長として学園のために頑張ろうと思っている。

 円卓にはアルを含めて6名が座っており、隣には副会長のランスロット、一つ空席があって書記のモードレッド、会計役のガラハッドとつづく。体育委員長のパーシヴァルは眠そうに欠伸をして、美化委員長と生活委員長を兼任しているボールスに窘められていた。

「では、全員揃っていないがこれより定例会議を始める。ガウェインは遅刻、メドラウトは選挙管理委員会があるので本日は欠席だ」

 ランスロットの凜とした声が静かな生徒会室に響き渡る。
 その時廊下から慌しい足音が聞こえ、音を立ててドアが開いた。バスケのユニフォームにシャツを羽織っただけのガウェインが、勢いよく入ってくる。

「悪ぃ!遅くなった!」
「ガウェイン、風紀委員長が廊下を走るのはどうかと思うぞ」
「お、おう。だよな、すまねぇ」

 ばつ悪そうに笑って、ガタガタと椅子を鳴らして座る。アルに気づくと目を瞠った。

「おまえなんでっ.......って、そっか、そうだよな。おまえ会長になったんだもんな」
「...う、うん。そう」
「あれ? 二人って知り合いなのか?」

 パーシヴァルが不思議そうに聞く。隣のボールスが「ああ」と思い出したようにガウェインとアルを見た。

「そういえば、同じクラスなんだっけ? 」
「あ...まあ、それもあるけどよ....なんつうか....ガキの頃からの知り合いっつうか...」
「へぇ、それって幼馴染ってやつ?」

 からかうように聞いたモードレッドを軽く睨んで、ガウェインが答える。

「んな大層なもんじゃねぇよ、顔見知りってだけだ。つうかオレだけじゃねぇし、ランスロットも知ってんだろ。こいつのこと」
「ああ。そうだな」
「ほらな」

 ガウェインは風紀委員長でありながら、バスケ部の部長も兼任している。品行方正とは言いがたい彼が風紀委員長に就いているのは、人一倍強い正義感と人望の厚さだ。事実ガウェインが就任してから、学園の諍いはかなり減っている。
 ちなみにランスロットとは幼少時からの腐れ縁で、何をしても完璧なランスロットに一方的な対抗心を燃やしているのも衆知の事実だ。
 アルとは家が近かったのもあり、子供時分に何度か一緒に遊んだことがある。

「あのさ、そういうのいいから早く進めてくれないかな」

 ガラハッドが冷めた声で言う。閉じたパソコンが気になるらしい。
 
「そうだな、では始めよう。まずは皆も知っての通り、先日の『選定の儀』で新会長が選ばれた。私とガウェインは先ほど述べた通り古い知り合いだが、知らぬ者もいるだろう。アル、挨拶をしてくれないか」
「!...挨拶...は、はい」
「そう緊張するな。簡単な自己紹介程度でいい」

 ランスロットの微笑みに後押しされ、アルはゆっくりとその場に立つ。皆の視線が一斉に注がれて、鼓動が速まった。
 小さく深呼吸をして、口を開く。

「こ、この度は...会長に就任することになりました、高等部2年のアルです。いたらないことばかりだとは思いますが、精一杯頑張りますのでよろしくお願いしますっ」

 ぺこっと頭を下げると、パチパチと拍手が聞こえて顔を上げる。てっきり円卓に座る誰かかと思ったが、そこにいたのは生徒会顧問のマーリンだった。

「?....マーリン先生! いつのまにいらしてたんですか?」

 ランスロットも驚いたらしく目を見開いている。
 
「いつって、今だよ? そういや今日からだったな〜と思って覗いたら、ちょうど自己紹介してるから良かった」

 そう言って笑うマーリンに、ガウェインが顔を引き攣らせる。

「つうか、物音も立てずに入ってくんなよ...ビビらせやがって」
「驚いた?それはすまなかったね。というか君達が新しい会長に見惚れていただけじゃないの? 私はちゃあんとノックしたつもりだよ?」
「つもりねぇ...」
「僕は聞こえなかったけど」

 モードレッドとガラハッドが呆れ顔で呟くなか、マーリンはすたすたとアルの傍へと近づく。よれた白衣はさっきまで寝ていた証しだろう。自由すぎるこの教師は、日中は殆ど寝て過ごすことで有名だった。

「こんにちはお嬢さん。いや新会長さん、かな? 私は一応養護教諭だけど生徒会顧問もやっているんだ。なにか心配なことや気になることがあったら遠慮なく相談するんだよ? たいてい保健室にいるからね?」

