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「おい、勘違いしてんじゃないか?まさかマリがおまえを嫁にしようなんて考えてんのか?やめとけ、なに期待してんだ。自分をよく見ろ、頭冷やせ」
「そ、そんな・・あの、期待とか・・し、してませんから」

ギクリとした顔で目を泳がす。けれど、ミランダは急に何かを思い出したように肩を落とし項垂れた。

「やっぱり・・・だめ、ですよね・・弟さん?ですか、あんなに言ってたなら・・きっと」
「まあ、そうだろうな・・・・って、やっぱり期待してたんじゃねぇか」
「そ、そういうわけでは・・あの、ないんですけど・・・・・中将さまが、わ、私の過去のことを・・気にしないって」

泣きそうな顔で萎れていたのに頬がじわじわと染まり始めるのを見て、ティキの眉が跳ね上がる。苛立ちからミランダの耳を思い切り引っ張った。

「っ!!」
「浮かれやがって、あほか」

吐き捨てるように言うと、耳を放してふいと顔を逸らす。いつもと同じく泣きべそをかくミランダを急に遠くに感じた。マリに気があると分かってから、ティキの胸の中は苛立ちと奇妙な焦燥が渦巻いて、自分でも落ち着かない。
恋を自覚し始めた妹を認めたくない、受け入れられないのだ。ずっと自分だけのものだった、誰のものにもならないはずだった。

いつもならもっと強気で妹を貶してやるティキだが、どうしてか今はそんな気分になれなかった。ミランダから顔を背けたまま、視線を床に落して息をつく。朝は激情したが今は逆に問い詰める気力がない。
脳裏に浮んだのは、さっきマリが去り際に吐いていった言葉。


『わたしではなく、自分のためだろう?』


(・・・だからどうした。それが悪いのか)

妹が恋をして、自分から離れていく。うっとりとした瞳で誰かよその男を想い、組み敷かれるのを想像する。それは虫唾が走るほど不愉快なこと。

「お兄様・・?」

黙っていた自分にミランダが声をかける。暗がりでも分かるほど青白い肌と、月のような顔に浮かぶ不安げな表情を見た瞬間、ティキは考えるのを止め衝動に身を任せた。
右手が勝手に動いて、胸倉をつかむ。気づいたときは引き寄せて鼻先に息がかかるくらい、顔を寄せていた。
涙で濡れた瞳がティキを見ている。驚いている様子だが、その瞳には自分が求める色が見えなかった。当たり前だがマリに見せた熱はなく、兄としての自分しか映っていなかった。

自分でもどうしたいのか分からない。ここまで顔を寄せて、何がしたいのか。
警戒心のかけらもなくキョトンとした顔のミランダに、半ば投げやりな気分で、このまま口付けしてやろうかと考えた。

「・・・・・・・」

グッと顔を寄せ、その幸薄そうな唇に自身のそれを近づける。
触れるか触れないか、僅かに顔を動かせば触れるであろう位まで近づいた時、ティキとミランダの目が合った。
どう見ても口付けしようとしている相手に、なんの疑問も浮かばない様子を見て、無性に腹立たしさを覚えた。ティキ自身説明のつかない奇妙な感情は、巡り巡ってそれを感じさせるミランダへの八つ当たりと変化して。

唇より先に額が動き、それは口付けではなく頭突きという形になり、ミランダの額へ直撃した。

「!!!」
「・・・おまえのそういうところがムカつくんだよ、ド阿呆が」
「??・・?・・え?え?」

突然の激痛に額を押さえながら、涙目でティキを見上げる。何が何やらさっぱり分からない、というふうで。
そんな妹にさらに苛立ちを覚えつつも、もう一人の自分は口づけをしなかった事にホッとしている。吹っ切りたいのかそうしたくないのか。離したくない、取られたくない、けれど一線を越えるのは抵抗を感じる。
目の前のミランダは、そんなティキの悶々とした思いも気づかず鼻をたらしてこちらを見ている。そんな様子に、何故か急に脱力感を覚えた。はああ・・と深くため息を吐き、烏帽子の中に手を入れて頭を掻いた。

(なにやってんだ、オレは)

『妹なのか』と聞かれて『妹だ』と答えた。
けれど自分がミランダに覚えるこの感情が、本当にそれを指しているのか急に分からなくなった。妹だ、血の繋がりのある妹だ。トロくて臆病で泣き虫で、何をされてもティキの後ろをついてきた、残念なほど頭が弱い妹なのに。

「・・・そんなにマリがいいのか」
「え?」
「先に言っとくが、オレは反対だからな。あの家のやつらは昔から好かねぇんだ、とくマリの奴は・・・一番にな」
「は・・はい」
「いいか、二度と会うなよ。絶対だ」

言いながら、自分の声がいつもより弱気なのが分かる。
ティキはそんな自分自身から逃げるよう、ゆっくりと立ち上がった。目の端にしょんぼりした様子のミランダが映ったが、背を向けて戸口へ向かう。

「あ、あの・・あのっ」

ミランダが勇気を振り絞り声を出す。反応するか迷ったが、ティキはそのまま足を止めた。

「なんだよ、文句あるのかよ」
「いえ・・あの・・」
「だいたいな、ああいう真面目ぶった奴こそ裏の顔はとんでもない野郎だったりするんだぞ。おまえは馬鹿だから騙されるんだよ、目ぇ覚ませ」

さっきより強い口調で言うと、ミランダは不安げな表情のまま首を横に振り、大きな瞳からポロポロと涙が零れ落ちる。

「お・・怒ってますよね・・?」
「あ?」
「だって、だって・・お兄様、いつもとなんだか・・・違います・・っ」

てっきりマリのことを言われると思っていたから、ティキは意外な顔で妹を見る。
『怒ってますか?』と聞いてくるミランダに、どこか既視感を覚えティキの心は不思議と落ち着いた。
ごめんなさい、と今まで何度聞いたか分からない。昔からティキが『許す』というまで泣きながら離れなかった。その原因がティキにあったとしても、ミランダはずっと傍にいた。それが当たり前に思っていた。

(・・・・・・・)

怒っている、と言ってなにか変わるのだろうか。子供のころのようにティキの許しをずっと待っているのだろうか。
それでマリと完全に切れるというのだろうか。


「怒ってるよ」


捨て台詞のように顔も見ないで呟くと、ティキは今度こそ足を止めずに塗籠から出る。
戸口から出る瞬間、ミランダがもう一度自分を呼んだ。けれどそれは小さな声であったから、気づかぬフリで歩いていった。







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