Sket Dance


1


開盟学園の図書室はその自由な校風が反映されてか、さほど沈黙にうるさくない。

昼休み。椿が本を返却しにドアを開けると、静寂とはいいがたい空気に眉を寄せる。わざとらしく大きめの咳払いを一つすると、気づいたらしい数人の生徒は声をひそめた。

「これを頼む」

図書委員に本を渡してすぐに踵を返したが、ふと新刊コーナーが気になり奥へと足を延ばす。本を読むためというよりも、図書委員がどういった本を仕入れているのか、気になった。
『新刊コーナー』と手書きの見出しが貼られている棚は、この図書室で1番奥の場所にあり、椿は検めるようにざっと一通り目を通す。文芸書や学術書に雑じって占いやらカタログ、果てはファッション雑誌まで見つけると、椿の眉間にシワが寄った。

(なんだこれは・・予算というものをどう考えているんだ)

たしか仕入れの際は生徒からアンケートを取っていると報告を受けたが、いくらなんでも自由すぎるだろう。次の生徒会会議では図書委員長に釘を刺しておかねば。
そんなことを考えながら次々に本を検めていると、ふいに背後から聞きなれた声がして振り返る。けれど後ろは本棚で誰もいない。すぐに本棚一つ挟んだ奥の人影の存在に気づき、なにげなく本の隙間から窺うと、副会長の丹生美森が誰かと話していた。
聞いていたわけではないが、自然に会話が耳に入ってくる。

「そうですわね、確かに修繕されたほうがよろしいかもしれませんね」
「ああ。このシリーズは絶版になっているんで、できるだけ大事にしたいんだ」
「では・・一応、私のほうから椿会長にお話をしておきますが、申請書の提出は忘れないよう気をつけて下さいね?」
「助かるよ、悪いね」

どうやら会話の相手は図書委員長らしい。どことなく丹生と親しげに聞こえるのは、2年の時のクラスメイトだったからだろう。
話があった相手がそこにいたのもあり、椿も声をかけようと移動したが、次の会話が耳に入ると足を止めた。

「ところで丹生、来週の日曜って・・なにか予定ある?」

ひそめられた声に、嫌な予感がする。

「日曜ですか?いいえ、ございませんが。どうかされました?」
「うん・・あの、ほら、前に『狭き門』が好きって言ってたろ?どうやら映画化されたらしくて、フランス映画なんだけど・・」
「まあ、そうなんですの?」

おっとり返す丹生とは逆に、聞いていた椿の眉尻が跳ねあがる。図書委員長の声の調子だけでも、すぐにデートの誘いだと分かった。
本の隙間から覗いてみれば、男はほんのりと頬を染めて丹生を見ており、映画の券でも入っているのか不自然にポケットに手を入れている。

(む・・これはまずい)

丹生は純粋培養のお嬢様で、かなり浮世離れしている。傍から見ている椿には、たまにそれが危なっかしくてたまらない。
例えば今のように、クラスメイトとはいえ男の誘いに何の疑問も無く応じてしまうのだ。
色恋に疎いというのもあるが、とにかく無防備な彼女に椿は何度肝を冷やしたかしれない。知り合ってからというもの何度となく厳しく忠告してきたが、丹生は首を傾げ、あの呑気な笑みを浮かべるだけであった。

同じ生徒会に籍を置く仲間でもあり、自分を補佐する副会長という立場の彼女を心配するのは当たり前だ。心配し、誤った選択をしないよう助ける権利も義務も自分にはある。
椿は眉間にシワを寄せたまま、やや速足で二人がいる本棚まで向かうと、自分の存在を知らせるように咳払いを一つした。

「なにをしているんだ。こんなところで」

椿の声に驚いたのか、図書委員長がビクッと反応する。丹生は僅かに目を見開いただけで「まあ椿くん」と微笑んだのが見えた。

「ちょうどよかったですわ、実は図書委員会で本の修繕費用の相談を受けておりましたの」
「修繕費用・・?」

ぎろりと視線を向けると引き攣った顔の男と目が合う。あきらかに気まずいといった様子の男は、すぐに目を逸らし丹生から一歩離れた。
それに合わせるように、椿が一歩近づく。

「修繕費用の前に、まずあの新刊について聞かせてもらおう。図書室の本に相応しくない本もいくつかあったが、あれはどういうことだ」
「あれは・・前回アンケートを取った時に、もう少し気楽に読めるものも欲しいという要望があったので・・」
「だからと言って、大事な予算をさいてまで買う必要性を感じないのだが?アンケートを取ったからといって、全員がファッション雑誌やカタログを読みたがるはずはないだろう?気軽に読めるというなら、もっと他に実のある書籍にするべきだ」
「・・ああ、まあ・・うん」
「ひとまず修繕費用についてだが、より詳しく精査した後に申請書を提出するように。定例会議にて採決する」

やや威圧感を込めてもう一歩近づくと、男は椿の視線に怯んだように後ずさりして「わ、わかった」と小さく肯いた。
文系の図書委員長は、見るからにひ弱そうで頼りない。そんな男に丹生を任せられるはずはなく、悪いが諦めてもらうしかない。椿はじっと探るように男の眼を見た後、含みのある言葉を口にする。

「結果は、会計の宇佐見から報告させる」

以前会計だった丹生ではなく新しい会計に。遠回しであるが牽制であった。

「丹生もいいかげんに副会長の自覚を持て。会計の仕事は宇佐見に任せてあるのだから、キミはボクのサポートに専念すべきだ」
「あ、そうですわね。確かにウサミちゃんのお仕事です・・申し訳ありません」
「今回の件はまあいいが、次からは気をつけるように。それより丹生、そろそろ教室に戻るぞ」

図書委員長を一瞥した後、椿は回れ右をして歩き出す。背後で「失礼いたします」と礼儀正しい声がしたあと、少し遅れて丹生の足音が聞こえた。
それにひそかな安堵を抱きつつ、振り返らずに図書室を出る。廊下に出て二三歩あるいてすぐ、椿は我慢できずに彼女の方へ体を向けた。

「丹生・・」
「?椿くん、どうかなさいました?」
「どうかじゃないだろう?キミ・・やっぱり気づいてなかったんだな?」
「気づく?なにをですの?」

キョトンとした顔でこちらを覗きこむ。椿はやや苛立ちを込めたため息をつくと、片眉を吊り上げた。




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