Sket Dance


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◆◇◆



丹生家は代々武家であったが維新の功績により子爵の位をいただいた勲功華族であった。
当主林太郎は本来三男坊の気楽な身分で若い頃より自由を満喫していたが、上二人の兄が流行病で亡くなり当主になった経歴の持ち主である。
ただ普通の華族と違うのは、若い時分に色々な遊びや経験をしてきたせいか少々風変りな男で。そして商才にも長けていた。
貧しさから爵位を手放す華族も多いなか、林太郎は大戦特需の波にのり広大な邸宅を維持して余りある財力を持つことに成功していた。

「どうですかね、先生」

白い髭をたくわえた堂々とした恰幅の男がシャツのボタンを留めながら父に聞く。彼こそが当主の林太郎である。
父は医者らしく少し勿体ぶった言い方で、だが誠実な口調で答えた。

「そうですね・・少しお酒を控えられたほうがいいかもしれません。あと脚気予防に麦飯を召し上がるのもいいかもしれません」
「麦飯か、昔からいわれているがどうも苦手で」
「そういう方は多いですね。『江戸わずらい』の頃より麦飯は効くといわれてるので、白米に混ぜてでも召し上がるといいでしょう」
「ふむ・・」
「それと、以前お出ししたカルモチンは飲まれてますか?」
「たまにな。だが最近はとくに必要はないが」
「では今回はお出ししませんね」

聴診器を鞄にしまいカルテを書く父の後方で、佐介は家令とともにその様子を見ていた。
椿の家は代々医者だった。祖父より以前は相馬藩のご典医で、丹生家には先代から主治医として一家の健康を任されている。

「それにしても、佐介は昔と比べてずいぶんと変わったように見える。男子と言うのは少し見ないうちにこうも変わるのかな」

林太郎の声に佐介は静かに頭を下げた。昔のように「佐介」と親しげに呼ばれることに、やはり気恥ずかしさを覚えながら。

「たしか一高に通っているのだろう?どうだ、勉強は真面目にやっているか?」
「はい」
「ならばいい。佐介には立派な医者になって先生の跡を継いでもらわないとならないからな。来年は帝大に行くのだろう?」
「はい。そのつもりでおります」
「うむ。立派な答えだ。先生もよかったですな、優秀な跡取りに恵まれて」

言われた父が「いえ、とんでもない」と謙遜しながらも、頭を下げる姿に誇らしさのようなものが滲んでいるのに気づく。佐介は目を伏せて、神妙な面持ちでその場にいた。
ふと林太郎は思い出したように家令に将棋盤を持ってこさせると、父に「一局どうですかね」と誘う。それを了承する父を見ながら、佐介はさてどうしたものかとひそかに困惑した。
するとその様子に気づいたのか家令が声をかける。

「旦那様と先生の勝負が終わられるまで、佐介さんは珈琲でもいかがですか」
「え、あ、いえ・・」

会話に気づいた林太郎が肯く。

「そうするといい。書庫を開けてやりなさい、好きな本でも読みながら待っていたらどうだ?」
「・・は、はい」

本来は固辞すべきなのだろうが、正直言って丹生家の書庫は魅力的だった。
家令は人の好い笑みを佐介に向け「ではどうぞ」と案内をはじめる。その時、先ほど聞いたピアノの音色が聞こえてきた。
さっき聞いた曲ではなく、別の曲。チャイコフスキー『メロディ』・・本来はヴァイオリンとピアノのための小品集。
そして、佐介にとっては懐かしい曲だった。

「これは・・美森お嬢様ですね。先ほどお会いしましたが、お綺麗になられていて驚きました」

父が駒を盤に並べながら言うと、一人娘の美森を溺愛している林太郎は嬉しそうに笑う。

「いや、親としては中身がまだまだ子供なのでな・・もう少し落ち着きが出るといいのだが。あれでは迂闊に縁談を進めることもできんわ」
「ほう、ではお話はあるので?」
「まあ・・親としては花の盛りのうちに縁組させてやりたいとは思っているが」

縁談、という言葉に佐介の足が止まった。
けれど落とした翳りを悟られることなく、家令の後をついて部屋を出る。音楽室から聞こえるその調べは、懐かしさよりも憂色を誘った。



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