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「っ・・気色悪いこと言うんじゃねぇ、俺はそんなヤバイ女はやめた方がいいって思ってるだけだ」

舌打ちして二人を睨みつけるが、ティエドールはうんうんと頷き顔をとろかしながら。

「いいかい?呪いなんて怖くないよ。マーくんの愛の力がそんな呪いも吹き飛ばしてくれるから」
「ああ?何だよ、別に怖かねぇよ。つか何だよ愛の力って」

そもそも別に恋人同士でもないだろ。ティエドールのお花畑な脳内では、既に結婚秒読みまで行ってるらしい。
元々が暴走しがちな思考をしているが、長く無かった長男の浮いた話に、心は雲の上まで舞い上がっている。
コムイは何かを思い付いたようで、掌をポンと叩くと。

「もしそうなると、シェリル殿やティキ殿と親戚になるんだねぇ。神田くんには二人もお兄ちゃんが出来るのか」
「・・・・なに?」
「何だか不思議な気分だね、あの二人と縁続きになるなんて。でもそれはそれで楽しいかもね」
「なんつった、今」
「え?ああ、楽しいよね親戚が増えていくのって。ほら、身近な親戚って僕らしか・・」
「そこじゃねぇっ!」

咄嗟に勢いよく立ち上がる神田の額には、くっきりと青筋が見えた。
コムイの言葉が何度も頭の中で反芻して、衝撃に頭の中がぐわんぐわんと鳴っている。

(絶っっ対に・・嫌だっ!)

脳裏に浮かぶのは昨夜の、縮れ毛。癖毛なんかじゃねぇ、あんなのは縮れ毛だ。チリチリとした下品な髪に猥褻な泣きボクロ。思い出すだけで虫ずが走る。

『女みてぇなツラしてんな、お前ホントに股のもんついてんの?』

せせら笑う姿を思いだし、神田の拳はプルプルと震えた。
以前から好きではなかった、いや嫌いだった。大嫌いだったが、さらにさらに嫌い、いやもう嫌いとかいうレベルじゃない。

(やっぱり昨日、一思いに殺っておけばよかった)

あんなのと縁続きになるくらいなら、死んだほうがましだ。
よりにもよって、あんな野郎の妹が寄ってくるなんて。自分もマリも色々とついてない。

「俺は・・」

反対だっ!と、強く抗議の声を上げようとしたその時。

「失礼します、こちらにマリ様はいらしてますか?」

几帳後ろの廂から高い女の声がして、神田の声は遮られてしまった。

「あの、今、マリ様にお届けものがありまして・・こちらにいらっしゃらないですか?」

女房の蝋花が文箱を持って、集まっている三人を不思議そうに見ている。
蝋花は普段はリナリー付きだが、手が空いた時は家の仕事もやってくれるという、気が利く女房だ。

「・・届けもの?」
「はい、キャメロット様からのお使いの方がおみえでして」
「なに・・!?」

三人がいっせいに自分を見たので、蝋花はたじろぎ顔が引き攣る。
神田がずいっと前に出て文箱をじろりと睨む。まるで危険物でも見るような目つきだ。

「それか」
「へ?あ、はい・・あの?」

神田の背後には、打って変わりキラキラと期待を込めた瞳の、ティエドールとコムイが蝋花を見ていて、こちらもかなり怖い。

「あの、皆様・・どうかしましたか?」
「貸せ」
「え?ど、どうしたんですか?」

神田は蝋花の手から文箱を強引に取ると小脇に抱えて、

「・・・俺が持っていく」

何か強い決意を込めたように眉を寄せると、呆気にとられる蝋花をよそに、神田は部屋から出て行った。

「・・ねぇ蝋花、あれは間違いなくキャメロット家からのもの?」

コムイがそっと確認すると、蝋花はハッとしたように我に返り頷く。

「は、はい」
「キャメロットって・・大納言の方?それとも中将?もしやミランダ姫?」
「すみません、あの・・キャメロット様としか伺ってませんで・・聞いてきますっ」
「あ、いやいや。いいんだ気にしないで」

首を振りニッコリと笑いながら、コムイは立ち上がる。ふと何かを思い付いたように目を細めると、妻戸を開けて出て行くのだった。



◆◇◆


筆をまた硯に置き、また筆をとる。何度か繰り返し、マリは悩むように頭を掻いた。

(・・・・・弱った)

なんと書けばいいのか分からない。さっきから文机の前で、マリは困っていた。『忘れ物があるから返して欲しい』と書くのも妙である。
それならわざわざ手紙にしなくても、さっきティキに直接言えば良かったのだ。

ティキに言わず、後でこうして手紙を書くなど、これではまるで恋文ではないか。

(恋文?・・い、いや、違う。そうではない)

ハッとして首を振る。違う、そういうのではない。そんな意味合いの手紙ではない。
しかし、じゃあなんだと言われれば困る。恋文ではないのだが、単なる忘れ物の問い合わせ?それも変だ。

「・・・・・」

また筆を置き、マリはため息をつく。いったい自分は何をやっているのだろうか。
コムイに事情を話した所、なぜかえらく手紙を書くよう勧められ、マリは押し切られるようにこうして硯の前にいる。

(ううむ)

正直言えば、かの姫を口説く気はマリにはない。例の噂を気にしているからではなく、元々色恋をあまり望む方ではないから。
女性不信というのではない、ただ恋愛に深く嵌まり込むのがマリは嫌なのだ。
盲目の自分が、何かに囚われ心まで見えなくなるのを、本能的に怖れているのかもしれない。

(・・やはり、もう一度ティキ殿に聞いてみるか)

それが1番いいのだ、最初からそうすれば良かったのに、何かを間違えてこんな事になっている。マリは文机の上にある薄様を揃えまとめると、紙を入れていた箱に手を伸ばした。

ふと、聞き慣れた足音が耳に入り手を止める。神田だ。
どうしたのだろう、何か面白くない事でもあったのか、足音がいつもより重たい。また父のティエドールと何かあったのだろうか?

