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何せライバルのリナリー姫は、この度内大臣であるティエドールの養女になった。
いくらシェリルがやり手とは言え、家格としてはあちらが上。このままではリナリーが先に東宮妃として入内してしまう。

シェリルは何としても、リナリーより先に入内の許しを内裏より頂きたいのだ。
二番目でも東宮のアレンから寵愛を得れば関係ないではないか、とティキは思うが政治的な意味合いでは違うらしい。

『・・・・わかったよ』

ティキも姪のロードは可愛い。入内を楽しみにしているロードの為を思えば、ボロ雑巾にされたプライドもなんとか繕ってみせる。
自分で言うのも何だが、都中の女達の憧れを一身に集める、花形貴公子なのだ。この美貌と軽快な語りで落ちなかった女はいない。

正直、もうルル=ベルとの結婚はどうでもいいが、お高く止まった女の鼻をへし折ってやりたい。そんな気持ちはある。

「・・・・・」

持っていた扇を開いたり閉じたりしながら、今夜の作戦を考えていると。ティキは何とは無しに今朝の事を思い出した。
ロードから知らせを聞いて、思わずあんな真似をしてしまったが、さすがにやり過ぎたような気もしないでもない。あれでは逆に、マリはミランダに興味を持ったのではなかろうか・・・。

(シェリルは否定してたし・・偶然なんだろうけど)

少し前に、シェリルがマリが独身である理由をティキに聞いてきた事があった。あの時は、また余計な事を企んでいるのかと、逆にシェリルを問い質したのだが・・。

あの兄は家族への愛が深いように見えて、意外とそうではない。かなり胡散臭い所がある。
昔から自分やミランダを溺愛しているようで、今回の結婚のように無理を通したり、昔の話だが、ミランダを後宮に入れようと画策したりもしていた。
とりあえず今朝マリが来たのは、あくまでも昨夜袖を切った事への詫びだったらしい。
またシェリルの魂胆かと、深く考えず勇み足な行動をしたのはまずかったが、最後に釘は刺しておいたし、あの聖人づらのマリがそうそう言い寄ってくる事もないだろう。

本当は、念のためシェリルを問い詰めておきたいとこだが、そうなると、昨晩自分がいかがわしい場所にいた事がバレてしまう。それはちょっと困るので、聞けない。

(まあでも、オオゴトにならんくて良かったけど)

結婚初夜にあんな場所にいたのがバレたら、流石にやばい。

「あーあ、つまんねぇなぁ」

パチン、と開いていた扇を閉じて肩のあたりをトントン、と叩く。面白くなさそうに眉を寄せて、時間も時間だしそろそろ行くかと体を起こす、ふいに人の気配がしてティキは振り返った。

二つの影が見える、一つは大きくもう一つは細長い。
それが誰か分かると、ティキは顔には出さないが思い切り不愉快な気分になった。

「こりゃどうも、お揃いで」

唇の端だけ上げながら、二人を見る。今朝会ったばかりのマリと、中納言のコムイであった。
普段この二人はティキと接点はない、家同士が疎遠なのもあるが、シェリルはこのコムイを激しく嫌っている。

この若さで中納言にまで出世しただけでなく、妹のリナリー姫まで入内させようとしているのが、シェリルは許せないらしい。
また性格も少し変わっているらしく、貴族間の交流を殆どやらない。その点からもコムイを苦手としているようだ。

「なに、二人して珍しいね。俺になんか用?」
「その・・今朝は、早くに済まなかったな」
「こっちこそ。わざわざ届けてもらっちゃって、神田だっけ?あいつにもよろしく言っといて」

チクリ、と言葉に棘を含ませ貴族的な仕種で口元を扇で隠す。昨日の狼藉は忘れていないぞ、と軽い威嚇だ。

「その件は本当に申し訳なかった。弟にもよく言い聞かせておく」
「まあな、間違ってたら刃傷沙汰だぜ?・・そんな事がおおやけになりゃ、大変なのはそっちだろうけど」

ちら、とコムイを見て暗にリナリーの入内を匂わせる。
コムイはキョトンとした顔でいたが、すぐにその意味を悟るとティキにぐっと近づいて。

「なるほど。それはいいことを聞いた」
「は?」
「ま、待て待てコムイ・・いや、その、本当に済まなかった」

リナリーの入内阻止に意欲みせるコムイを抑え、マリはもう一度ティキに頭を下げた。

「ま、まあ・・俺も別にそこまで事を荒立てるつもりはねぇよ」
「そうか、その・・有り難い」
「・・用事はそれだけか?こう見えても忙しいんでね、そろそろ行かねぇと」

軽く咳ばらいして、歩き出した。

「あ、いや・・」
「なに、まだ何かあんの?早くしてくれよ」

マリは言いづらそうに口ごもりながら、

「その・・どうも今日伺った時に、一つ忘れ物をしたようなんだが」
「・・忘れ物?何を」
「扇を包んでいた袱紗なんだが・・無かったろうか」
「は?袱紗ぁ?知らねぇなぁ」

