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◆◇◆◇◆



「・・・聞いたろ?」


ティキが塗籠にいるミランダに声をかける。
本当はいつもみたいに怒鳴りつけてやりたい気もあるが、膝に顔を埋めて肩を震わせる妹の姿に、そんな気も削がれてしまった。

「おい」

膝を曲げてミランダの頭を軽く小突く。反応がないのでもう一度小突くが、小さく首を振るだけ。マリの弟の言葉に、かなり落ち込んだようだ。
ティキは面白くない顔で隣に腰を下ろす。自分と同じ癖の強い髪を一房取り、クッと引っ張るともう一度呼びかけた。

「おい、聞いてんのか」
「・・・・」

鼻をすすりながら、ミランダはゆっくりと顔を上げて兄を見る。大きな瞳が涙に濡れて、微かに非難めいた色を感じると、ティキは眉を軽く吊り上げた。

「なんだよ、なんか言いたいことでもあんのか?」
「・・ど・・も・・め、れすか?」
「あ?」
「どうして・・も・・だめ、ですか?」

涙で声がくぐもり滑舌が悪いのを言い直し、ミランダは言う。
『どうしてもだめか』それが何のことか知らないふりをして、ティキは聞き返した。

「なにが?」
「・・・・・・」
「なんの話だよ、言ってみろよ。説明してみせろよ」

普段の妹ならここで口を噤むが、ミランダは袖で涙を拭いながらティキをじっと見て。

「ち・・中将さまの・・ことです」
「マリの野郎がなんだって?おまえ、さっきアイツの弟が言っていたの聞いてなかったの?どう聞いてもありゃ反対だって宣言してたよな?おまえのこと不幸女とか言ってたぞ?」
「そ、それは・・そうなんですけど・・」

垂れた鼻水が上唇まで届き、ずずっと啜ったものの、またすぐに垂れてくる。ティキは舌打ちしながら懐紙を取り出すと、やや乱暴な手つきでそれを拭ってやった。

「おまえらシェリルに嵌められたんだぞ。あの腹黒、マリの夜這いをネタにロードの入内をうまく進める魂胆だったんだ。おまえはその辺をわかってんのか?」
「えっ・・でも・・シェリルお兄様がそんなこと」
「いいかげん気づけよ、あいつの頭の中の八割は悪巧みだってことを」

苛立ちながら懐紙でミランダの鼻の下をキュッと強く擦り、くしゃくしゃのそれをポイと投げ捨てる。赤くなった鼻を指で押さえ、ミランダはティキを見上げると困ったように下を向いた。
ため息をつきながら、そんな妹の頭をペチンと叩く。なんの疑いも持たずにシェリルを慕うミランダを、呆れたように見て。

「いっとくけど、今回おまえがマリとくっつくのは、ティエドールのリナリー姫が割を食うって意味だからな」
「そ、そうなんですか?」
「当たり前だろ、リナリー姫の入内を遅らすためにシェリルが企んだんだから」
「・・・・・・」

不安げな顔で塗籠の入り口を見る。おそらくマリの心配をしているのだろう、分かりやすいその表情にティキの苛立ちが増した。
どうしてあんな男がいいんだろうか。姿だって女受けするとは言い難いし、性格も面白みがあるわけではない。真面目ぶった態度は昔から鼻につき、ティキは昔から苦手だった。
目が見えないせいか妙に人より敏いところがあり、たまに見透かしたようなことを言うマリに、こちらの調子はいつも崩された。先ほどもティキの気持ちを知ったようなことを言い、思わずカッとなってしまった。

ほんとうに妹と思っているのか、という質問の後に呟いた一言。

『そうは思えないな』

何が言いたいのか。マリの言葉に含みを感じ、内心動揺した。
その動揺が自分自身よく分からぬまま、感情的になったことをティキは後悔していた。マリはけして茶化すような口調ではなかったが、その問いかけるような口調が、既にこちらの気持ちを悟られているようで苛立ったのだ。

ミランダは妹だ。それ以上でもそれ以下でもなく、当たり前だが一度も『女』として見たことはない。
ルルのように肉親に恋情を感じたこともないし、シェリルがロードに注ぐ愛情とも種類は違うだろうと、自分でも分かっている。うまく説明できないのだ、これがどういう感情なのか。

臆病で頭の悪い妹を、子供の頃は疎ましく思っていたが、同時にいくら罵っても自分から離れないミランダが不思議だった。
可愛がった記憶は殆どない。抓ったり叩いたり蹴飛ばしたり、ろくでもない記憶しかないのに。どうしてか自分を嫌おうとしない妹の存在が、ティキの中で奇妙な存在感を残した。
それは次第に大きくなり、いつのまにか代用のきかないものになっていた。


「・・・・なあ」


胡坐をかいて肘をつき、連子窓から覗く月をぼんやりと見ながら。

「おまえさ、おれのこと・・・どう思ってんの?」

独り言を呟くように言って横目で妹を見ると、僅かに眉を寄せ首を傾げてこちらを見ている。質問の意味が分からないという風に。

「え?・・どうって?・・あの、お兄様、どうかしたんですか?」
「なんで」
「だって、あの・・」

困惑した顔のミランダにムッとして、ティキは舌打ちと共に鼻を抓み上げ頬をペチンと叩く。急にさっき聞いた内容が気恥ずかしくなり、「なんでもない」と言うと口をへの字にして顔を背けた。
どんな答えを求めていたのか、自分でも分からない。動揺しているのだろうと思う。今までならこんな事を考えたことなかった。ミランダが自分をどう思っているか、気にしたこともなかったのだから。

「あの・・お兄様、一つ聞いてもいいですか?」
「なんだよ」
「・・・その、ルル様のところに行かれたんじゃないんですか?」
「行ってきたよ、んで帰ってきた。以上」
「え?以上って・・だ、大丈夫なんですか?だって、あの、今日は・・」
「うるせぇな、以上って言ったら以上なんだよ。ぐちぐち聞いてくんじゃねぇ、胸糞わるい。オレは生涯独身主義を貫くって決めたんだよ、悪いか」

投げやりな調子でそう言うと、ミランダを見る。

「だからおまえもそうしろ」
「えっ」
「・・・文句あんのかよ」

顔を強張らせた妹に顔を近づけて凄んだが「それは・・ええと・・」と気まずそうに目を逸らされた。ついこないだ迄は「どうせ私なんて誰も・・」とぶつぶつ言うだけだったのに。




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