マーリンはアルの手を取りにっこりと笑う。

「おっ...おい顔が近ぇぞ!!このセクハラ教師!」
「なんだい?全くガウェインは純情なんだから...このくらいは単なるスキンシップだろう?」

 やれやれと肩を竦め手を離すと、ランスロットを見て何かを思い出したらしく懐から一枚の紙を取り出した。

「そうそう、ここへ来るまでにトリスタンに会ったよ。これを君に渡しておいてくれって頼まれたんだ」
「トリスタン先生ですか?」
「ああ。確かに渡したよ? これって剣道部関係の書類?」
「今度ある段位審査についての連絡事項です。ありがたい」
「トリスタン....って、こないだ大学から来た臨時講師?」

 モードレッドの問いにランスロットは肯く。

「ああ、今は剣道部の臨時顧問もお願いしている。かなりの腕を持っておられるからな」
「ふぅん、そうなんだ。ていうかさ、あの人謎だよね。臨時講師ってわりにはとくに授業も持っていないみたいじゃない? いったいどんな人なわけ?」
「それは....たしか世界史の講師というのは聞いたが...」

 ランスロットもよく分からないらしく、マーリンを見る。

「マーリン先生はなにかご存知でしょうか」
「私?さあねぇ...一介の養護教諭に聞かれても困るなぁ。そういうのよく知らないんだよね。ごめんよ」

 知らないのか興味がないのか、マーリンの言葉は真実がいつも曖昧だ。
 
「おっと!もうこんな時間じゃないか。そろそろ行かないと」
「おい、来て早々帰んのかよ」
「だってもうすぐ5時だろ? ちょっと約束があるんだよね。それじゃあまたね、お嬢さん」

 ひらひらと手を振りながら、あくびをして生徒会室を後にする。教師としては今ひとつ不安だが、ああ見えて生徒からは人気が高い。主に女生徒からではあるが。

「まったくよ、なにが『お嬢さん』だ。何の為の顧問なんだか分かんねぇな、ありゃ」
「ガウェイン、それって嫉妬?」
「は? どういう意味だよ」

 モードレッドの言葉に眉を寄せつつ、ガウェインはアルに視線を向ける。

「おまえもよ、教師だからって簡単に手とか握らせんな。ちったぁ警戒しろ」
「えっ...?」
「ああでもそれは俺も同じ意見。ちょっと無防備かな....まあそういう女の子、俺は嫌いじゃないけどね?」
「え?ええと....」
「挨拶が遅れたね、俺はモードレッド。高等部3年、書記やってる。これからよろしくね」

 スッと差し出された手を思わず掴むと、すかさず握り返されてどきりとする。

「うん、やっぱり嫌いじゃない」
「おいモードレッド!」
「なんだい?ガウェインは幼馴染を笠に着て、まさかの騎士気取り?」
「はあ!?....っ、べ、別にそういんじゃねぇよ! つうかそういうチャラチャラしたことが嫌なんだよ!」
「あ、そう?」

 モードレッドは悪戯っぽく笑って手を離した。ホッとしたのも束の間、不機嫌な顔のガラハッドがこちらを見ているのに気づく。

「あのさあ、早くしてって言ってるよね?遊んでる暇ないんだよ、僕は」
「あ....えと、ごめんなさい」
「っ...別に君に言ってるわけじゃない。モードレッドとガウェインに言ってるんだよ」

 そう言って、ふいと顔を背けられた。
 アルは彼を知っている。と言っても知らない生徒の方が少ないだろう。ガラハッドは本来アルより年下だが、飛び級によって同じ学年にいる。その目立つ容姿と人を寄せ付けない雰囲気は、周囲から彼を浮き立たせていた。
 そんな彼に声をかけるのを躊躇っていると「はいはーい!」と大きな声が聞こえたので目を瞠る。

「俺はパーシヴァル!高等部1年、体育委員やってんだっ!よろしくなっ」
「あ、うんっ...よろしくねっ」
「私はボールス、高等部3年だよ。人手が足りなくて美化委員長と生活委員長を兼任してる。どうぞよろしく」
「はいっ...こちらこそ」

 柔和な笑顔を向けられて肩の力が少し抜けた。そんなアルを見て、ランスロットは微笑む。

「ここにいる者は皆、おまえの助けになるだろう、困ったことがあればすぐに言うといい」

 凛々しくも優しい眼差しを向けられて、心を覆っていた雲のような不安は晴れていく。アルはランスロットを見上げた。

「よろしくお願いします」
「...うむ」

 満足そうに肯くと、ランスロットは手元のプリントを広げる。そうして室内に響き渡る声で言った。


「では、定例会議を再開する」
 
 

 
 

 それぞれのお話に.....Continue


 


- 1 -









戻る


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -