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「その・・立てるか?」

手を貸していいものか迷うようにマリが言う。
ミランダはハッとしてあわてて肘を使い四つんばいのなると、積まれた畳を背に座った。暗がりとはいえ恥ずかしくて、縛られた手首で顔を隠す。マリはやや距離をおいた場所で気まずそうに立っている。

「・・・・・・」
「・・・・」

二人とも、自分がこの場所にいる理由を説明したかったが、とにかく長い説明になりそうなのでどう説明していいか困った。
また相手の、とくにミランダは手足を縛られている穏やかでない状態だ、マリは聞いていいものやら躊躇う。ミランダもマリがなぜここにいるのか知りたいのだが、性格的にどう切り出していいかわからなかった。
そんなわけで、沈黙がながれた。

お互いそのまま暫く黙っていたのだが、やがてマリがその空気を破るように、口を開く。

「もしよければ、その手足・・解こうか?」
「え」
「いやその・・ただ、体を動かせないのは辛いだろうなと、思ったものだから・・あ、なにか理由があるならば、差し出たことだが・・」

言って後悔するように、マリの声は尻すぼみに小さくなっていく。
ミランダは、これを解いたらティキにどれだけ怒られるかと思うと返答に困った。けれどこのまま縛られたままというのも・・正直、かなり恥ずかしい。

「・・・・・・あ、あの、ではお願いできます・・か?」

色んなものを量りにかけた後、ミランダはおずおずと手首を差し出した。あとでどれほど怒られようと、初めて胸ときめかせた相手に妙な誤解をされるよりずっといい。
ゆっくりとマリが近付き、硬く縛られた紐の結び目へ手を伸ばす。本当に見えていないのかと思うほど、正確に。

「ずいぶん硬く縛られているようだが・・痛くないか?」
「・・・は、はあ」

恥ずかしくて顔が赤くなる。こんなに傍にこられると緊張から上手く息も出来なくて、乱れる呼吸と共に唾を飲みこんだ。
マリの大きな手が結び目ほぐし、つま先で引っ張り緩んだスキに手首は解放された。と、同時にお礼を言おうと顔を上げたミランダは、思ったより近かった彼の顔に驚き心臓が跳ねる。

「きゃっ」
「!!・・す、すまない。近すぎた・・つい解くのに力が入って」
「い、いえ、あの、ごめんなさい。わ、私も・・声なんて出して・・その・・」
「いや、わたしこそ配慮に欠けていた。申し訳ない」
「そ、そんな」
「・・・・・・」
「・・・・・」

二人とも顔を赤くし、気まずそうに顔を伏せ距離を取る。まだ足は解いていないのだが、さすがにそれを言い出すのはお互い気が引けた。
ミランダは自由になった手を袖に隠し、もじもじと袖口を弄る。まさか再会できると思っていなかった相手が、目の前にいるのだ。しかもたった一日で会えるなんて、どんな廻り合わせなのだろう。

一生分の勇気は袱紗を返す時に使ったと思ったのだが、まだ必要らしい。
ミランダはもう一度マリを窺う。彼は少し離れた場所で、自分と同じように俯いてなにか考えているようであったが、やがて意を決したようにこちらを向いた。

「こんなことを聞いて誤解しないでもらいたい・・もしかして、ここは・・この対屋は、姫が住んでいる所なのか?」

慎重に、確かめるように静かに聞く。
突然のその問いに、ミランダは戸惑いつつも肯く。軽々しく住まいを明かしていいものか迷ったのだが、彼の聞き方がとても真剣だったので。

マリは、ミランダの返事になにか答えを見つけたらしく額に拳を宛てて、

「・・・なるほど。そういうことか」

呟いて、深くため息をついた。

「あの・・?」
「ああ、いや、すまない。今、頭の中で色んなことが一つに繋がったものだから・・」

キャメロット家の使者と話してから機嫌のよかったコムイ、シェリル不在での突然の呼び出し、不自然なほど人気のない邸、掛け金をかけた女房・・・。
やはりこれは、忍び込ませて既成事実をつくらせよう、という企てなのだろうか。

ふと、ミランダの様子が気になった。彼女はそういった企みを知っていたように見えない。手足縛られているという状況もおかしい。マリが塗籠に現れた時の行動からして、知らなかったと考えるのが妥当だろう。
そもそもどうして彼女は塗籠にいたのだ。隠れるように・・いや縛られているから隠されているのか?