ティキは面倒そうに掌を扇でぽんぽんと叩き、首を傾げた。その様子に、マリは何となく気まずそうに「そうか」と頷き、

「呼び止めて悪かったな・・失礼する」

ほのかに頬を染め、くるりと踵を返すと、やや早足で大きな体を揺らしながら歩いて行く。
その後ろを「え?マリ?ちょっと待って」と、コムイがそれを追いかけ、歩いて行くのが見えた。

(・・・・)

やれやれ、見たくない顔が消えてホッとした。
だいたい、昔からああいう聖人君子然としたところが苦手なんだ、いつも悟り澄まして格好つけやがって。
ああいう野郎は、女なんかできたらコロッと夢中になって、身を持ち崩すタイプだろう。そうなったら面白いのに、希代の悪女なんかに転がされて骨の髄までしゃぶられちまえばいいんだ。

そんな事を考えながら、また階段に腰を下ろす。
本当は仕事に戻るつもりだったけれど、マリとコムイに会って気分が削がれた。まだ二日酔いも続いているし、もう少し休んでいこう。

(忘れ物ねぇ・・)

そんなに大事な物なら、わざわざ使うなって話だ。
せいぜいあのデカイ図体して探し回ればいい、きっと滑稽でさぞかし・・・・・・・・・

(ん?)

ぴたりと思考が固まる。

ティキは、だるそうについていた頬杖から顔を上げ、後方へ顔を向ける。既に誰もいない方角を凝視しながら、ティキは二日酔いも忘れ、勢いよく立ち上がった。


「あら、ティキ様どちらに行かれるのかしら」

ちょうどその様子を御簾ごしに見ていた女官達は、恐ろしい形相で走り出して行ったティキの姿を目撃する。

「どうかしたのかしら、さっきまで物思いに沈んでらしたのに」
「きっと、夜まで待てなくてルル様のとこへいらしたのよ」
「あらまあ・・羨ましい」

ひそひそと噂に花が咲く中、ティキは二日酔いも忘れて全力疾走するのだった。


◆◇◆◇◆



眼鏡と眼鏡が寄り合い、何やらひそひそと談義しているのを、神田は気色悪そうに後ずさる。そのまま踵を返して立ち去ろうとしたが、運悪く気づかれてしまった。

「ユーくん、どこ行くんだい?」

義理父のティエドールが眼鏡をキランと光らせ、その視線は神田を捉えていた。
そしてもう一つの眼鏡、コムイがちょいちょいと手招きをしているのに気づく・・すごく行きたくない。

「・・・・なんすか」
「いいからいいから、こっち来て」
「ここ、神田くんの席ね」

二人の間を手でトントンと叩き、共においでおいでと手招きしている姿は、全力で回避したい気分である。
「忙しいんで」そっけなく言い、神田は立ち去ろうと歩きだしたが・・

「そう言わないで、マーくんの一大事なんだよ」
「!?」

直衣の裾を掴み、真剣な眼差しで訴えるティエドールに、神田の顔は引き攣る。
いやだ、全力で逃げ出したい。今までの経験からして碌でも無いに決まっているんだ。

「ち、ちょっ・・放せっ」
「僕も叔父さんもマリが心配なんだ。神田くんもだろ?」
「別に、んなこと思っちゃいねぇ・・って、オイ!」

腕をがっちり掴むコムイの顔は、心配どころかかなり楽しそうで目がキラキラと輝いている。神田は抵抗しようともがくものの、そのままズルズルと部屋へ連れ込まれてしまった。

几帳で四角に囲った場所に引きずられると、神田は脇を二人に抱えられ、身動き一つできない格好で座らされてしまう。右を向いても眼鏡、左を向いても眼鏡である。恐ろしい、叫び出したい。

ティエドールは、わざとらしく一つ咳ばらいをして、声をひそめる。

「実はね、どうもマーくん・・・好きな子がいるみたいなんだ」
「あ?」
「いや叔父さん、まだそこまでは分かりませんよ。多分気になる程度だとは、思うんですけどね」

訂正するが、そのコムイの顔はニヤニヤと緩んで締まりがない。
何なんだ、いったい何だと言うんだ。まさかこんな下らない理由で呼び止めたのか。

「・・・・・」
「でもマーくんは奥手だからねぇ・・気になるくらいだと行動に移せるかねぇ」
「ああそれなら・・ふふふ、実は今手紙を書かせてるんですよ」
「なんだって!それは本当かい?」
「ええ、実はあちらに忘れ物をしたらしくて・・それに託けまして。恋文とまではいきませんが」