渡殿を渡り、廂をゆっくり歩き、神田はマリがいる部屋までたどり着くと、一瞬躊躇うように足を止める。その様子がどうも神田らしくなくて、マリは首を傾げた。

「神田か?」
「・・・ああ」

少し気まずそうな声音、ますますらしくない。怒り、というのでもないようだ。
何かを心に溜めて吐き出すのを躊躇うような・・・。
神田は何かを思い切るように、足音を立て部屋へ入ると、遮る几帳を手で押しのけマリの側へと立つ。

「・・・最初に言っておく、俺は反対だからな」
「?」
「おまえ、免疫ねぇから騙されんだよ。目ぇ覚ませ」

口をへの字に結び、仁王立ちでマリを見下ろす。

「・・神田、何を言っているんだ?」
「こんなのに捕まるくらいなら、誰でもいいからとっとと結婚しちまえ。女は他にもいるだろうが」

ポカンとした顔のマリに、押し付けるように文箱を渡した。
マリは何の事かさっぱり分からず、その文箱を受け取る。螺鈿の立派な装飾を施されたそれはマリの物ではない。

「・・なんだ?」
「知るか、おまえにだとよ」
「は?なんだって?」
「心当たりねぇとは言わせねぇぞ、さっきも言ったが俺は絶対反対だからな」

鼻息荒く言い放ち、神田は舌打ちしてマリを睨みつける。さっきから何の事かさっぱり分からず困惑するマリに、神田は苛立った様子で。

「縮れた髪は、もう・・うんざりだからなっ!」

言うなり几帳を足で蹴り飛ばし、ずんずんと大股で部屋から出て行った。
は?縮れた?ますます意味が分からない。マリは止まらないとは分かっているが、一応神田を呼び止める。

「神田、どこへ行くんだ」

弟はやはり足を止める事なく歩いて、廂を抜け渡殿を通る辺りで舌打ちしたのが聞こえた。縮れた髪・・・すぐに思い浮かぶのは、父であるティエドール。

(また、何かあったのか?)

父の弟への愛は強く深いのだが、それが弟の最大の精神的苦痛である。そしてそれは、マリにとっても頭痛のタネでもあった。

(やれやれ・・今度は何があったんだ?)

ため息をつきつつ、文箱の紐を解く。結局誰からなのか分からないが箱を開け手を入れた。すぐに柔らかな感触がして、怪訝そうに眉を寄せるが、マリはそれが何かを悟り目を見開く。

「・・まさか」

指で確かめると、色は分からないが間違いなく李の花が描かれているのが分かる。これは、コムイの袱紗。マリがキャメロット邸に忘れてきた、あの袱紗であった。
どうしてここに・・?ティキ殿が見つけて届けてくれたのか?マリは驚きながら袱紗を手に取り、確認するように何度か撫でる。やっぱり間違いない。

「?」

微かに香りがするのに気づき、マリは手を止める。躊躇いながら袱紗に鼻を近づけると、ふわりと優しい匂い。

(これは・・藤袴?)

藤袴の花を乾燥させ香袋に入れたのに、よく似ていた。
それに気づくと、マリの心臓は早まり動揺して、思わず袱紗を強めに握り締める。恐らく・・いや、間違いなく、これはミランダ姫からの届け物だ。
この香りは、姫の袖に入れていた香袋のもの・・きっと袱紗も袖に忍ばせていたのだろう。

(・・・・・)

それだけの事なのに、どうしようもなく心音は忙しく乱れる。
まさかこんな風に彼女から袱紗を返してくれるとは、思いもよらなかった。

文箱には結ばれた手紙が一つ。
マリはそれを取り、開くと指で文字をなぞる。目では読めないが、墨や筆使いで書いている事は分かるのだ。

(・・これは)

思わず笑みがこぼれた。なんの変哲もない文章だが、その筆使いや墨の濃淡でミランダ姫の人となりを感じる。

きっと緊張していたのだろう、紙の端に力を入れて指を置いたらしいシワがある。
文字は決して上手いとは言えないが、下手でもない。悩みながら書いたのか、文字と文字の間隔はやや広い。

『お預かりしたものをお返しします。申し訳ありません。失礼いたしました』

どちらかと言えば、あまり女性らしい柔らかな文章ではない。けれどその文字は自信なさそうに小さく、墨も薄くて。多分この人は、とても不器用な真面目な女性なのだろう。

(可愛らしい、人なのだな)

マリは何度も、指で手紙をなぞる。不思議と気持ちが暖かくなっていくのを感じた。この感情の正体をマリは知らない。けれど何かが芽生えたのは自分でも分かる。

なぜなら、さっき悩んで置いた筆を、マリはもう一度手に取っていた。

あれ程重く感じた筆が今はとても軽く感じる。薄様を一枚取り、返事を書こうと文机に向かうと、コムイの袱紗を端に置いた。
彼女の懐か袖に入っていたその布を、マリはもう一度撫でる。

これは自分の物ではない、コムイに返さなければならない物だ。分かっているが、そう思うと何故か名残惜しくて。


(何を・・わたしは)


マリはそんな自分に苦笑いをしつつ、滑らかに筆を動かすのだった。






End




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