(ん?)

マリの頭になにかが閃き、さきほど閂を下ろされた戸へ顔を向ける。

『ティッキーもこんな所に隠したって仕方ないのにねぇ。ホント詰めが甘いんだから』

呆れたように言った少女の言葉が、頭の中によみがえる。
ティッキーというのは、あのティキ=ミックのことだろう。隠す、というのはやはりここにいる彼女のことか。ティキは企てを事前に知っていて、阻止する為に妹のミランダを塗籠に閉じ込めた・・?
いや。だとしたら、そもそも彼女の部屋の塗籠に隠すのはお粗末な気もする・・ああ、それで『詰めが甘い』という言葉が出たのか。

マリは再びミランダの方を向いた。

「・・一つ伺ってもいいだろうか」
「は、はい」
「失礼なことを聞くが、もしや・・その手足を拘束したのは、あなたの兄上であるティキ殿ではないか?」
「!」

ミランダはハッと息を飲む。それだけで図星だと分かり、マリは心の中で予想通りと肯いた。
身近にコムイがいるせいか、マリは兄が妹へ偏執的な愛情をみせることに免疫はあるつもりだ。けれどティキの行為は、コムイのそれとはまた違った性質のように思える。

「あのっ、違うんです。ええと・・あの、これは・・」
「いや、こちらこそ余計なことを聞いてしまった・・気を悪くさせてしまったなら、申し訳ない」
「いいえ・・あの、本当にお兄様とは・・その、違うので」

ティキではないと説明しようとしているが、彼女の動揺を隠せない様子でそれが嘘だと分かってしまう。初めて会った時から思っていたが、不器用で真面目な人なのだろう。
ふと、先ほどからこの状況を推測することばかりに頭を使っていて、同じく閉じ込められているミランダの気持ちを、なおざりだったと気が付いた。

そういえば、彼女はこの状況をどう思っているのだろうか。
緊張しているのはこの距離でも十分に伝わってくるが、突然現れたマリをいったいどう思っているのだろうか。

(・・・まさか、忍んで来たと勘違いされているのではあるまいな?)

考えれば、そう思われても仕方ない材料がある。手紙のやりとりもしたし、何よりここは彼女が住む場所だ。しかも、こんな人がいない夜に現れたとなれば・・・そう誤解されても無理がない。

マリは赤らんでいく顔を咳払いで隠す。
実のところ、ミランダにそういった邪まな感情がないわけではない。恋心といえばいいのか、特別な感情があるのは間違いなく。手紙に胸がときめき、袱紗の残り香で甘く気持ちが疼いた相手だ。
こうして隣にいると、今まで感じたことの無い気持ちの昂りを覚えて落ち着かなかったりもする。
しかし、だからといって強引な行動に走るつもりはない。もとが奥手な方なのもあるが、昨今主流のまず関係ありきというのがマリには馴染めないのだ。

「その、ミランダ姫・・」
「えっ?・・な、なんでしょうか」

言いにくいのか言葉を途切らすマリに、ミランダは緊張した面持ちで答える。

「なんと言えばいいか・・とにかく、わたしがここに居るのは、自分の意思ではないのだ」
「?」
「わたし、いやわたし達はどうも周りの思惑によって、こうして二人きりに仕向けられたのではないかと。つまり・・その、オホン・・夫婦にさせる、計画で」

気まずさを咳払いで誤魔化しながら、努めて冷静な口調で言った。
ミランダは真剣な顔で聞いていたのだが、イマイチそれを把握できなかったようで、僅かに眉を寄せて瞬きを繰返す。

「え?ふう、ふ?」
「だから、わたしは先ほどあなたに聞くまでここが姫の住まいだとは知らなかった訳で。なので、もし忍んで来たなどと勘違いをしていたらそれは誤解であって」
「・・・・・・」
「た、確かにそう思われても仕方ない行動はあったが・・」
「・・・・・・・」
「・・・ミランダ姫?」

黙り込むミランダを不思議に思い、マリは人より優れた聴覚で様子を窺うと、彼女は尋常ではない乱れた息遣いで、かなり動揺しているのが分かった。




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