コムイは得意げに、眼鏡を軽く上げる。なんだか気持ち悪いくらい楽しそうだ。

「・・・・・」

神田は、ずーんと憂鬱な気分だった。浮き立つ叔父と甥は、血の繋がりからか良く似ている。昔からこの二人は苦手であった。奇天烈なとこがどうしても受け入れられないのだ。

幼い頃、早くに両親が亡くなりこの家の養子になった神田だったが、10年以上経った今でもこの家には馴染めない。
そもそもこの家に貰われたのも、手違いに近い。もう当人は忘れているだろうが、ティエドールは最初、神田を女だと思っていた。何の手違いでそう伝わったのかは不明であるが、初めて神田がこの邸に来た時、女の子向けの衣装や道具を用意されていた。
すぐに男だと誤解が解けたのだが、ティエドールの『それはすまないね』と詫びた舌の根も乾かないうちに、

『・・でも、せっかくだからちょっと着てみない?』

美しい綾錦を手に持ち、にこやかに笑ったその姿は、お堅い武家で育った神田には、かなりの衝撃であった。
その後もティエドールは幼い神田の心を何度も無神経に蹂躙し、最初は微かに抱いていた親しみや尊敬も、今はかけらも無い。
現在に於いては、同じ検非違使仲間からも恐れられる、眼光鋭い「鬼の権佐」と呼ばれるようになってしまった。

本当はとっととこんな家出て行きたいが、そうならないでいるのはマリがいるからだ。
幼い頃より斜め上な愛情を示す義父の被害から、守ってくれそれなりに恩義を感じている。
今現在、神田が道を踏み外すことなくやっていけているのは、マリのおかげかもしれない。いや多分そうだ。

(あいつに女?嘘くせぇな)

目の前で盛り上がる二人をよそに、神田は否定的な考えである。
今朝、会った時もいたって普通で。これと言ってとくに変化があったようには思えない。
マリもいい歳だし、縁談がいくつか来ているのも知っているが、どれにも色よい返事はしていないようだ。女に興味がない訳ではない、多分あの性格からしていずれ出家でもするのだろうと、神田は踏んでいる。だから今のうちから、女を断っているのだろうと。

普段からちょっと『ありがたい』雰囲気が出てるから、出家も似合いそうである。
そうなったら祝いに上等な袈裟を贈ってやろう、神田は以前からそんな事を考えていたのだ。


「それにしても、相手があのミランダ姫とは・・」

ティエドールは口元に拳を当てると、うふふふと笑う。

「呪われた姫を救い出す・・まるで物語の主人公じゃないか」
「なるほど、言われれば確かに」
「やっぱり恋愛にはこういう障害がないとねぇ?そう思うだろ、ユウくんも」
「はぁ?」

突然、話を振られた神田は何の事か分からず怪訝そうにティエドールを見た。

「恋っていうのは順調過ぎても上手くいかないんだ、逆境は人を強くするだろ?恋もまたしかりさ」
「・・・・だからなんすか」
「ミランダ姫の噂が、さらに二人の愛を強くさせるってことだよ」

少女のように目をキラキラさせて、熱っぽく語る姿は、正直これが内大臣という役職の男の姿だろうか。信じられない、と言うよりいいのか?これで。世の中間違ってる。

「ミランダ姫?・・誰だそりゃ」
「神田くん知らないの?ほら、シェリル大納言の妹姫だよ。呪われてるとか何とか・・」
「呪い?」

そういえば聞いた事がある。言い寄る男に災いをもたらす不吉な女、不幸姫と呼ばれる女の噂を。

「おい、まさか・・そんな物騒な女がマリの相手なのか?」
「物騒って・・失礼だよユウくん、君のお姉さんになるかもしれない女性に」
「その不幸女のせいで、マリに何かあったらどうすんだよっ」

噂では馬から落馬して命を落としそうになったり、気鬱の病で参内出来なくなった者など。
呪いによって様々な不幸に見舞われている連中が多い・・・らしい。
神田は基本的にはそういう噂は気にしないが、女に免疫がないマリに、そういったキズのついた女が寄ってくるのは心配だった。

「・・ユウくん」

ティエドールは、ふと真面目な顔で神田を見つめると、ぽんと肩に手を置く。

「大丈夫だよ、マーくんはどこにも行かないから」
「は?」
「神田くんは何だかんだ言って、お兄ちゃん子だからね。淋しいのかな?」

眼鏡二人は、にこやかに微笑み合いながら神田にウィンクした。



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